MMORPG昔話:Ultima Online(4)

もうこの街、いやだ。

わたしは王都ブリテインを去ることに決めた。早速銀行に行って「荷造り」を始めた。「bank」のコマンドでアイテムボックスにアクセスする。持ち物を全部中にしまう。死して復活した時にお情けでシステムから与えられる、灰色ローブだけを身に着ける。これがソーサリア(『Ultima Online』の世界の名)流の荷造りだ。殺されても失うものがない状態で旅をする。これで物取り系PKのターゲットからは外れることができる。「私はすでにみじめな存在なのです」とアピールすることで、嫌がらせ目的のグリーファー(griefer)系もまあ、弾ける。もちろんモンスターに襲われても何も失わない。

ただし、「ただ殺したい」だけのPKをかわすことはできない。そういう連中に出くわしたらあきらめるほかない。この世界には本当に、「人を見たらとりあえず殺す」とか、「動くものがいるとつい殺してしまう」などと言う連中がたくさんいた。アイテムも要らない、誰かを怒らせたいわけでもない。彼らはただ殺したいのだ。

「対人戦をしたい」PKも回避できない。彼らは互いに力量や装備を悟らせないため、死人と同じ灰色ローブを身に着けていることがあった。見える箇所、首や足は装備をつけないが、布地の下は頑丈な鎧だ。武器すら持たない者もいた。そういうタイプはたいてい優秀な魔法使いだった。敗者か、貧乏人か、はたまた同類かは当たってみないとわからない。と言うわけで奴らも出会えばほぼ必ず殺しに来る。

旅に必要な情報は、街で手に入れた。聞き込みなどしなくても、人々の会話が常に何かしら聞こえていた。当時はオープンチャット(いわゆるsay)が通常の会話手段で、一対一の会話手段はなかった。会話の届く範囲を多少狭めたり広めたりする方法はあったが、そこまで気にしてしゃべる人間も少なかったし、基本会話は他人に聞かれていると思った方がよい世界だった。街でぶらぶらしているだけで、いろんなことを知った。聞きかじったことを実践に役立てようとするのはこれが初めてだったけれど。

スーパーファミコン版の『ウルティマVI 偽りの預言者』をプレイしたことがあったから、地理は最初から把握していた。この世界はいつでもだいたい同じ形だ。南に行けば騎士の街トリンシック、西にはスカラ・ブレイ、北にはユーがあるはずだ。トリンシックがいちばん都市然としていて、移住先にふさわしい場所に思われた。雰囲気はスカラ・ブレイが好みなのだが、オンライン世界で辺境ぐらしはためらわれる。わたしはとっくに貧乏だ。寄る辺もなく、スキルも頭打ち、ラグで自由に動けない。これ以上の苦労はしたくない。ムーンゲイトはどこに通じているかわからなくて怖いし、馬も危ない。無駄に当たり判定が大きくて狙われる。そもそも高くて買えない。移動は徒歩がメインだ。なのである程度アクセスのよい場所が望ましい。おもしろみのない選択ではあったが、わたしは移住先をトリンシックに決めた。

トリンシックへはさほど遠くない。しかし問題が一つあった。絶対に橋を1つ渡らないといけないのだった。キャラクターは水の中に入れないから、河を渡る選択肢は取れない。どこまで遠回りすれば橋を渡らなくていいのかわからなかった。第一遠回りしているうちにモンスターに狩られたりしたら最初からやり直しになる。

駆け出しのPKは橋のそばで獲物を待つことがあると聞いた。出くわさないことを祈るしかない。もしくは、出くわしてもうまく逃げ切るか。時刻は日本時間の朝方。比較的サーバ人口が少ない時間帯だ。わたしは意を決して城下町の南口から外に出た。

サルと蝙蝠を掛け合わせたようなmongbatというモンスターがいた。手は出さない。がんばれば今のEstellaでもなんとか倒せるが、たまになぜか妙に強い個体がいるのだ。ラグに押し戻されながら歩いている中でのよけいな死亡は避けたい。仮想の世界でも、やっぱり死ぬのはいやだ。失うアイテムが少なくてもごめんだ。「時間が無駄になる」という理由以外に、何か心情的に気分が悪くなる理由があるのだ。死んでもいいような準備をしておいてもなお、死ぬのはいやだった。

歩きやすい街道を画面のぎりぎり端において、森の中を進んだ。特に問題なく橋にさしかかった。目を凝らすが、人はいない、ように思えた。しかし橋を渡り始めると南の方から男が現れ、「XXX is attacking you!」という赤いメッセージが現れた。PKだ。やられたくない。こいつとすれ違って南下するのは難しい。わたしは一度北に戻った。男は追ってくる。わたしは森に入って大きく迂回しようとしたが、淡い灰色のローブは意外と見つけやすいらしく男はどこまでも追ってくる。大きく円を描くようにして南に行こうと努力した。

無理だった。南に向かおうとしたところで距離が詰まり、相手はファイアボールを撃ってきた。あっという間に死んだ。PKは何も持っていないわたしのカバンをあさり始めた。こいつは手足をばらさないんだな、なんて思いながらぼんやり略奪を見ていると、火の玉が男に当たり、うめき声を上げて突然わたしを殺したばかりのPKは死んだ。別なPKが来たようだ。PK2号はPK1号から何かを略奪すると、橋に向かい始めた。わたしはもう幽霊になり、失うものはない。ぺたぺた歩いてついていくと、そいつは茂みの影に隠れて獲物を待ち始めた。こちらには関心を示さない。見えないのだろうか。死んだときの灰色の世界、鐘が重々しく鳴り響く死後のBGMがうっとうしくてその場を離れた。きっと誰か、また別な旅人が犠牲になるのだろう。

トリンシックは間近だった。せっかくだから見てから帰ろうと思った。灰色の視界のまま門をくぐり、街中を歩き回った。銀行、パン屋、宝石屋。色のない看板が目に入る。突然ぼわんと音がして、わたしは生き返った。

そうか。町のNPCヒーラーに生き返らせてもらえばいいんだ。
あれこれ悩んで損した。
以後、ある程度強くなるまで旅をするときは適当に何かに突っ込んで死に、幽霊のままうろつくことにした。死後のBGMが陰鬱でいやになること以外は快適な旅だった。

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