ホモに挟まる女になってしまった in Eorzea(7)

りつ子はばらばらになりそうだった。自分を愛し、すすんで自分に服従する長年連れ添ったパートナー、そのはずだったたくあんがNOと言い始めたのだ。彼の反抗で、彼女の予想以上に、彼女の心の安定は大きく崩れた。愛されているという自信、自分の思い通りになるという驕りが失われ、見る見るうちに元気がなくなっていった。

仕事は休めない。親に相談? とんでもない。友人に打ち明ける? そんなみっともないこと、プライドが許さない。「こいつなら話してもいいかも」と選んだ者は、聞き役にはなるが助けにはならない。家に帰っても安らげない。愚痴をぶつけたり泣きついたりするたくあんは、彼女の絶対の味方ではなくなってしまった。りつ子は心の安らげる場所、唯一の”ホーム”を失ったのだ。

一方たくあんは、長年その”ホーム”のない状態で生きていたに近い。顔つきや体の大きさといった見た目から「男らしい」「まじめで堅物、時に豪快」と判断され、「その顔でかわいいものが好きだなんてキモいでしょ」「お前には気の強い彼女ぐらいでちょうどいいな」「堅実で君にぴったりの職業だね」「強そうなんだから強く生きろ」「男なんだから弱いところを見せるな」と、家族に、友人に、世界に強制されて生きてきた。

本当は優しく弱い心の持ち主だった彼は、NOと言えなかった。周囲の望む人物像のふりをし続けることだけが、自分を守る方法だった。りつ子をパートナーに選んだのは、「気が強く実際強い彼女なら、自分を守ってくれるかもしれない」と思ったからだったそうだ。たくあんは自分より強いお姉さん、またはお母さんが欲しかったのだろう。しかしそれは叶わず、女帝と下僕のような関係ができあがってしまった。(筆者注:ごめんなさい。彼の立場を「召使」とする表現はなんとか避けたかったけれども、当時のわたしが正直に感じた印象を一度だけ記します。)

”ホーム”がなかった彼が、ついに見出した場所こそがエオルゼアであったのだ。ログインすることは帰宅であり、クロが待っていてくれる世界こそが”ホーム”で、幼顔で猫背の小柄なミコッテ男性こそが、彼の正しき化身、正しい意味でのアバターだった。好きな服を着て、好きな色に染め、戦闘をがんばってもがんばらなくても良く、ノルマを達成してもしなくても良い世界。かわいいものが大好きで、弱気になることも多いけれど、人の期待に応えよう、好きな人のためになろうとがんばるやさしい男でいられる場所。

彼女の”ホーム”が足元から崩れ始めるのと、彼の”ホーム”が確立し、豊かになっていくのは同時だった。
”ホーム”を手に入れた彼は、自分らしくいるために「違う」と意思表示することを覚えたのだ。

このころ、たくあんは日課のレベリングルーレットや蛮族クエストをこなすことなく、自宅の庭でぼんやりしていることが増えた。安心しきっているのか寝落ちしているらしいこともしばしばあった。ある日遊びに行くと、ベンチの隣に腰かけていた黒い巨獣、ロスガルのクロが「お姉さん」とすっと立ち上がった。わたしはお前のお姉さんではない、というつっこみはもうとっくにやめていた。お前らのお姉さんでいいよもう。

「起こさないで」と伝えんとしていることがわかったのでわたしは「また来るわ」と言った。
クロは「また明日。俺も寝ます」とだけ答え、すとんとまた眠っているたくあんの横に座った。ログアウトするつもりはないらしい。いつも通話しながら遊んでると言っていたから、つないだままなのだろう。今思えば、とっくにカップルの寝落ち通話のような状態だった。現実世界の隔たりを飛び越え、たくあんは心を許せる相手を隣に安心して寝落ちしている。

りつ子からは「言われても困ると思うけど、私どうしよう」とその後一度だけ連絡が来た。いい返事が思いつかなかったけれども、「二人の関係を続けたいのか、変えたいのか、終わらせて前に進む方がいいのかはよく考えてみる方がよいと思う」と返信した。

それから1ヶ月ほど経ったころ、たくあんとクロからtellが来た。
「ゆうかちゃん、僕クロが好きなのかもしれない。男女とか関係ないのかもしれない」
「お姉さん今晩は。タクにエタバンを申し込もうと思ってます。お姉さんが式に参加できる日時はいつでしょうか」

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