クリームパンの妖精

よく幻覚を見る。理由は知らない。母も変わったエピソードが多かったし、曽祖父は野良仕事に出る時、天高く登る龍を見て3日寝込んだという。どこかおかしい家系なのだろう。

いちばん古い幻覚の記憶は小学校の校庭で、風に吹かれて転がるクリームパンの空袋を懸命に追いかける妖精を見たというものだ。羽が生えているのに走って追いかけていた。服は身に着けていなかった。どちらかというと、男性に近い体つきだったかもしれない。見たのは8歳か9歳のころだったと思う。

幻覚だと思うが妙に記憶がはっきりしているし、夫に話したところ「それは実際にいたから見たんでしょ」と言われたので、その解釈を採用している。真実ではないかもしれないが、否定する理由もない。

東日本大震災の時はトイレに集まってほこりを食べている黒い小さな影を無数に見た。見える上に詳しい人に尋ねたところ、それはあまりいいものではないから気にしてはいけないと言われた。

クリームパンの妖精は、似たようなやつを10年ぐらいあとに見た。わたしの故郷岩手は、ホームレスも住み着かないほど寒いのに、当時なぜかやたら変質者が出た。女子高校生、女子中学生の下校コースにそれはそれはバリエーション豊かな変態が出た。新聞で顔を隠した全裸男、紙袋を目出し帽にした全裸男、トレンチコートの前をバッと開く懐かしのテンプレ露出男、外国人女性の裸グラビアをビニール紐で顔に括り付けた顔面ポルノ男。ちなみに全員別人だ(顔を隠しているのになぜ別人だ? と問わないでくれ。顔以外にも個人を判別できるパーツはある、じゃないか)わたしたちは最初のころこそ恐れ、叫んで逃げ回り、泣きながら学校に報告していたが、本当に「出るだけ」「見せるだけ」の彼らに何も感じなくなってしまい、無視して通り過ぎるようになってしまった。

ある時その男が現れた。顔は、隠さない。軍手を、していた。ブラジャーをつけ、下半身は露出、そして

両足にクリームパンの袋を履いていたのだ。

変態たちを見慣れていたわたしもさすがに驚いた。一緒に下校していた同級生2人はまたか、今度の奴はたいしたことないな、とつまらなそうな顔をしていたが、わたしは叫んでしまった。

「あっ! クリームパンの妖精!」

男はその瞬間、はっとした顔をした。そして踵を返すと、全速力で走り去った。ホックの外れたブラジャーが背中でバタバタしていた。

彼は本物だったのか?
同級生の「ねえクリームパンの妖精って何」という突っ込みに、わたしは答えることができなかった。

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