見出し画像

#13. 反省多めの今年の気付き

結論

結論ファースト。今年気づいたことを以下に書いたら、あまりに自分が私利私欲に塗れた人間で嫌になった。辛い。まぁ、よい。

(よくない。少しずつ見直そ。大人だから。)

好きなことの話など、暗い話以外もあるよ。
(好きなものの話ばかりしてるのでたまにはこういう時があってもよかろう。元気な時に顧みる機会少ないから、良い機会でしょう。

導入 : 一生懸命

バイタリティ・エネルギッシュが持ち味なので、馬鹿みたいなこの4文字が "らしさ" なのかもしれない。

無気力状態から脱したくて、一生懸命生きる為には何の職業につくべきか考えていた時期があった。

結局エンタメが好きだ!だからエンタメだ!と思ったけど、飛び込む勇気はなかった。

だから仕事として選ぶのではなく、関われることから、というところで、公演の広報や、全力アイドルヲタ活や積極的に観劇するようになり、様々な気付きを得ることができた。

1年間で行き着いた先がこのアカウント。
お笑いのことは正直まだまだ整理しきれてない。

選択が出来る人

が好き。先述の通り、そして後述の仕事の仕方にも関係があるのだが、1人で何かを決めるのが苦手だ。

ゴールから逆算して行動しろ、とはよく言われるものの、長期計画を立てたとて、その長期の間気持ちが変わらない自信がない。(私のストレングスファインダーは"適応性")

また、これだ!というものがあっても、現状のメリットをかなぐり捨てて飛び込む勇気がない。

あと単純に経験上自分の判断に自信がない。

だから自分で行く先を見据え、信じ続け、それに向けて努力が出来る人に憧れる。友人もそうだし、自担もそうだし、芸人さん全員そう。

劇場が好き

あ〜劇場で感じる人のエネルギーが好きなんだ。

多分ここに1番端的に書いてる。

東京

別に海外じゃなくても好きなものは楽しめるんだ。
劇場へのアクセスがしやすい東京が好きなんだ。

1人よりも

でもそもそも人が好きだから、1人で劇場行くよりなによりも誰かと飲んだり踊ったりする時間が好きなんだ。

1人で何かを作る/進めるのあまり得意でなくて、誰かと話しながら何かを進めるのが自分のやり方なんだ。

好きなこと

ほぼ間違いなく私は感受性が豊かだ。

感じたものを味わって楽しむこと。
演者よりも観客だ。演者として1番楽しいのは誰かと何かを作り上げる感覚で、スタッフとして関わると1番広い視野が持てるのが良い。

感じたものをこのように文章で表現すること。

感じたことに応えるように行動すること。
緊張を感じる相手にはときほぐしたいと思うし、疲れてる相手は癒したいし、困ってる人には手を差し伸べたい。

けど友人には甘えて自分のことばっか話してることがほとんどである。ごめんね。いつもありがとう。思慮深くは無いな。

飛び込みがち

知らない人のところに飛び込む、誰かと関係性を詰めたい時は、相手の情報を知らないので余計なことは考えず飛び込むことが多い。

多分もっと丁寧に飛び込むべきなんだろうけど、そうすると相手に近づいて相手のことを知るまでに時間がかかってしまうので、ダイレクトに飛び込んでしまう。

仕事でもやるので、周りに焦られる。恋愛では良いな、と思った人にすぐ好きと伝えるのでビビられて逃げられる。

不得意

誰が何を考えてるか感じられない環境。
リモートワーク、めっちゃ嫌い。というかパフォーマンス落ちる。

負の感情。感じるとシンプルにテンパる。

嫉妬、僻み系は経験上1番面倒(自分自身もそれらの感情を抱くと面倒な人間になりがち。)なので、距離を置きたい。

自分が距離を置くと、その人から関わってこない or 自分が想いを馳せない限りその人を感じ取る機会が無くなるので楽になれる。

関われる人、切り口が少ない環境。
少ない人間の全部の感情を浴びてしまうと辛い。

情報を得ることに対するコストが高い(他部署との情報交換に制限をかけられたり、オーソリティの人間関係故に取りたい情報を取りづらい)のは死ぬほどストレス。

縛られるのが厳しい

こうやって感じたことを書きながら整理したり、1人で劇場に気の赴くままに行ったり、色んな人と話す自由がないと厳しい。

予定をコントロールされたり、1人の時間を持つことを妨げられるのは本当に苦しい。

だから自分がだいぶ前に決めた予定に対して恨めしく思うことも多々ある。(でも大体その予定も行ってみればめちゃくちゃ楽しい。)

でも縛られないとどこまでも行ってしまうから難しいところ。

人との時間、インプットの時間、アウトプットの時間、仕事、生活のバランスを最適化したい。あと人生少しは見通したい。

一生懸命

うちら自分の人生懸命に生きてるし🤘みたいなノリで話すことがここ最近多いが、今日バレエ教室のお手伝いをしていて

おチビちゃんずの父兄(歳あまり変わらず)が一生懸命カメラを構えてる姿を見て

一生懸命生きるには、子供を愛でるだったり、生活用品に拘るだったり、なんかそういう普段自分が蔑ろにしてるものも含まれるんだよな

と、当たり前なことを感じた。なんか反省。
忘れてた気がする、そこら辺。

田舎と都会

人がいっぱいいる、劇場が近い、常に何か新しいものが生まれるのは都会。都会が好き。

田舎は人間関係狭いからキツい。けど人があったかいし、私の感受性もここで育まれた。

休日にわざわざキャンプに、旅行にわざわざ自然に、行こうとしない。何故なら日常だから。

これまでの自分の中での田舎と都会の整理。

月に1回、実家に帰る。東京からドアドアで1時間半で帰れるが、劇場なんざない。けど、待っててくれる家族と親戚同様のバレエ教室関連の方々がいる。

レッスンと爺の山に行くのが最近のルーティン。

爺の山は不思議な場所で色んな人が集まってくる。
今日はこないだふらっと現れたという、移住してきたダンサーが山で整地していた。

うーん、田舎何も創造されないと思ってたけど、人がいないだけで、対象が自然なだけで、
作物や公園、キャンプ場など、

都会に比べればスピードは緩やかかもしれないけれど、

ここもまた当たり前に"生み出される"場所なんだな、と反省した。し、嬉しくなった。

以上
というかこの話が書きたくて書き始めたら、書きたくて書けてなかったことや、そこから派生した自己分析反省文が中心になった。書き始めないとどんな文章になるか分からないのが常。だからおもしろい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?