太平記 現代語訳 33-6 足利尊氏、死去す

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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京都朝年号・延文(えんぶん)3年(1358)4月20日頃より、将軍・足利尊氏(あしかがたかうじ)は、重病の床についた。背中に、腫れ物が生じてしまったのである。

内科、外科の医師が数を尽くして集まり、史上に名高い名医の倉公(そうこう)、華陀(かだ)の如き秘術を施し、朝廷、幕府、上から下まで、様々の薬を送ったが、一向に利き目が現れない。

陰陽博士(おんみょうはかせ)、効験あらたかな高僧たちも集まって、様々な祈念を行った・・・鬼見(きけん)、太山府君(たいさんぶくん)、星供(ほしく)、冥道供(みょうどうく)、薬師如来十二神将法(やくしにょらいじゅうにしんしょうぼう)、愛染明王法(あいぜんみょうおうぼう)、一字文殊法(いちじもんじゅぼう)、不動明王慈救延命法(ふどうみょうおうじくえんめいぼう)等、種々の懇請祈願(こんせいきがん)を込めた。

しかし、病状は、日々悪化の一途を辿(たど)り、時々刻々、尊氏の命の灯火は、細っていく・・・邸内の男女は息をひそめ、側近の者らは、ともすると溢れ来る涙を押さえつつ、日夜、寝食を忘れて看病に当たる。

このような中に、身体は次第に衰えゆき、ついに、4月29日(注1)午前4時、尊氏は、命終えた。享年54歳。

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(訳者注1)史実においては、4月30日。
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人間と人間との別離の悲しさもさることながら、たった今、国家の柱石(ちゅうせき)が、砕け散ってしまったのである。

これから先、日本はいったい、どうなってしまうのであろうかと、人々の嘆き悲しみは、止まる所を知らない。

そうは言っても、いつまでも、嘆き悲しんではおれぬから、という事で、2日後、衣笠山(きぬがさやま:北区)の麓、等持院(とうじいん:北区)に埋葬した。

鎖龕(そがん)は天龍寺(てんりゅうじ:右京区)の龍山和尚(りゅうざんおしょう)が、起龕(きがん)は南禅寺(なんぜんじ:左京区)の平田(へいでん)和尚が、奠茶(てんちゃ)は建仁寺(けんにんじ:東山区)の無徳(ぶとく)和尚が、奠湯(てんとう)は東福寺(とうふくじ:東山区)の鑑翁(かんおう)和尚が、下火(あこ)は等持院の東陵(とうりょう)和尚が執行した。

哀れなるかな、将軍となって25年(注2)、向かう所は必ず順(したが)うといえども、無常の敵の来るをば、防ぐにその兵は無し。

悲しいかな、天下を治めて60余州、命(めい)に随う者多しといえども、有為(うい)の境(きょう)(注3)を辞するには、伴うて行く人も無し。

身(み)は忽(たちまち)に化(け)して、暮天数片(ぼてんすへん)の煙と立ち上り、骨(ほね)は空しく留まって卵塔一掬(らんとういっきく)(注4)の塵(ちり)と成りにけり。

別れの泪(なみだ)かきくれて、是(これ)さえ止まらぬ月日かな。

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(訳者注2)尊氏は後醍醐天皇により、1333に鎮守府将軍に任命されたから、1358 - 1333 = 25 (「武将に備わって25年」)

(訳者注3)因果によって形成された現象の世界、すなわち、現世界。

(訳者注4)1個の石によって作られた卵形の塔。
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葬儀より50か日が経過、京都朝廷は、左中弁(さちゅうべん)・日野忠光(ひのただみつ)を勅使として遣わし、故・足利尊氏に、従一位左大臣(じゅいちいさだいじん)の官位を贈った。

足利義詮(あしかがよしあきら)は、その任命書を開いて三度礼拝した後、涙を抑えて一首詠んだ。

 帰って来る 道はないのだ 位山(くらいやま) 登ると聞いても ただ涙だけ

 帰(かえる)べき 道しなければ 位山(くらいやま) 上(のぼ)るに付(つけ)て ぬるる袖かな(注5)

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(訳者注5)従一位への「官位の昇進(上)」と、「山に登る(上)」をかけている。
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日野忠光 (内心)・・・あぁ、なんとまぁ、この歌は・・・すばらしいというか、なんというか・・・ほんま、親子の別れというもんはなぁ・・・。

忠光は、それをありのままに、後光厳天皇(ごこうごんてんのう)に報告。

天皇も限りなく感動し、新千載和歌集(しんせんざいわかしゅう)の編纂(へんさん)の折に、その和歌を選び、詳細な解説付きで、「哀傷(あいしょう)の部」に載録(さいろく)した。

天皇のその賞賛、まことに、ありがたい事である。

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