太平記 現代語訳 21-3 法勝寺の塔、炎上

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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京都朝年号・康永(こうえい)元年(1342)3月20日、岡崎(おかざき:京都市左京区)の民家で出火。

火はすぐにおさまったのだが、わずかな火屑が、はるか10余町かなたまで飛び散り、法勝寺(ほうしょうじ:左京区)の塔の上に落ちた。

しばらくは、灯篭(とうろう)の火程度の勢いで、消えもせず燃えもせず、という状態であった。

寺の僧たちは、身をもんであわてふためくのだが、火が燃えている所まで登っていけるような階段もなく、消火のしようがない。ただ徒(いたずら)に塔を見上げ、手を広げて、立ちつくすばかりである。

そのうち、火が桧皮(ひわだ:注1)に燃え移り、天を焦がすような黒煙が立ち上りはじめた。

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(訳者注1)桧皮葺(ひわだぶき)の屋根であった、ということであろう。
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猛火は雲を巻き、翻る炎は、地球の対流圏(たいりゅうけん)最上層(注2)までも、立ち上る。

やがて、塔頂の九輪(くりん:注3)が、地底のマグマ最下層(注4)にまで響き渡ろうかと思われるほどの大音響をたてて、地上に落下した。

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(訳者注2)原文では、「非想天」。

(訳者注3)寺院の塔の頂上につけられた九重の金属の輪。

(訳者注4)原文では、「金輪際の底」。
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魔風が吹きすさび、火炎は四方を覆い、周囲の堂宇にまで、次々と燃え広がっていく。

金堂(こんどう)、講堂(こうどう)、阿弥陀堂(あみだどう)、鐘楼(しゅろう)、経蔵(きょうぞう)、総社宮(そうしゃのみや:注5)、八足(やつあし)の南大門(なんだいもん)、86間(けん)の回廊(かいろう)・・・あっという間に焼失し、灰燼(かいじん)はたちまち地上に満ちる。

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(訳者注5)仏教を守護する神々をまとめて祭った社。
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目撃者A 建物が燃えさかったる中にな、うち、見たで、たしかに見たで! 立ち上る煙の上に、鬼みたいなヤツがおってな、そちらのお堂、あちらの建物へ、火ぃ吹きかけまくっとったわ。

目撃者B あぁ、そないいうたらたしかに、鬼みたいなん、いよったなぁ。

目撃者C なんやしらんけど、天狗(てんぐ)みたいなんも、いよったえ。松明(たいまつ)振り上げてな、塔の一段ごとに火ぃつけもって、上がっていきよったえ。

目撃者D そいつら、金堂の棟木(むなぎ)が焼け落ちるのを見て、いっせいに手ぇ打って、ドッと笑いやがってなぁ、それからすぐに、愛宕山(あたごやま:京都市西方)やら比叡山(ひえいざん:京都市北東)やら、金峯山(きんぷせん:奈良県吉野郡)の方角めがけて、去っていきよったわいな。

法勝寺のその火災があってからしばしの間に、今度は、華頂山知恩院(かちょうざんちおんいん:東山区)の五重の塔、さらには、醍醐寺(だいごじ:山科区)の七重塔と、たて続けに焼け落ちてしまったのだから、これはまことに不可思議としか、いう他はない。

「法勝寺、ただいま炎上中!」との報を聞き、朝廷も幕府も一驚。光厳上皇(こうごんじょうこう)は二条河原(にじょうがわら:注6)まで出かけて、仏法滅亡の煙に胸を焦がし、足利尊氏(あしかがたかうじ)は、法勝寺の西門の前に馬をひかえ、燃え盛る災の中に国家の先行きを案じた。

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(訳者注6)鴨川と二条大路が交差する付近の河原。法勝寺は、鴨川の東方、二条大路の東方延長線上に位置していた。
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そもそもこの法勝寺という寺院、日本国家の泰平を祈り、百代の天皇に安全を得しめんがために、白河上皇(しらかわじょうこう)によって建立された霊地である。堂舎の構(かま)えは善美を尽くし、本尊(ほんぞん)は金を鏤(ちりば)め玉を磨いての装飾を施されていた。

中でも見事であったのが、八角九重の塔であった。縦横ともに84丈、各階ごとに、金剛界(こんごうかい)マンダラが安置されていた。その美麗にして高大なること、まさに三国無双(さんごくむそう:注7)の塔であった。

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(訳者注7)三国において他に並び無し、の意。仏教関連の叙述において「三国」といえば、インド、中国、日本のことである。
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この塔が完成したまさにその時、インドの無熱池(むねつち)、中国の昆明池(こんめいち)、わが国の大阪湾の水面上にまで、その姿が鮮明に反映したというのだから、まことに奇特な事である。

世間の声E あのような霊徳不可思議なる朝廷建立の寺院が、ほんの一時の間に焼滅してしまうだなんて・・・これはどうも、単なる一寺院の荒廃なんていうような、軽いレベルの議論で片づけては、いけないのでは。

世間の声F ほんに、そうどすわなぁ。これから先、我が国はますます、争乱の渦中に投じられ、仏法(ぶっぽう)も王法(おうぼう)も有名無実の状態になっていってしまう・・・あの事件はまさに、その前兆なんやないかいなぁと、うちは思ぉとります。

世間の声G 仏法も王法も・・・公家も武家も・・・朝廷も幕府も・・・みんな共に衰微(すいび)していってしまう・・・あの火災はその前兆かもね。

世間の声H なるほどねぇ。

世間の声I いやはや、まったく・・・これから先、とんでもない世の中になっていくんですやろなぁ。

世間の声一同 ほんと、やんなっちゃうよねぇ。

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