太平記 現代語訳 29-8 和平、成立

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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松岡城(まつおかじょう)の東の木戸 ドンドンドンドンドンドン! ドンドンドンドンドンドン!

尊氏軍メンバーA なんだよ、あれ!

尊氏軍メンバーB いよいよ、攻めてきやがったかな?!

松岡城の東の木戸 ドンドンドンドンドンドン! ドンドンドンドンドンドン!

尊氏軍メンバーC (櫓の上から下を見下ろして)敵が攻めてきたんじゃぁねえぞぉ、木戸の前には一人しかいねぇや。

尊氏軍メンバーD (櫓の上から下を見下ろして)おぉい、そこのぉ、いったい、どこの誰だぁ?!

饗庭命鶴丸(あえばみょうづるまる) 命鶴です! 命鶴ですよ!

尊氏軍メンバーA エーッ!

饗庭命鶴丸 和平ですよ、和平! 戦っちゃダメ、みんな、死に急いじゃ、ダメ!

尊氏軍メンバーB えぇっ! なんだよ、いってぇナニ言ってんだよ?

饗庭命鶴丸 とにかく、ここ開(あ)けて、早く! 早く!

尊氏軍メンバーC お、よしよし、ちょっと待ってろよ、今開けてやっから。おぉい、木戸、開けてやっとくれ。

尊氏軍メンバーB あいよ。

東の木戸 ギィー・・・。

饗庭命鶴丸 早く、早く、将軍様のとこへ!(ダダダダダダダダ・・・:木戸を走り抜け、猛スピードで本陣へ)

饗庭命鶴丸 (ダダダダダダッ、ダダンッ!:尊氏らのいる室内に走り込み、大声で)ハラ(腹)切っちゃダメ! ダメですよぉ!

尊氏ら一同 !!!(驚愕)

饗庭命鶴丸 (ドタッ:尊氏の前に平伏)ハァハァハァハァ・・・(荒い息)。

足利尊氏(あしかがたかうじ) 命鶴、命鶴じゃないか、いったい・・・。

饗庭命鶴丸 ハァハァハァハァ・・・(荒い息)、申しわけありません、ハァハァハァハァ・・・(荒い息)、勝手に城出たりして・・・ハァハァハァハァ・・・(荒い息)。

足利尊氏 ・・・。

饗庭命鶴丸 ハァーハァー・・・本当に、申しわけありませんでした、どうか、お許しを・・・ハァーーハァーー。

足利尊氏 いったい、どこへ行ってたんだ?

饗庭命鶴丸 わけも申し上げずに、いきなり城を出たから・・・ハァ、ハァ・・・きっと、命鶴は逃亡したと思われたでしょうね。

足利尊氏 ・・・。

饗庭命鶴丸 お味方の方々がみんな戦意を失って、意気消沈しちゃってるの見てね、わたし、思いました、「この分じゃぁ、もう一回戦ってみたとしても、とても勝ち目は無いぞ。かと言って、今から城を脱出されるのは到底不可能」ってね。で、わたし、行ってきたんですよ、畠山国清(はたけやまくにきよ)殿の陣まで。(注1)

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(訳者注1)この、「饗庭命鶴丸が独断で和平交渉のために城を抜け出しうんぬん」の記述も、例によって史実かどうか、極めて疑わしい。
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高師泰(こうのもろやす) なんだってぇ! 一人で、敵陣に乗り込んできたぁ?

饗庭命鶴丸 和平の斡旋(あっせん)をしに、行ってきたんですよ。

高師直(こうのもろなお) 和平の斡旋!(驚愕)

饗庭命鶴丸 わたし、畠山殿に申し上げました、「将軍様と直義(ただよし)様が仲直りされるのって、もう絶対に不可能なんでしょうか?」。するとね、畠山殿、こんな事言われるじゃないですか、「いや、実はな、直義様も、しょっちゅうそればかりおっしゃってんだよ、「もう一度、兄弟いっしょにやっていきたいもんだなぁ」ってね」。

足利尊氏 ・・・。

饗庭命鶴丸 畠山殿はね、こうもおっしゃいましたよ、「高兄弟の事については、直義様はそれほど深く、根に持ってはおられないようだ。彼らの不義を一応は罰しておいて、二度とあんな事しないように思い知らせときさえすれば、まぁ、許してやってもいいんじゃないか、命まで取る必要は無いのでは・・・どうもそんなカンジだぞ」。

饗庭命鶴丸 八幡(やわた)におられる直義様からのお手紙も数通、出して見せてくださいましたよ。手紙には、こんな事書いてありましたね、「親への愛を越えて、さらに睦(むつ)まじきは兄弟の愛。我が子に対する思いよりもなお深きは、長年にわたる主従の誼(よしみ)。獣類でさえも、そのような情愛の心があるのだ、ましてや万物の霊長たる人間どうしにおいてをや。たとえ合戦に及ぶ事になったとしても、情け容赦の無い処置だけは絶対に、してくれるなよ」。

高師直 ふーん。

足利尊氏 ・・・(じっと考え込む)。

高師泰 ・・・どうします?

足利尊氏 ・・・。

高師直 ・・・。

高師泰 ・・・。

足利尊氏 ・・・自害・・・中止・・・。

高師直 はい。

高師泰 わかりました。

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高師泰 で、問題は・・・我々、これからどうするかって事ですなぁ。

高師直 ・・・なんてったって、ご兄弟ですからねぇ、直義様は将軍様、よもや、憎いとは思ってはおられんでしょう・・・でもねぇ・・・ハァー(溜息)・・・私ら兄弟に対してとなると・・・ハァー(溜息)・・・また話は別なんだろうなぁ・・・ハァー(溜息)・・・。

高師泰 そりゃ、絶対に憎んでおられるに決まってるさ。去年、あんな事しちゃったんだもん・・・。

高師直 ハァー(溜息)・・・首を延べて降参するくらいならば、いっその事、出家して頭丸めてから出て行った方がいいのかも・・・ハァー(溜息、うつむく)

尊氏軍リーダーE うーん・・・それはどうですかねぇ、あんましイイ(良)方策とは思えませんが・・・ここはあくまでも、徹底抗戦にうって出た方が、いいんじゃないかと思いますけど。

高師泰 徹底抗戦? こんな人数で、いったいどうやって?

尊氏軍リーダーE いや、なにもね、ここの城を死守しようってんじゃぁないですよ。別の場所に身を移して、戦いを続行するんでさぁね。

高師泰 ここから他に、いったいどこへ行くってんだ?!

尊氏軍リーダーE 将軍様は、赤松(あかまつ)殿の城へ、師直殿と師泰殿は、四国へ逃れる、なんてのは、どうでしょう?

高師直 そんなの、ムリだよ・・・ムリ・・・ハァー(溜息)・・・頭丸めて降伏して出るよ、それが一番だよな・・・ハァー(溜息)・・・。

薬師寺公義(やくしじきみよし) あのねぇ、執事(しつじ)殿!

高師直 ・・・。

薬師寺公義 そぉんな弱気な事言ってちゃぁ、ダメですよ!

高師直 ・・・。

薬師寺公義 頭丸めるって言われますけどね、よぉく考えてみてくださいよ、過去の歴史において、頭丸めて命が助かったなんて人、いったい誰がいます? 保元(ほうげん)の乱の時はどうでした? 源為義(みなもとのためよし)は自分の咎(とが)をわびるために、頭を丸めて降伏して出た。でも、その子・義朝(よしとも)は、為義の首を刎(は)ねざるをえなかったじゃぁないですかぁ! 親子の関係をもってしても、父親の命を救う事ができなかったんですよぉ!

薬師寺公義 たとえここで出家なすって、どんなに立派な持戒持律(じかいじりつ)の僧侶になられたところでね、そんな事でもって、直義様のお心が休まり、上杉(うえすぎ)家や畠山(はたけやま)家の連中らの憤りが消えるとは、私には到底思えませんねぇ。

薬師寺公義 頭丸めた屍(しかばね)が、墨染(すみぞ)めの衣の袖を真っ赤な血で染め、なんてぇ事になっちまうがオチですよ。そうなったら、ただもう汚名を後の世に残すだけ、あまりにも口惜しいじゃありませんか、そう思いません?

薬師寺公義 将軍様は赤松殿の本拠地へ、高ご兄弟は四国へ、という案も、現実問題としては実行不可能でしょう。だってそうじゃないですか、細川顕氏(ほそかわあきうじ)も直義様の招集に応じて、大軍を率いて既に三石(みついし)に到着ってな情報が入ってますよ。将軍様が摂津(せっつ)国での戦に負けて播磨(はりま)の赤松殿の本拠地に退かれたと聞いたら、最後のトドメを指しに、細川が襲いかかってくる事、間違い無しですわ。

薬師寺公義 四国へ行くのもムリでしょうね。船の用意も無いのに、いったいどうやって瀬戸内海を渡るってんですか! ここかしこの湊(みなと)で渡海の順風を待ってから渡るなんて事、できるはずない。そこに敵が追撃しかけてきたら、いったい誰がどうやって防ぐってんです? まともに矢の一本でも射てみようなんてヤツ、ただの一人もいやしませんよ。だってそうでしょ、我々サイドの連中らが心の中でいったいどんな事考えてるのか、もう昨日の戦で、ミ(見)エミエじゃぁないですか。

薬師寺公義 そもそもですよ、剛勇とか臆病とかいった事に関してはね、個人差なんてのは無いんです。あるのは気分差だけなんです。人間は、剛勇になったり臆病になったり、とにかく、心が変化してしまうんですわ。人間の心理とはしょせん、そういうもんなんです。だから、敵に打ち懸かっていこうって時には、自然と心は武(たけ)くなるけど、一歩でも退きはじめたとなると、いっぺんに臆病者に変わってしまうんだ。

薬師寺公義 私は、あくまでも徹底抗戦を主張します! それも、この場を動かずにね。我々サイドの兵力が更に減ってしまわない今のうちに、ひたすら討死の覚悟かため、もう一度敵に当たってみる! 今この局面での最善の策といったら、これより他にはありません!

高師直 ・・・。

高師泰 ・・・。

薬師寺公義は、心中に思う事をズバズバと主張してみたが、高兄弟は心も虚ろ、ただただ放心状態である。

足利尊氏 ・・・。

薬師寺公義 将軍様、なにとぞ、ご決断を!

足利尊氏 ・・・。

尊氏軍リーダー一同 将軍様、なにとぞ、ご決断を!

足利尊氏 ・・・。

尊氏軍リーダー一同 ・・・。

足利尊氏 ・・・この城・・・出よう・・・。

尊氏軍リーダーF で、そっから先は?

尊氏軍リーダーG 赤松殿の本拠地へ向かうんですか?

足利尊氏 ・・・。

尊氏軍リーダー一同 ・・・。

足利尊氏 ・・・和平・・・。

高師直 ・・・ハァー(溜息)・・・じゃ、髪剃りますわ・・・ハァー(溜息)・・・。

薬師寺公義 (ガックリ 肩を落す)(内心)あぁ・・・まったくもって、今のおれのこの気持ち、あの范増(はんぞう)の心境そのものさなぁ。「かような青二歳といっしょでは、天下など、とても取れはせぬ!」(注2)・・・分かるぞぉ、その気持ち、范増よぉ・・・(涙)

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(訳者注2)28-7参照。
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薬師寺公義 (内心)まぁそれにしても、運が尽き果ててしまった人間の姿ほど、カナシイもんはねぇやなぁ・・・。こんな人らといっしょに死んだって、いったい何の高名になるってんだぁ? あぁ、もうこんな憂き世なんか、捨てちまえい! 出家して坊さんになって、これからは、この人らの後生を弔って生きていくとしよう!

このように、にわかに思い定まり、一首。

 取れば憂(うれ)い 取らねば武士の 失格者(しっかくしゃ) 捨ててしまおう 弓矢(ゆみや)の人生

 (原文)取(とれ)ばう(憂)し 取(とら)ねば人の 数ならず 捨(すつ)べき物は 弓矢也けり(注3)

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(訳者注3)「取る」の目的語は「弓矢」。弓矢を取って戦えば憂いも多いが、かといって、それを取らない(戦わない)というのでは、武士の数には入れてはもらえない。もうこうなったらいたし方無い、弓矢(武士としての人生)を思い切って捨ててしまおう、という意。
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薬師寺公義は、自ら髪を切り、墨染(すみぞめ)の衣に身を包んで高野山(こうやさん)へ登った。

それから後は、広さ3間の茅ぶきの家に身を置き、無数の松がたてる風音を聞いて暮す毎日。

薬師寺公義 (内心)ああ・・・俗世間を離れて、まさに天地と一体になった心境だ。心も澄み渡り、おれもようやっと、安らかな人生を送れるようになったよなぁ。

 娑婆世界(しゃばせかい)の 空しい夢から 覚(さ)めれたよ 明けゆく高野(こうや)の 松風(まつかぜ)の音(ね)で

 (原文)高野山 憂世(うきよ)の夢も 覚(さめ)ぬべし その暁(あかつき)を 松の嵐に

このようにして、公義はついに、閑居幽隠(かんきょゆういん)の人となった。

仏道を求める心というものは、実に様々な縁によって起るものである。このようなふとしたキッカケでもって、憂き世を捨てる事ができた彼の後半生は、まことにすがすがしく、すばらしいものであったといえよう。

しかしながら、美女との別れを惜しんで戦場に赴こうとしない主君・源義仲(みなもとのよしなか)を諌(いさ)めんが為に自害して果てたという、あの越後能景(えちごよしかげ)と比べて見ると、相当見劣りがする事であるようにも、思えてならない。(注4)

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(訳者注4)薬師寺公義に関するこの部分の記述も、太平記作者によるフィクションである可能性が濃厚だ。

[楠木正成と悪党~南北朝時代を読みなおす ちくま新書185 海津一朗 著 ちくま書房]の167P以降には、下記のようにある。

「「豊島・宮城文書」以下の第一次資料を集めて見ると、『太平記』の記述はまったくの虚構であることがわかる。まず公義はこの時、師直と行動を共にすることなく、遠く関東の戦場にいたことが確実であった。・・・(途中略)・・・虚構と史実を読み比べていただければわかるように、『太平記』の公義叙述は時間的にも空間的にも不正確であり、そればかりか、師直滅亡の直接の原因を作ったという、もっとも重大な因果関係を見落としている。では、まったく(『太平記』は:訳者補足)「史学に益なし」かといえば、とんでもないことで、非常に巧みに公義像の本質的部分に肉薄しているように思われる。まず、戦場での激闘や師直への諫言のエピソードに見られる血気盛んな主戦論者の人物形象は、常陸攻めを強行した公義の風貌をほうふつとさせる。(以下、略)」

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