太平記 現代語訳 20-13 結城道忠、地獄に堕ちる
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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。
太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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結城道忠(ゆうきみちただ)が乗った船は、悪風に吹き流されて、広々とした海上に揺られ漂うこと7日7夜。今にも大海の底に沈んでしまうか、はたまた、悪鬼の住む世界に落ちてしまうかと思われたが、風もようやく静まり、伊勢の安野津(あのつ:三重県・津市)へ吹き寄せられた。
ここで10余日滞在し、なおも奥州を目指して渡海の順風を待つ中、道忠は、にわかに重病を発して起居も容易ならざる状態になってしまい、もはやこれまで、という所まで容体が悪化した。
その枕辺に、僧侶がやってきた。
僧侶 ついこないだまでは、さほどの病気とも思えませんでしたが、日を経るに従い、どんどん病状が悪化してきてますわ・・・。こないな事を言うのもナンですが、ご臨終の日も近いのではないかと・・・。そういう事ですからな、とにかく、よくよく気を引き締められて、「死後は必ず浄土へ行くぞ」との望みをしっかりと、持ち続けるようにしていってくださいや。
僧侶 とにかく、阿弥陀仏(あみだぶつ)の御名をひたすらお唱えしてな、阿弥陀三尊様(あみださんぞんさま:注1)のおむかえを、お待ちなされませ。
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(訳者注1)阿弥陀仏、観世音菩薩、勢至菩薩。
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僧侶 今生において、何か思い残す事はありませんかいなぁ? お心に掛かる事がもしあるんやったら、今のうちに言うといてくださいや。御子息様に、私から申し伝えておきますから。
もうすでに目を塞ぎかけていた道忠であったが、それを聞いたとたん、ガバと起き上がった。
結城道忠 はっはっはぁ・・・。
僧侶 !(驚愕)
結城道忠 思い残す事が・・・あるかってぇ?
僧侶 ・・・。
結城道忠 わしももう・・・70超えた・・・栄華も身に余りあり・・・この世において・・・思い残す事なんて・・・何もね(無)ぇ。
僧侶 ・・・。
結城道忠 ただなぁ・・・。
僧侶 ・・・。
結城道忠 奥州からはるばると・・・吉野までやってきたのに・・・朝敵滅ぼせねぇで、空しく黄泉路(よみじ)へ行く・・・それだけが・・・残念。この朝敵征伐の願い・・・未来永劫まで・・・燃えて止まねぇわしの妄念に・・・なってしまやがった。
僧侶 ・・・。
結城道忠 息子の親朝(ちかとも)にゃ・・・こう言ってやっとくれ・・・「わしの後生(ごしょう)を弔いたきゃ・・・供仏施僧(くぶつせそう)(注2)の作善(さくぜん)なんか・・・しちゃいかん・・・称名(しょうみょう)、読経(どっきょう)・・・なんかの、追善(ついぜん)もするな・・・とにかく朝敵の首取って・・・わしの墓の前に・・・懸けて・・・並べて見せろ・・・それこそが、わしへの最高の・・・追善追福」・・・ってな・・・言ってやっとくれ。
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(訳者注2)仏にお供えをし、僧侶に布施を施す。
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最期の言葉をこのように言い残し、道忠は、刀を抜いて逆手に持ち、歯噛みしながら死んでいった。
罪障(ざいしょう)深き人の数は多いとは言うものの、死の間際に及んで、これほどの悪相を現した人は前代未聞である。
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この結城道忠という人の生前の行いを聞けば、なるほど、この人は、十悪五逆(じゅうあくごぎゃく)にして重障過極(じゅうしょうかごく)の悪人、としか言う他はない。
鹿を狩り、鷹を使うのは世俗の風習であるから、これはまぁ、よしとしよう。
しかしながら、罪もない人を打ち、縛り、僧侶や尼僧を殺した事は、数え切れないほどである。
「死人の首をいつもオレの目の前に置いとけよ、でねぇと、気分がサッパリしねぇから」などと言い放ち、僧俗男女を問わず毎日2、3人の首を切り、わざと、自分の目の前に懸けさせていた。
このような状態であったから、道忠が少しでも立ち止まった場所は、あっという間に死骨が満ち満ちて屠殺場のごとくになり、死骸が積まれて墓地のようになるのであった。
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以下の話は、道忠が伊勢で死去した事が、遠方にいる遺族にまだ伝わっていなかった時に起こった事である。
結城家に縁の深い一人の律宗(りっしゅう)僧が、武蔵から下総(しもうさ:千葉県中部)へ旅をしていた。
日は暮れたが、目的地までの道はまだ遠い。その夜の宿を探しているところに、一人の山伏が現われた。
山伏 もしかして、宿をお探しですか? ならば、私についてらっしゃい。近所に格好の所がありますんでね、そこへご案内いたしましょう。
僧は喜んで、山伏について行った。
やがて目の前に、鉄の築地に金銀の楼門が立っている建造物が見えてきた。
律宗僧 (内心)ほほぉ、立派な建物だなぁ。門に額がかかってる・・・なにぃ、「大放火寺」だってぇ!?
門から入って中を見ると、美麗を尽くした仏殿があった。
律宗僧 (内心)おぉ、ここにも額がかかってる・・・なになに、「理非断」!?
山伏 ここでしばらく待っててくださいね。
僧を宿泊所に残して、山伏は中へ入っていった。
暫くして、山伏が建物の中から、螺鈿(らでん)装飾の箱を持って出てきた。
箱の中には、法華経(ほけきょう)が入っている。
山伏 あのね・・・そのうち、ここで、とんでもない不思議な事が起こりますよ。
律宗僧 エェ!
山伏 恐怖に身をすくめるような事になるかもしれません。でもね、どんなに恐ろしくなってもね、ゼッタイに息を荒くしないように、心を静めて、この経典をひたすら読み続けるようにしてください、ゼッタイに、ゼッタイにね。
山伏は、第6巻の紐を解き、法華経・如来寿量品・第16(ほけきょう・にょらいじゅりょうぼん・だいじゅうろく)を読み、僧侶には第8巻を与えて、法華経・観世音菩薩普門品・第25(ほけきょう・かんぜおんぼさつふもんぼん・だいにじゅうご)を読ませた。
律宗僧 (内心)なんだなんだ、いったいどうなってんだぁ? いったい何が起るんだろう?
僧は、山伏に言われたままに、口には経を唱え、心中から妄念を払い、寂々として室内に座した。
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夜半過ぎ頃、月がにわかにかきくもり、激しい雨が降りだし、雷鳴まで轟きはじめた。
やがてそこに、異形の者らがやってきた。
見れば、全員、牛の頭、馬の頭、まさしく、あの地獄の獄卒たち。数え切れないほどの集団を成して大庭に群集。
しばしの間に、周囲の風景は一変してしまった。地獄の城が高くそびえ、鋼鉄の綱が四方に張られている。1ユジュン四方には烈々たる猛火が燃え盛り、毒蛇は舌を伸ばして炎を吐き、鉄の犬が牙をといで吠える。
律宗僧 (内心)あぁ、なんと恐ろしい・・・ここはきっと、無間地獄(むげんじごく)なんだ。
恐怖におののきながら見つめる僧の眼前に、牛頭(ごず)や馬頭(めず)らが、車の轅を引いて虚空からやってきた。燃える車の上には、一人の罪人が載せられている。
それを待ち構えていた悪鬼たちは、盤石のごとき鉄のまな板を庭に据え、車から罪人を下ろして、そのまな板の上に仰向けに据えた。そして、その上にさらに、鉄のまな板を重ねた。
悪鬼たち スタンバイ、OK!
悪鬼A ヨォシ、デハマズ、第1過程開始ーッ!
悪鬼たちは、膝を屈し、ひじを伸ばし、そのまな板を上から押さえつけ始めた。
悪鬼たち エイヤァ、エイヤァ、エイヤァヤァ、エイヤァ、エイヤァ、エイヤァヤァ・・・
まな板の横から、油がしたたるように、罪人の血が流れ出てくる。その下には、大きな鉄のバケツが置かれていて、血は全てそこに溜まっていく。
程なく、バケツ一杯に血液が溜まった。まるで、夕日を浸す川水のようである。
悪鬼A 血液ハ一滴残ラズ絞リ尽クサレタゾヨ。
悪鬼B シカラバ、コレヨリ第2過程ニ移行スルゾーッ!
悪鬼たちは、上に載せた俎板を外し、紙のようにぺちゃんこになった罪人を、鉄の串で差し貫いた。そして、それを炎の上にかざしながら、表裏とひっくり返しながら、あぶり始めた。まさに、料理人が肉を料理しているかのごとくである。
悪鬼B 加熱ヨーシ!
悪鬼C シカラバ、第3過程ヘト移行ーッ!
徹底的にあぶり乾かしてから、悪鬼たちは、再び罪人をまな板の上に押し広げた。そして今度は、肉切り包丁と魚料理用の箸を使って、その体を細かく切り裂き、ポンポンと、銅製のネットの中に投げ入れていく。
悪鬼C 第3過程、完了セリ!
悪鬼D デハ、回復過程ヘト移行スル。全員、集合シ、ネットヲ保持スベシ!
悪鬼たち 了解!
悪鬼らは、罪人の肉が詰まったネットの周囲に群がり、それを手にとって声をそろえて、
悪鬼たち 活(カツ)活、活活、活活・・・。
悪鬼たちがネットを上下させるにつれて、その中で肉片がくっつき始めた。
間もなく、罪人はもとの身体に戻った。
今度は、一匹の悪鬼が鉄の鞭を取り、罪人の前に立って怒声を浴びせた。
悪鬼E 地獄ハ地獄ニアラズ、汝ガ罪、汝ヲ責(セ)ムル!
罪人は、この責め苦のあまりのつらさに、泣くにも涙も出ない。猛火が眼を焦がす故に、叫ぼうとしても声も出ない。鉄のボールを呑みこまされてのどを塞がれている状態の中に、無理をして地獄の苦しみを少しでも語ろうものなら、それを聞く人はあまりの恐ろしさに、地に倒れ伏してしまうに違いない。
その一部始終を見まもりながら、僧は、魂も浮かれ骨髄をも砕かれるような心地がして、恐怖におののくばかり。
彼は、山伏に問うた。
律宗僧 いったいあの罪人は、生前にどんな事をしたのでしょうか? いったいどんな因果でもって、あのような呵責(かしゃく)を加えられることになってしまったのか?
山伏 あの罪人こそはね、奥州の住人・結城道忠なのですよ。伊勢国で死んだ後に、阿鼻地獄(あびじごく)へ落ちて、あのように常に呵責されているのです。
律宗僧 えぇ! あれは、結城道忠殿なのですか!
山伏 あなたはもしかして、彼に縁の深い人ではありませんか? もしそうならば、後に残された彼の妻子たちに、こう伝えてやって下さいませんか、「みんなで集まって一日経を行い(注3)、彼を苦しみの世界から救いあげてやれ」ってね。どうか、そのように、伝えてやって下さい。
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(訳者注3)みんなで手分けして、一日の間に一部の経典を写経するという行。
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律宗僧 ・・・あなたはいったい何者ですか?
山伏 今回の上洛に際して、結城道忠は、鎧の袖に私の名前を書き記しました、「六道を救う地蔵菩薩」とね。
山伏の言葉が終わるか終わらぬうちに、暁を告げる寺の鐘が、松風とともにほのかに響き渡ってきた。地獄の鉄城は、たちまちかき消すように消え、山伏の姿も見えなくなってしまった。
気がついてみれば、僧はただ一人、野原の草の露の上に呆然と座していた。
律宗僧 (内心)・・・あれはいったい、なんだったんだ?・・・それにしても驚いたなぁ、地蔵菩薩様が化身して、あのような不思議を現されるとは・・・。
夢か現実かも定かならぬ心地の中に、周囲は次第に明るくなってくる。
律宗僧 (内心)よし、とにかく奥州へ行って、結城殿の家族に、この事を伝えよう。
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僧は、奥州への道を急ぎ、結城道忠の子息・親朝に、自分が見た事を全て伝えた。
律宗僧 ・・・とまぁ、こういうわけでしてねぇ。
結城親朝 そうかい・・・フーン・・・。
結城親朝 (内心)いってぇ何を言うかと思えば、よりによって、オヤジが伊勢で死んだだとぉ! そんな報告、何も聞いてねぇぞ! こりゃぁきっと、この者の夢の中の妄想だろうよ・・・もしそうでなきゃ、どっかの得体の知れねぇバケモノにでも惑わされたんだろうよ、きっとな。
その3、4日後、伊勢から飛脚がやって来て、結城道忠の遺言の事や臨終の際の悪相を詳しく語ったので、親朝もようやく、僧の言葉を信じるようになった。そこで、遺族らは、死後の7日目ごとに一日経を行って、道忠の追善供養をした。
供養の導師は、仏の徳を賛じ、珠玉のような言葉を述べた。
供養の導師 「若有聞法者無一不成仏(注4)」とは、如来の金言(きんげん)にして、これぞまさしく、法華経をもって大聖釈尊(たいせいしゃくそん)が我々に教えんとしたもうたところ。八寒八熱(はっかんはちねつ)の地獄の底までも、み仏の救いのおん手は伸べられ、悪業(あくごう)の猛火はたちまちに消え、清冷(しょうりょう)の池水が満々と湛えられるのでありますよ。
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(訳者注4)若(も)し仏法を聞く者有らば、成仏せ不(ざ)るは一人として無し。仏の法を聞いたならば、誰でも成仏していくことができる、という意味。
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これを聞いた法要に参座の者たちはみな、随喜の涙を流し、たもとをうるおした。
まことに、地蔵菩薩様は、善にして巧妙なる方便をもって、結城道忠が地獄で苦しんでいる様をその遺族に明示し、彼を救うための追善を行わせように、仕向けられたのであった。
地蔵菩薩様は、釈尊がこの世に出現される前から、そして、釈尊がご入滅された後も一貫して、迷える衆生を救いの世界に導き続けてこられた。まさに、大慈大悲(だいじだいひ)の菩薩といえよう。
仏様に結んでいただく縁というものは、人によって多かったり少かったりする。その違いが、頂くご利益(りやく)の厚薄にも影響してくるのである。しかし、どのように仏縁の少ない人であっても、この地蔵菩薩さまに一度めぐりあえたならば、仏の世界の真理と人間の世界の道徳を会得し、善なる人生を全うしていこうとの願を達成することが可能となる。
「現世においても死後世においても、衆生をよく引導せん」との地蔵菩薩の御誓願、ああ、なんと頼もしきかな。
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