太平記 現代語訳 29-7 尊氏軍より脱走者、続出

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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越水(こしみず:兵庫県・西宮市)の戦に惨敗して退却を余儀無くされた尊氏(たかうじ)軍2万余騎は、松岡城(まつおかじょう:位地不明)へ、我も我もと逃げ込んでいった。しかしそこは、たった4町四方足らずの面積しかない狭い所、城の中は混雑を極め、身動きもできなくなってしまった。

「こんな状態では城の防衛どころではない、このままではもうどうしようもないから、主要メンバー以外は城の中へ入るべからず」という事になり、各家の郎従・若党たちは全員、城の外へ追い出されてしまった。

尊氏軍武士A てやんでぇい!

尊氏軍武士B テメェラだけ、安全なトコへこもりやがってよぉ!

尊氏軍武士C オレたち締め出して、城の四方の木戸、閉めちまいやがったぜ!

尊氏軍武士A (内心)シメシメ、こりゃぁ、もっけのサイサイってもんよぉ。

尊氏軍武士B (内心)なんとかして、この戦場から逃げちまいたいなぁって、思ってたとこに・・・。

尊氏軍武士C (内心)おあつらえむきの口実をくれるんだもんねぇ!

尊氏軍武士A あーあ、ほんと、高師直(こうのもろなお)って、頼りになんねぇ人だよなぁ。

尊氏軍武士B ったくもう、ヤンなっちまったぜ。

尊氏軍武士C おいら、いってぇ誰の為に、討死にすりゃぁいいんだぁ? あぁ、もうヤダヤダ! 戦争なんて、やめたぁ、やめたぁ!

このように各々つぶやきながら、仲間を組んで続々と逃亡していく。

尊氏軍武士D (内心)こっから逃げるったってさぁ・・・城の四方には敵がウヨウヨいやがんだもん、とても脱出ムリ・・・いやいや待て待て、海路を逃げるって手があるぞ。

というわけで、釣りをする漁民たちの中に紛れ込んで破れ蓑(みの)を身にまとい、福良(ふくら:兵庫県・南あわじ市)の渡し、あるいは明石海峡(あかしかいきょう:兵庫県明石市)を、船に乗って逃げ行く者もいる。あるいは、山林業従事者(注1)に変装して竹の籠を肩に掛け、須磨(すま:兵庫県・神戸市・須磨区)の北方、あるいは、生田森(いくたのもり:神戸市・生田区)の奥へと、裸足のままで逃げていく者もいる。

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(訳者注1)原文では、「草刈りのおのこにやつれつつ」。
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人間、運勢が下降局面になった時は、必ずといっていいほど、臆病神にとりつかれてしまうものではあるが・・・しかしそれにしても、まぁなんと、見苦しい事であろうか。あれほど混雑していた城内だったのに、中にたてこもっている者の数がどんどん減っていく。夜更頃には、無人の城かと見まがうほどに、スカスカの状態になってしまった。

足利尊氏(あしかがたかうじ)は、高(こう)兄弟を近くに呼び寄せていわく、

足利尊氏 いったいぜんたい、どうなってんだ? 城の中、えらく人数、減ってるじゃないか。

高師直(こうのもろなお) ・・・。

高師泰(こうのもろやす) ・・・。

足利尊氏 ハァー(溜息)・・・まったくもう、なさけない連中ばっかりだなぁ・・・。たった1回、戦に負けただけで、もう逃げ出すってのかぁ・・・ハァー(溜息)・・・まったくもう・・・分からんなぁ・・・連中、いったいナニ考えてんだ?・・・サッパリ分からん・・・ハァー(溜息)・・・。

高師直 ・・・。

高師泰 ・・・。

足利尊氏 まさか、一人残らず逃げ出してしまったってことじゃぁ、ないんだろうな?!

高師直 ・・・。

高師泰 ・・・。

足利尊氏 命鶴(みょうづる)(注2)は? 高橋英光(たかはしひでみつ)は? 海老名六郎(えびなろくろう)は? まさか、逃げ出したりなんかしてないだろうな?!

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(訳者注2)饗庭命鶴(あえばみょうづる)の事。
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高師泰 いや・・・それが・・・そのぉ。

高師直 三人とも姿消しちゃいました。

足利尊氏 えぇっ・・・。

高師直 ・・・。

高師泰 ・・・。

足利尊氏 じゃ、長井、長井治部少輔(ながいじぶしょうゆう)は?! 佐竹加賀(さたけかが)は?!

高師直 二人とも、やはり・・・。

足利尊氏 ・・・いったい・・・この城には今、どれくらい残ってるんだ?

高師直 ・・・残ってるのは・・・将軍様のおん御内(みうち)の方々、それと私らの郎従、赤松範資(あかまつのりすけ)殿の軍勢・・・それだけです。

高師泰 総勢かれこれ、500騎足らず・・・。

足利尊氏 ・・・そうか・・・。

高師直 ・・・。

高師泰 ・・・。

足利尊氏 ・・・今宵(こよい)が、我が人生最後の時となったか・・・。

高師直 ・・・。

高師泰 ・・・。

足利尊氏 さぁ、みんな、用意はいいか?

尊氏は、鎧を脱ぎ、小手、すね当て等の小具足(こぐそく)だけになった。

これを見た、高師直、高師泰、高師夏(ものなつ)、高師世(もろよ)、高師景(もろかげ)、高師幸(もろゆき)、高遠江次郎(とおとうみじろう)、彦部(ひこべ)、鹿目(かめ)、河津(かわづ)以下、高家の一族7人と主要メンバー23人は、12間の客殿に2列に座を連ねて、各々、諸天(注3)に香を手向けた。

全員、鎧直垂(よろいひたたね)の上部を取って投げ捨てて袴だけの姿になり、首からは長方形の略袈裟(りゃくげさ)を掛けている。尊氏が自害したらすぐにそのお供をしようと、腰の刀に手をかけて静まりかえっている。

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(訳者注3)仏教の天部の神々。
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一方、厩侍(うまやざむらい)の控えの間では、赤松範資(あかまつのりすけ)が上座に座り、赤松一族若党32人、膝を屈して並んでいる。

赤松範資 さぁさぁみんな、このさいパァッと行こや、パァッとなぁ!

赤松家メンバーE ウォー! 行きましょ、行きましょ! パァッと行きましょ!

赤松家メンバーF ハラキリマエ(腹切前)の最後の酒盛り、ハリキッテやりましょ、やりましょ!

赤松範資 ウハハハ・・・よーし、この世で最後の酒盛りや、ハリキリマエ・・・ハラキリマエの最後の酒盛りやぁ、やるで、やるでぇーっ!

赤松家メンバーG ちょい待ちぃなぁ。酒の接(つ)ぎ役、指名してもらわんと、始められへんやん!

赤松範資 おぉ、そやったな! よぉし、源十郎、おまえやれ!

家城源十郎(やぎげんじゅうろう) ほれきた、殿の御指名や! ほな、行きまっせーッ!

赤松家メンバー一同 行け、行けー! ウハハハハ・・・。

大いなる酒樽に酒を満々とたたえ、銚子に盃を取り副(そ)えて、家城源十郎が酌を取ったその時、

赤松範資 直頼!(なおより)

赤松範資は、今年13歳になった次男の直頼(なおより)の名を呼んだ。

赤松直頼 はいっ!

赤松範資 わしの前へ来い!

赤松直頼 はいっ!

赤松直頼 (範資の正面に移動し、そこに座す)

赤松範資 論語(ろんご)にな、こないな事が書いたるわ、「鳥のまさに死なんとする時、その鳴くこと哀(かな)し。人のまさに死なんとする時、その言う言、善なり」。

赤松直頼 ・・・。

赤松範資 わしがこれから言う事、おまえの耳に残ったならば・・・。

赤松直頼 ・・・。

赤松範資 わが赤松家の家訓(かくん)を常に忘れず、おのが身を慎み、先祖の顔に泥を塗るようなマネだけは・・・絶対に・・・絶対にすなよ! わかったなぁー!

赤松直頼 はぁーいっ!

赤松範資 将軍様は、これから自害しはる。わしも、そのお供をする。日頃の誼(よしみ)を思うて、ここにおる、わが家の子・若党らも皆、わしといっしょに死出の旅路に出る覚悟、かためてくれとるようやわい。

赤松家メンバー一同 おぉ、その通りやでぇ! 死にまっせぇ、死にまっせぇ、殿といっしょに死にまっせぇ!

赤松範資 ・・・主君と運命を共にする・・・武士の家に生れたからには、こらどうにも、いたしかたないこっちゃわい。

赤松直頼 ・・・。

赤松範資 そやけどな、おまえは別や。おまえはまだ幼いからなぁ。

赤松直頼 ・・・。

赤松範資 ここでいっしょに腹切らいでも、世間の人も、おまえに指差す事はないやろうて・・・実はな、前から、則祐(そくゆう)と約束したんねんわ、わしが死んだ後、おまえを養子にもろてくれるように、てな。

赤松直頼 ・・・。

赤松範資 そやからな、おまえはすぐに、こっから赤松家の本拠地へ帰れ。

赤松直頼 ・・・。

赤松範資 明日からは・・・則祐を実の父やと思うて、自分の生涯をあいつの運命にかけてみるか・・・それとも、僧侶になってわしの後生を弔い、おまえ自身も仏様に救い上げてもらうようにするか・・・どっちでもえぇ・・・(涙)・・・どっちでもえぇぞ・・・(涙)・・・おまえの人生なんやからな、明日からは、おまえが自分で決めていけ!(涙を拭う)

赤松家メンバー一同 う、う、う・・・(涙)

父の言葉をじっと聞いていた直頼は、扇を取り直して、

赤松直頼 父上!

赤松範資 ・・・。

赤松直頼 「おまえはまだ幼い」やて? いったいナニ言うてはりますねん! 人間が幼いというんはなぁ、5、6歳から10歳になるまでの事を言うんですよ! 直頼はもう13歳です!

赤松範資 ・・・。

赤松直頼 こう見えてもね、おれはもうすでに、善悪の判断のつく人間ですわいな! 今日、たまたまこの座に居合わせながら、父上が御自害されるのを見捨てて、一人郷里へ帰るやなんて・・・そんなブザマな事してですよぉ、この先、いったい誰を、父と頼めるというんですか、いったい誰の前に、このツラ下げて出れるというんですかぁ!

赤松直頼 たとえ、禅僧になったとしても、新米(しんまい)僧や給仕の子供連中にバカにされて笑われるがオチですわ。「おぉい、見てみい、あいつが例のな、自害する父親見捨てて逃げて帰ってきよったヤツやぞぉ」言うてね!

赤松直頼 そうかというて、天台宗の僧侶になったらなったで、今度は、稚児(ちご)どもに笑われるだけですわなぁ。

赤松直頼 たとえ自分にどないな前世の果報があって、将来、人生に花が咲くとしても、父上といっしょに死ねんとからに、この先、人生重ねていったところで、いったい何の生きがいがあるっちゅうんですか!

赤松範資 ・・・(嬉涙)。

赤松直頼 なぁ、みんな、この際やから、もう無礼講(ぶれいこう)でえぇやろ? ハラキリマエの最後の酒盛りやねんから、年の順番とかそんな事、もうどうでもえぇやんなぁ? 父上、まず一番に、おれが盃、頂きますでぇ!

赤松家メンバー一同 おぉぉ、えぇぞ、えぇぞぉ! 行け行けぇ!(パチパチ・・・拍手)

直頼は、自分の前の盃を取り、少しばかり傾けた後、糟谷保連(かすややすつら)に渡した。保連は三度酒を飲んで盃を次に回した。以下順に、糟谷伊朝(かすやこれとも)、奥次郎左衛門尉(おくじろうざえもんのじょう)、岡本次郎左衛門(おかもとじろうざえもん)、中山助五郎(なかやますけごろう)と、盃が渡っていく。

一同、無明(むみょう)の酒の酔いの中に、ひたひたと近づいてくる自身の死を自覚している・・・まことに哀れなるかな。

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