太平記 現代語訳 33-4 院の北面侍・X

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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様々な事を見聞きするにつけても、まことに嘆かわしいのは、首都・京都の、目をおおわんばかりの荒廃ぶりである。

天下に兵乱が続くこと既に20余年、大内裏(だいだいり)、仙洞御所(せんとうごしょ)、皇族方の屋敷を始め、公卿(くぎょう)、殿上人(てんじょうびと)、諸司百官(しょしひゃっかん)の屋敷のほとんどが、戦火によって焼失してしまい、今となっては、わずか12、3箇所が残っているだけである。

そこに加えて、今回の東寺(とうじ:南区)周辺での戦(注1)。

戦火はまさに地を払い、京都中心部と白河(しらかわ:左京区)一帯は、武士の館以外には家が1軒も無しの状態になってしまった。あたり一面、野には繁茂する草ばかり、草叢(くさむら)の中には累々と白骨が点在している。かつての首都の繁栄は、もはや見る影もない。

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(訳者注1)32-8 ~ 33-1 に描写された、尊氏 versus 直冬の一連の戦いを指している。
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上は大臣レベルから下は新参の公卿まで、高貴な女性から女房たちに至るまで、あるいは大堰川(おおいがわ:注2)、桂川(かつらがわ)の波底の水屑(みくず)となるもあり、あるいは遠隔の地に落ち下って身分低き人のもとに身を寄せるもあり、あるいは片田舎に身を潜めて世捨て人となり、落剥(らくはく)の身をかこちながら、かろうじて生をつなぐもあり。

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(訳者注2)「保津川下り観光船」で有名な「保津川」は、右京区の嵐山付近で「大堰川」と名前が変わり、さらにその下流、右京区の桂付近で、さらに名前が「桂川」となり、伏見区・淀付近で、宇治川、木津川と合して「淀川」となる。
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夜の衣は布地薄く、暁の霜は骨まで染み通るほど冷たい。朝ご飯の煙を立たせる事ももはや無くなり、ついに餓死に至ってしまった人の数もまた多い。

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その中でも、とりわけ哀れであったのが、院上北面侍(いんのじょうほくめんざむらい:注3)、兵部少輔(ひょうぶしょうゆう)・Xである。

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(訳者注3)「院」とは上皇の御所である。「北面侍」はそこの警備の任にあった人で、「上」とあるので、四位・五位である。
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かつては、Xも富み栄え、人生の快楽、身に余る日々を送っていた。

ところが、この戦乱の渦中に、財宝は残らず略奪され、従類家臣(じゅうるいかしん)全員どこかへ逃亡してしまった。今や、彼の傍(かたわら)には、7歳の女児、9歳の男子、そして、長年連れ添った妻のみが・・・。

兵部少輔・X (内心)・・・あかん・・・もう、あかん・・・。

兵部少輔・X (内心)京都の中には、頼っていくツテもなぁんも、ないわいな。

兵部少輔・X (内心)このまま、ここにじっとしとったんでは、家族4人、餓死するだけや・・・。

兵部少輔・X (内心)・・・かと言うてなぁ・・・道端に袖を広げて乞食するなんて、わしにはとてもでけへんやん・・・。

というわけで、妻は娘の手を引き、兵部少輔・Xは息子の手を引き、一家四人、泣く泣く、丹波(たんば:京都府中部+兵庫県東部)方面へ向かった。

頼る先のあても無し、落ち着く先のあても無し、4、5町行っては野原に横たわり、露に濡れる袖を枕に泣きあかし、一足歩んでは木の下草にひれ伏して、泣き暮す。

ただただ、夢路(ゆめじ)を辿(たど)る心地の中に、京都を出てから約10日、丹波国・井原岩屋(いはらのいわや:注4)の前を流れる、思出川(おもいでがわ)という川のほとりにたどり着いた。

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(訳者注4)石龕寺(せきがんじ)(兵庫県・丹波市)。
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道中、道に落ちている栗や柿などを拾って、ようやく食い繋(つな)いではきたものの、もはや、飢えも疲労も、極限に達してしまった。

足も立たなくなって、川辺に倒れ伏すばかりの妻や子供たちを見るに見かね、Xは、

兵部少輔・X みんな、ここで、ちょっと待っとり。わし、そこらで食べもん、さがしてくるから。

妻と子供たち ・・・。

Xは、身を焼くような焦りの念に駆りたてられながら、その周辺を歩き回り続けた。

兵部少輔・X (内心)あぁ、食いもん、食いもん、食いもん、食いもん・・・早ぉ、早ぉ、早ぉしたらんと・・・。

兵部少輔・X (内心)おぉ! あこに、大きな家あるやん! あこやったら、何か、くれるやろ。

Xは、その家の門の前に立ち、

兵部少輔・X あのぉ・・・もし・・・都からやってきたもんです・・・もうかれこれ10日ほど、何も食べてしまへん・・・どうぞ、哀れや思うて、なにか食いもん、恵んどくれやす。

暫くして、家の中から、侍や中間10余人が走り出てきた。

彼らは、いきなり、Xに襲いかかってきた。

兵部少輔・X あっ、あっ、なにすんねん!

中間A 黙れぇ!

中間B えぇい、こいつ!

兵部少輔・X あイタ! い、いったい、なんやねん!

中間C 用心しとるとこへ、何となしぃウサンくさぁいヤツが、物乞いして門を叩く、こういうケースが、一番あぶないんやわなぁ。

中間D そうや、そうや。こういうのんは、だいたい、夜討強盗(ようちごうとう)の案内役に決まってるんやから。

中間E そうでないとしたら、きっと、吉野方(よしのがた)の廻文(かいぶん)(注5)持って回っとるヤツやろて。

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(訳者注5)原文では、「宮方の廻文」。吉野朝廷からの「わが方に味方して決起せよ」との趣旨の手紙。
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兵部少輔・X ちゃ(違)う! ちゃう! わし、そんなんやない!

侍 拷問や拷問や、徹底的にシメ上げたれ!

中間一同 よっしゃぁ!

兵部少輔・X うわ! やめぇ! やめてくれぇ!

彼らは、手取り足取り、Xを縛り上げ、上げつ下しつ、まる4時間、彼を責め続けた。

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このような事になっていようとは思いも寄らず、Xの妻子らは、川辺に疲れ伏しながら、彼の帰りを、今か今かと待ち続けている。

ふと、道を通り行く人の声が、耳に入ってきた。

通行人F ほんまに、かわいそうにのぉ・・・都の公家に仕えてるフウの、年の頃40ほどの男がのぉ、あこの家の前行って、エライ目に会いよったらしいわ。

通行人G えっ、いったい、どないしたんや?

通行人F うん、旅の道中に疲れ果てて、「助けて下さい」いうて行きよったらしぃんやわ。ところがなぁ、あこの家の連中、助けるどころか、「こいつ、アヤシイやっちゃぁ」言うてな、縛りあげてしまいよったんやがな。

通行人G へぇー。

通行人F で、それからなぁ、上げつ下ろしつの拷問や。

通行人G えーっ!

通行人F 今頃はもう、責め殺されてしもとるでぇ、きっとなぁ。

これを聞いた母子3人は、声々に泣き悲しむ。

息子 ここまで手を引いてきてくれた父上が・・・あぁ、あぁ・・・(涙)。

娘 お父様、お父様・・・あぁ、あぁ、・・・(涙)。

妻 もう、誰も頼れる人、いいひん・・・ううう・・・(涙)もう生きてても、しゃぁない・・・・・・ううう・・・(涙)。

息子 ううう・・・あぁ、あぁ・・・(涙)

娘 うわーん・・・(涙)。

妻 あたしらが死に遅れたら・・・お父様は、冥土の旅に一人迷ぉてしまわはる・・・みんな一緒に死の、な、死んで、お父様に追いつこ、な、な?(涙)

息子 (涙の中にうなずく)。

娘 うっ、うっ・・・(しゃくりあげながら、うなずく)。

妻 あなた、ちょっとだけ待っとくれやす、今すぐ、行きますからな。

母と二人の幼い人は、互いに手に手を取り、思出川の深い淵に身を投げた。

ああ、なんと、哀れな事であろうか。

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一方、Xは、いかように責め問われようとも、元来、何の咎(とが)もないので、罪を白状しようがない。

ついに、

侍 しゃぁない、ほなら、もう許したれ。

中間一同 はいなぁ。

ようやくの思いで、その家を後にしたXは、

兵部少輔・X ハァハァ・・・あぁ、ほんまにまいったわ・・・ハァハァ・・・もう死にそうや・・・ハァハァ・・・いやいや、ここで死んでたまるか・・・わしが死んでしもたら、飢えて待ってる人らは、どないなる・・・ハァハァ・・・死んでたまるか・・・死なんぞぉ!

Xは、懲りずに再び、別の家の門を叩いた。

兵部少輔・X ハァハァ・・・あのぉ・・・ハァハァ・・・もし・・・ハァハァ・・・都からやってきたもんです・・・もうかれこれ10日ほど、何も食べてしまへん・・・ハァハァ・・・どうぞ、哀れや思うて・・・ハァハァ・・・なにか食いもん、恵んどくれやす・・・ハァハァ・・・。

幸いにも、こちらの家の主は、心温かい人であった。

家の主 おぉ、おぉ、そらぁ、タイヘンでしたなぁ・・・(家人の方に向かって)おぉい、なんか食べもん、ないかぁ?

食べ物を恵んでもらったXは、家族のもとへと、ひた走った。

兵部少輔・X (恵んでもらった木の実(注6)を、懐中に持ちながら)やった、やった! これで、しばらくはやっていける! さ、早いとこ、持ってったろ! みんな待っとれよ、木の実や、木の実、もろたでぇ!

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(訳者注6)原文では、「菓(このみ)」。
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川辺へ着いた。

しかし、家族の姿が、どこにも見えない。そこには、妻や子供の草鞋や杖が、残されているだけである。

兵部少輔・X おい、どないした! いったい、どないなってんねん! みんな、どこへ行ってしもた?!

Xは、家族を探して、あちらこちら、周辺を走り回った。

渡しから少し下流に行った時、

兵部少輔・X あっ、あれは!

井堰(いせき:注7)に、何か、ひっかかっている。

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(訳者注7)田の用水を採取するために、川に設けた堰。
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兵部少輔・X まさか、まさか!

Xは、無我夢中で、井堰の側へ走った。

兵部少輔・X まさか、まさかぁ!

堰にかかっていたのは、手に手を取り合いつつ、変わり果ててしまった、妻と二人の子であった。

兵部少輔・X あぁぁ・・・あぁぁ・・・うぅぅ・・・(涙)。

Xは、彼らを川から取り上げ、必死に揺すった。

兵部少輔・X おい、おい、おい! どうか、どうか、生き帰って、生き帰って! な、な、おい、おい!(涙)

兵部少輔・X 神様、仏様、どうか、どうか、生き返らせて・・・生き返らせて・・・どうか、どうか・・・(涙)。

いくら嘆き悲しんでみても、もはや、体の色も変り果て、手の施しようがない。

兵部少輔・X ・・・うあぁぁーーー!(涙)。

Xは、妻と二人の子を抱きかかえ、川の淵に身を投げて、共に、帰らぬ人となってしまった。

その後、現在に至るまで、ものごとの機微に疎(うと)い野人村老(やじんそんろう)や、事情を知らない行客旅人(こうかくりょじん)までもが、この思出川の側を通る時には、その哀れな出来事を伝え聞いて、涙を流さぬ人は無い。

Xとその家族の心中、いかに悲哀の極みであったかと、思いやられて、哀れでならない。

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