太平記 現代語訳 25-1 京都朝・院の御所内において、不吉な怪事件おこる

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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京都朝年号・貞和(じょうわ)4年(1348)10月27日、故・後伏見(ごふしみ)上皇の孫に当たる皇族(16歳)に天皇位が譲位され、同日、御所で元服の儀が執行された。(注1)

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(訳者注1)崇光天皇。光厳上皇の長子。なお、太平記の年齢記述は誤りで、実際は15歳の時に即位。
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三種神器(さんしゅのじんぎ)授与式終了の後、同日、花園法皇(はなぞのほうおう)の皇子・直仁(なおひと)親王が皇太子に就任。13歳であった。

卜部兼前(うらべかねさき)が、紫宸殿(ししんでん)前の回廊において卜占を立て、悠紀(ゆうき)役、主基(しゅき)役になる国郡を定め、[抜き穂]の使者が丹波国(たんばこく:京都府中部+兵庫県東部)へ送られた。

その年の10月に行われる[行事始め式]の為の斎場を設営している中、上皇が住んでいる院の御所に、一つの怪事件が発生した。

世間の声A 2、3歳ほどの少年の頭を咥(くわ)えた斑(まだら)の犬が現れよってな、院の御所の南殿、そこの大床の上に、上がり込みよったんや!

世間の声B えーっ!

世間の声C ほんまかいな!

世間の声A そうや、ほんまの話やで。

世間の声D で、それから、どないなりましたん?

世間の声A 聞きたいかぁ?

世間の声E 教(おせ)て、教(おせ)て!

世間の声A 夜明け頃にな、格子戸を開けにきた侍(さむらい)がそれを見つけてな、ホウキでもってその犬をシバキにかかったんやがな。

世間の声B で、どないなったん?

世間の声A 犬はな、孫庇(まごびさし)から御殿の棟木(むなぎ)の上に上りよってな、そいで、西の方角を向いて3回吠えよった・・・で、かき消すようにその姿は消え・・・。

世間の声E おー、コワ(怖)ァ・・・。

朝廷はもう大騒ぎである。

閣議メンバーF こないな妖怪が、院の御所に出現しよるやなんて・・・ものすごい不吉な事ですわなぁ。

閣議メンバーG こらぁ、今年の大嘗会(だいじょうえ)は、中止にせんとあきませんな。

閣議メンバーH いやいや、こういう事は、慎重にやらんとね。先例を調べたり、法令に照らし合わせたりした上で、決めるべきでしょう。

式典省の明法博士や法務省の判事ら(注2)に諮問(しもん)したところ、「1年間のもの忌みに伏し、大嘗会は中止すべきでしょう」との回答が多かった中に、前の大判事・坂上明清(さかのうえあききよ)の提出した文書においては、法令の文を引用しながら、

 「政治上の様々の決定においては、神道よりも王道の方が優先されるべきであります。ゆえに、この件に関しては、あくまでも、政治的観点からのみ御決断されるべきではないでしょうか。」

とあった。

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(訳者注2)原文では「法家の輩」。
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坂上明清のこの意見に対して、あからさまに異論を唱えた者は、神祇大副(じんぎのたいふ)・卜部兼豊(うらべかねとよ)ただ一人だけであった。

兼豊は、大いに怒っていわく、

卜部兼豊 法律専門家の言うがままに、「もの忌みをせぇへん」というのであれば、神道は、あっても無きが同然やないか! およそ、天地開闢(てんちかいびゃく)の時よりこの方、清濁汚穢(せいだくおえ)を忌み慎む事は、神道にあってはことのほか重要な事。そやのにあえて、「ものいみの儀は不要」というんか! さぁさぁ、そないな事で、天皇即位式が無事に終わるやろかな? もし無事に終わるような事があったらな、わたいは、我が派伝来の書物を火に投じ、出家遁世の身になって朝廷から退かしてもらいますわいな!

このように、憚る所なく言い放っているのを聞いた、若い殿上人らは、

殿上人I えらいまた、タイソウな事を、ズケズケと言うやないかい。

殿上人J そらな、いろいろと憤懣(ふんまん)やるかたない事もあるやろぉ。そやけどやなぁ、もうちょっと、言葉を選ばんとなぁ。

殿上人K そうやそうやぁ、人間、自分の思てること、100パーセント口に出してえぇっちゅうもんでは、ないんやぞぉ。

殿上人L フフフ・・・もしこれでやで、天下に何事も無ぉてや、なぁんのトラブルも無しのまま、大嘗会が済んでしもたらなぁ、さぁ、いったいどないなる? フフフフ・・・。

殿上人M 哀れなるかな、占部兼豊の髪・・・。(注3)

殿上人一同 ウワッハッツハッハ・・・。

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(訳者注3)出家すると、髪は剃り落とされてしまうから。
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卜部兼豊の抗議も空しく、天皇、上皇共に、坂上明清の意見を良しとされた。

光厳上皇 (内心)なるほど、彼の言う通りやわなぁ。

光厳上皇 よっしゃ、「今年、大嘗会を行うべし」との院宣(いんぜん)を、幕府に下しなさい。

それを受けて、足利幕府はさっそく、大嘗会執行の為の課税を諸国へ行い、その取りたてを急ピッチで進めた。

世間の声N 近ごろ、天下に兵乱あい次ぎ、国は疲弊し、民は困窮しているというのに・・・。

世間の声O 天皇陛下は、ポンポン交替されると、きたもんだ。(注4)

世間の声P ほいでもって、替わられるたんびに、大そうな儀式でっしゃろ?

世間の声Q そのたぁんびごと、課税、課税とくらぁな・・・ほんと、まいっちまわなぁ。

世間の声R 世の中、嘆きの声が、満ち満ちているのであーる!

世間の声S こんなご時勢やねんからねぇ、お金のかかる大嘗会なんか、今年は無しにしてもえぇやないのぉ!

世間の声一同 そうやそうや!

世間の声T まぁみなさん、聞いてください。

世間の声S いったいなんやのん、あんたは何がいいたいのーん?

世間の声T 近頃の政治見てて、みなさん、いったいどない思わはりますか? これぞ仁政(じんせい)やと思えるような事、一つでもありましたでしょうか?

世間の声S ないわなぁー。

世間の声T そうでっしゃろ? 仁政やと思えるような政策、ひとっつもありませんわなぁ。こんなデタラメな世界に、いったい誰がしたぁ!

世間の声一同 そうやそうやぁ!

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(訳者注4)原文では「近年は天下の兵乱うち続いて、国弊え民苦しめる処に、君の御位つねに替って、大礼止む時無かりしかば」。史実においては、この時点までの京都朝と吉野朝の天皇交替は以下のごとくである。これを「君の御位つねに替って」と言うべきかどうかは議論の分かれる所であろう。吉野朝の天皇位継承時に、課税が行われたとは考えにくい。

西暦 京都朝年号 京都朝上皇 京都朝天皇 吉野朝年号 吉野朝天皇 事件 
1336 建武3   光厳    光明    延元1   後醍醐   朝廷分裂
1338 暦応1   光厳    光明    延元3   後醍醐   新田義貞の戦死
                                 足利尊氏の征夷大将軍就任
1339 暦応2   光厳    光明    延元4   後村上   後醍醐天皇、崩御
1348 貞和4   光厳    崇光    正平3   後村上   京都朝、天皇継承

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