太平記 現代語訳 26-6 高兄弟、驕りをきわめる

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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富貴(ふうき)に驕(おご)り、功に侈(おご)って、慎みを完全に失ってしまうのが人間の常、高兄弟とて、その例外ではなかった。

高師直(こうのもろなお)は、今回の対吉野朝戦における大勝利の後、ますます心奢(おご)り、やりたい放題、したい放題の毎日を送るようになっていった。仁義の道をもかえりみず、世間の嘲笑をも一切気にしない。

慣例では、4位以下の侍や武士は、板で葺いてない桧皮葺(ひわだぶき:注1)の家にさえも、住まない、という事になっている。

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(訳者注1)桧の樹皮を葺いた屋根である。現在でも古い神社仏閣に行くとこれが見られる。
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ところが、師直はなんと、あの護良親王(もりよししんのう)の母(注2)のかつての旧居(場所は一条今出川(いちじょういまでがわ:注3)、すっかり荒れ果ててしまってはいたのだが)を手に入れたのである。

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(訳者注2)6-1に登場。

(訳者注3)現在の京都の地理感覚でいくと、「一条今出川? 一条通りと今出川通りが交差する所? あれ? どっちも、東西方向の道路だが・・・」となるのだが、これを、「一条通り と 今出川という河川 とが交差する所」と思えば、納得が行く。[今出川]という河川が、かつてあったようだ。

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その敷地内に新たに、切妻破風(きるづまはふ)や唐破風(からはふ)の門を四方に建て、立派な釣殿(つりどの)、渡殿(わたりどの)、泉殿(いずみどの)を建設し、壮麗なる屋敷を構えて、自らの邸宅としたのである。

世間の声A あこの屋敷な、庭もすごいんやで。立派な石が、ゴロゴロや。

世間の声B うわさじゃ、伊勢(いせ:三重県中部)や志摩(しま:三重県東部)、はたまた、雑賀(さいか:和歌山県・和歌山市)あたりから、取り寄せたっていうじゃぁないの。いずれも、名だたる石の名産地だよなぁ。

世間の声C その石運んでる時がなぁ、そらまたものすごいミモノやったそうどす。あないに大きな石どすやろ、運ぶ車がきしってもぉて、車軸が砕け飛んだとか、いいますやん。

世間の声D わしな、その運んどるとこ、見たで。車引いてる牛が、そらぁかわいそうなもんやったわ。石がよっぽど重かったんやろな、あえぎ苦しみながら、車引いとったなぁ。

世間の声E 石もさることながら、庭の植木がまた、すごいんだよね。あそこに植わってるあの見事な桂の木、まさに、月世界に生える桂を思わせる木だよ。

世間の声A ハハハ・・・そらまたオーヴァーな、いくらなんでも月世界はないやろ。

世間の声B 桂の木が月世界なら、あの菊はさしづめ、仙人の家で栽培された菊ってとこかな。

世間の声C 桜は吉野山の桜どすか。

世間の声D ほなら、松は、あの播磨高砂(たかさご:兵庫県・高砂市)の、尾上の松(おのえのまつ)ですな。

世間の声E 露霜染めた紅の八(や)しおの岡の下紅葉(したもみじ)ってとこかぁ。

世間の声F オイチャン、オイチャン、「ヤシオ」って、いったいどういう意味やぁ?

世間の声E 何度も何度も染め直してな、色を濃くするってことさ。

世間の声G あのっさぁー、あの屋敷に生えてる葦(あし)ってぇさぁー、いったい何を意味するシンボルだか、みんな知ってるぅー?

世間の声C えっ、庭に葦まで生やしたはるんどすかぁ。そら知らんかったわ、いったいなんでまた葦なんか?

世間の声G あの庭に一叢(ひとむら)の葦を生やしてるのはっさぁ、あれは古の世に、かの西行法師(さいぎょうほうし)がっさぁ、詠んだ歌にひっかけてるんだよねぇ。

 津(つ)の国の 難波(なにわ)の春は 夢なれや あしの枯葉に 風渡るなり(注4)

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(訳者注4)新古今和歌集 巻第六 冬歌より。
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世間の声F おねぇちゃん、おねぇちゃん、その歌、いったいどういう意味ぃ?

世間の声G 教えたげよっかぁ。「津の国」ってのはっさぁ、「摂津(せっつ)の国」の短縮形なんだよねぇ。でぇ、この歌の意味ってのはっさぁ、「おかしいなぁ こないだ見た時は 摂津の国の難波海岸は 春まっさかりだったのに あれって ただの夢だったのかなぁ だってさぁ 今 目の前にあるものといやぁ 葦の枯れ葉を渡っていく風だけじゃん」ってぇ、意味の歌なんだよぉ。

世間の声F ふーん・・・。

世間の声B 葦が西行なら、蔦(つた)と楓(かえで)は、業平(なりひら:注5)だなぁ。

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(訳者注5)在原業平。伊勢物語の主人公。
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世間の声C うんうん、伊勢物語のあのくだりどすな、「我が入らむとする道はいと暗う細きに蔦かえでは茂り」。遠州(えんしゅう:静岡県中部)の宇津谷(うつのたに:静岡市)の風景どすかぁ。うわぁ、師直はんてモロ、文学マニアのお人どすなぁ。

世間の声D 名所名所の風景をやな、自分とこの庭に残らず集めてみた、というわけや。

世間の声F あのっさぁ、あの人が関心を持ってるのってっさぁ、植木や石だけじゃないんだよぉ。

世間の声C 他にいったい何を?

世間の声G 最近、京都のお公家さんとこって、どこもかも落ち目じゃぁん?

世間の声C たしかに、落ち目どすわなぁ。

世間の声G でっさぁ、そういうおウチのお姫様たちってのはっさぁ、どうしても、先き行き不安じゃぁん? だからぁ、「確かな拠り所」ってのを求めてるってわけよ。でもってっさぁ、そういう家の戸を次々と、師直オジサンが、叩いてまわっるってわけなんよぉ。

世間の声H あのな、その件については、ちょっとワシにも、コメントさせぇ!

世間の声C あらぁ、いったいなんどすかいな、えらいイキマいといやすなぁ。

世間の声H あのな、お公家さんとこの子女に対して、あの男がナニすんのん、ワシとしては、まぁ許せるわいや、相手の家かて、それで潤おうんやからな。そやけどな、あれ、あれだけは、ワシにはゼッタイに許せへん! なんやねん、あの男は! よりにもよって、やんごとなき皇室の子女方にまでチョッカイ出しよって!

世間の声D エーッ、ほんまかいな、それ!

世間の声H そうやがな! そういう皇室の血を引いてるお姫様方をたくさんな、京都の方々に隠し置いてやな、毎夜毎夜、あちらこちらと通ぉとるんやがな、あの男はなぁ!

世間の声A 京都中、もっぱらのうわさだっせ、「執事(しつじ)の宮廻(みやめぐ)りに、手向(たむけ)けを受けぬ神も無し(注6)」っちゅうてなぁ。

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(訳者注6)高師直は足利家の執事であった。
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このような事が多かった中にも、これはあまりにもひどいとしか言いようのない行為が・・・なんと、よりによって関白家にまで・・・こんな事をしているようでは、神仏のご加護も頂けなくなってしまおうというものである。

前関白・二条道平(にじょうみちひら)には、妹君がいた。

深宮の中にかしづかれ、やがては天皇妃の一員にと期待されていたその女性を、なんと、師直は、二条家の邸宅から盗み出してしまったのである。

最初のうちは、少しは世間の目を忍ぶ様であったが、次第に彼女との関係をおおっぴらにするようになり、もはや誰の目も憚らないようになってしまった。

年月を経て、この女人は男子を産み、武蔵五郎(むさしごろう)(注7)と名付けられた。

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(訳者注7)高師夏の幼名である。
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あぁ、まさに世も末である。あの大織冠(たいしょくかん)・藤原鎌足(ふじわらのかまたり)公の子孫である太政大臣・二条公の御妹君が、関東出身の一介の武士のもとに嫁するとは・・・もう、あきれはてて、ものもいえない。

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いやいや、これくらいの事で驚いてはならない。

高師泰(こうのもろやす)の悪行こそは、伝え聞くだけでもびっくぎょうてんである。

ふとした事から師泰は、東山(ひがしやま)山麓の枝橋(えだはし:注8)という所に別荘を造る気になった。

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(訳者注8)[新編 日本古典文学全集56 太平記3 長谷川端 校注・訳 小学館] 中の注には、

 「・・・京都市左京区の叡山電鉄叡山線の出町柳から田中明神に至る東方の地域か。」

とある。
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さっそく、土地の所有関係を調査させたところ、そこは、菅原(すがわら)家のトップにして参議職にある菅原在登(すがわらのありのり)が所有する土地であることが分かった。

すぐに使者を立てて、用地取得の交渉に入った。

菅原在登 高師泰殿が別荘造営のため枝橋の地を所望との事、あいわかりました。こちらには一切異存はありませんわ。ただしですな、あこの敷地の中には当家の墓地がございましてな、先祖代々、そこに五輪塔を立ててお経を奉納したりしてきてますんやわ。そやから、そこのお墓を他の場所に移す間だけ、どうか待っとくれやす。

これを聞いた師泰は、

高師泰 ナニィ、先祖代々の墓だとぉ! さては菅原め、土地を手放すのがいやなんで、そんな口実を構えてやがんだな。えぇい、かまわん、そんな墓地なんか、隅から隅まで、きれいさっぱり掘り崩して、更地にしてしまえぃ!

さっそく、人夫5、600人がそこに送り込まれた。

彼らは、山を崩し木を切り倒し、どんどん整地を行っていく。累々と重なる五輪塔の下には苔に朽ちた屍(しかばね)あり、草の茂る中に転がっている割れた石碑の上には雨に消えた戒名あり、という惨状。

このように墓地が破壊され、墓に植えられた箱柳(はこやなぎ)の木も切り倒されたとなると、今までここに眠っていた菅原家の霊魂たちは、これから先、いったい、どこをどのようにさ迷う事になるのだろうか、まことにもって哀れな事である。

いったいどこの不心得者であろうか、この有様を見て、一首の歌を書きつけた札を、その更地の上に立てた。

 亡き人の 標(しるし)の卒塔婆 掘り捨てて お墓の上に はかない家を

 (原文)無人(なきひと)の しるし(標)の卒都婆(そとば) 掘棄(ほりすて)て 墓(はか)なかりける 家作哉(いえつくりかな)(注9)

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(訳者注9)そんなヒドイ事して建てた別荘なんか、実にハカない、あっという間に潰れてしまうよ、の意。「はかない」と「墓」とをかけてある。
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この落書を見た師泰は、

高師泰 こりゃきっと、菅原のしわざにちげぇねぇ! よぉし、ヤツに言いがかりつけてな、刺し殺しちまえ!

師泰は、大覚寺(だいかくじ)門跡(もんぜき)の寵愛を受けている我護殿(ごごどの)という大力の童(わらわ)を仲間に引入れ、彼に菅原在登を殺害させた。まったくもって、哀れな事である。

この菅原在登という人は、聖廟(せいびょう)・北野神社(きたのじんじゃ)をまつり、朝廷の学問関係の元じめの任にあった人である。いったいいかなる神慮に違いて、このような無実の死刑に遭わねばならなかったのであろうか。まさに古代中国、魏(ぎ)のビシカが鸚鵡州(おうむしゅう)の土に埋もれたあの悲しい物語に似ている。

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師泰の別荘の造営は、どんどん進んでいく。

ある日、四条隆陰(しじょうたかかげ)に仕官している大蔵少輔重藤(おおくらのしょうゆう・しげふじ)と古見源左衛門(ふるみげんざえもん)という二人の侍(さむらい)が、たまたま、その工事現場近くを通りかかった。

大蔵少輔重藤 おいおい、あこが例の土地やで。ほれ、例の山荘の用地買収で、ゴタゴタのあった、例の・・・。

古見源左衛門 あぁ、あこかいなぁ。

大蔵少輔重藤 ちょっと見て行こいな。

古見源左衛門 そやなぁ。

二人は工事現場に立ち寄った。見れば、土木工事をしている人夫たちは汗を流し、肩に重荷を背負いながら、休む間もなくこき使われている。

大蔵少輔重藤 おい、おまえら、かわいそぅやのぉ。

古見源左衛門 いくら身分の低い人夫やいうたかてな、ここまでキツゥ働かされいでも、えぇやろうになぁ。

大蔵少輔重藤 ほんまに、おまえらの雇い主、ヒドイやっちゃ。

二人は、師泰に対する批判の言葉を放ちながら、そこを去っていった。

現場監督をしていた者の部下がこれを聞き、さっそく師泰に報告した。

高家メンバーA 殿! いってぇ、どこのウマノホネだか知らねぇけんど、おそらく、どこぞの公家の使用人でしょうね、けしからんヤロウがいやしたぜぃ。工事現場を通りすぎながらね、こんな事言ってやがるんですよ、まぁ、聞いてくださいよ、あのね・・・。

これを聞いて、師泰は怒り心頭に達してしまった。

高師泰 そうかいそうかい、人夫がかわいそうだってかい、じゃ、そいつらに、代りに働いてもらう事にしようじゃねぇかい!

高家メンバーA ワハハ、こりゃぁおもしれえや。

高師泰 すぐにその二人、追いかけて、とっつかまえろい! 工事現場で、ビシビシこき使ってやれい!

高家メンバーA ウィッスゥ! おぉい、みんな、行こうぜぃ!

高家メンバー一同 ウィッス、ウィッスゥ!

彼らは、遥かかなたまで行っていた二人を追跡し、ウムを言わさず、現場まで連れ戻してきた。

大蔵少輔重藤 (内心)これからいったい何が・・・。(ワナワナ)

古見源左衛門 (内心)エライことになってもた・・・。(ワナワナ)

高家メンバーA おぉい、おまえらな、とっとと、そこの着物に着替えやがれぃ!

二人は指示に従って、人夫らが着ていた綴りあわせの着物に着替えた。

高家メンバーB そないな立ち烏帽子では、仕事ができひんやろがぁ。

二人は、立ち烏帽子をひっこめさせられ、夏の炎天下に放り出された。

高家メンバーA さぁ、これから、ここの整地作業をやってもらおうかい!

大蔵少輔重藤 えぇーっ、整地作業?

古見源左衛門 ここの土地の?

高家メンバーA アッタボゥよ! 他にどこの整地やるってんだぁ!

高家メンバーB ほれほれ、早ぉ、手に鋤持って、土かき寄せるんやがな・・・。そうやそうや、その調子でな。

高家メンバーC オラオラ、そこの石、とっとと掘り出しやがれ!

高家メンバーD こら! ナニ、ボサッと、つっ立ってんだよぉ! 掘り出した石、そこのアンダ(注10)に入れて、あっちへ運んでいけってぇ!

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(訳者注10)おそらく、繊維を編んで作成した容器であろう。
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高家メンバーE ほんーまにおまえら、トロイやっちゃのぉー。そんなスローペースでやっとったんでは、日ぃ暮れてしまうやろが。ほれほれ、ペースアップ、ペースアップーゥ!

このように、終日こき使われている二人を見て、人々はツマハジキし、

通行人F なんとなんと、これほどのハズカシメを受けながらも、じっと耐えての労働かいな。

通行人G よっぽど、命が惜しいんだろうよ。

通行人H こんな恥辱を受けるくらいなら、死んだ方が、よっぽどましじゃけん。

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いやいや、こんな事など、まだまだ序の口。

今年の楠(くすのき)攻めの際に、石川河原(いしかわがわら)に陣を取った時に、師泰は、どさくさにまぎれてその周辺をも完全に占領し、地域一帯の神社仏閣の領地を残らず横領してしまった。その中には、天王寺(てんのうじ:大阪市・天王寺区)の24時間灯し続ける仏前の灯明の費用の充足に当てていた領地も含まれていた。その結果、700年の間、消えることの無かった仏法常住(ぶっぽうじょうじゅう)の灯火も、寺の威光と共に、ついに消えはててしまった。

さらに、こんな事もあった。

どこの輩か定かではないが、一人の極悪の者がいわく、

高軍メンバーI このあたりの寺の塔、九輪(くりん:注11)はおおかた、赤銅(しゃくどう)でできてると思うんだよな。あれみんな取ってきてさ、そいでもってお茶の釜に鋳直してみたらどうだろ。いい釜が、できるんじゃないかなぁ。

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(訳者注11)塔の頂上に取り付ける9個の輪。
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これを耳にした師泰は、

高師泰 なぁるほど!

さっそく、寺院の塔の頂きから九輪を取ってこさせ、釜を作らせた。

高師泰 うん、あいつが言ってた通りだ! こりゃぁ見事な釜ができたぜ。

高家メンバー一同 ホホォ・・・。

高師泰 見ろよ、窪みが一個所もねぇだろうが。磨けば磨くほどに、光冷々!

高家メンバー一同 ウーン・・・。

高家メンバーJ でぇ、いったいどうですかい、カンジンのお茶のお味の方は?

高師泰 まぁまぁ、待て待てぇ、これから飲んでみっからぁ。

高家メンバー一同 ・・・(かたずを飲んで師泰を見つめる)

高師泰 (ゴクリ)・・・。

高家メンバー一同 ・・・

高師泰 ・・・。

高家メンバー一同 (ゴクン・・・生唾を呑み込む)

高師泰 ギャハァー・・・ハァー・・・ああああ、なんともいえぬ、このかんばしさーッ・・・この福建(ふくけん:中国福建省)・建渓(けんけい)産の銘茶、この釜のおかげで、ひときわ味がひきたつねぇ・・・ハァー・・・。

高家メンバー一同 (ゴクンゴクン・・・生唾を呑み込む)

高師泰 いやぁ、かの蘇東波(そとうば)先生が、「世界一の名水」って詠んだ時も、まさにこういった最高の気分だったんだろうなぁ・・・ハァー・・・。

「上の好む所に下必ず随う」とは、かの孟子(もうし)の言葉、そこに集まっていた諸国の武士たちは、これを伝え聞き、我も我もと、そこいら中の寺の塔から九輪を略奪し、茶釜に変えていった。その結果、和泉(いずみ:大阪府南部)、河内(かわち:大阪府東部)中の数百か寺の塔という塔から、九輪が消滅してしまった。

九輪を取られて、柱の上の方形だけが残っているもあり、塔の中心の柱を切られて、九層だけが残っているもあり。塔の中にご安置の多宝仏(たほうぶつ)と釈迦仏(しゃかぶつ)は、今や無惨にもむき出し状態。仏像の玉飾りは暁の風に漂よい、五智を備えられた如来のみ像の頭髪を夜の雨が濡らす。

この高師泰という男、もしかしたら、かの物部守屋(もののべのもりや:注12)の生まれ変わりなのかもしれない。古の世に果たす事ができなかった、「我、仏法を亡さん」との望みを、今この世において達成しようというのだろうか。まったくもって、悪寒を催すような話ばかりである。

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(訳者注12)[日本書紀]の記述によれば、以下の通り:

物部守屋は、大和時代の有力豪族・物部氏のリーダーである。時あたかも朝鮮の百済から日本に仏教が伝来、「仏教を受容すべし」と主張する蘇我氏と、「仏教を排撃すべし」と主張する物部氏とが真っ向から対立。両者武力闘争の末、蘇我氏が勝利。以後、仏教が日本に広まっていった。
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(訳者注13)[観応の擾乱 亀田俊和 著 中公新書2443 中央公論新社] の 41P ~ 42P には、以下のようにある。

 「・・・高師直を日本史上屈指の大悪人であるとする史観は現代なお根強く残存しているが、その史料的根拠はほぼすべて『太平記』である。」

 「だが、別の機会に検討したことがあるが、『太平記』に列挙される師直兄弟の悪行は、ほとんど一次史料で裏づけがとれない。・・・」
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