太平記 現代語訳 20-11 勾当内侍、越前へ

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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やがて、新田義貞(にったよしさだ)の首は京都に到着、「これぞ朝敵の最たる者、足利幕府の仇敵ナンバーワン!」とされ、都大路を引きまわしの上、獄門に掛けられる事になった。

生前の義貞は、後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の寵臣であり、その武功のお陰を受けていた人は多く、天下が頼りとする存在であった。義貞からの好意を喜び、その恩顧に浴すことを望んでいた人は、京都中に幾千万といた。そのような人々がこぞって、「義貞殿のお顔を、一目でも」と、集まってきた。

車馬は都大路沿いに列をなし、男女が道の両側を埋めつくす。

人A あないな姿に、なってしまわはって・・・(涙)。

人B 新田さま・・・(涙)。

人C う、う、う・・・(涙)。

人D あぁ、あぁ、・・・(涙)。

人E なむあみだぶつ、なむあみだぶつ・・・(涙)。

目の前を行く義貞の変わり果てた姿に、至る所から、嘆き悲しみの声が湧き起こってくる。

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中でも、義貞の奥方、かの勾当内侍(こうとうのないし)の悲しみこそは、伝え聞くだけでも哀れを催すものであった。

この女性(ひと)は、頭の太夫(とうのだいぶ)・世尊寺行房(せそんじゆきふさ)の娘である。(注1)

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(訳者注1)[新編 日本古典文学全集55 太平記2 長谷川端 校注・訳 小学館] 532P の注には、以下のようにある。

『尊卑分脈』によれば、行実祖父経尹の女を「新田義貞朝臣室」とするが、この注記を誤りとする説もある(大系『増鏡』補注四〇六)。
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壮麗な館の中に秘め育てられ、あでやかな衝立の内に成長し、やがて、絶世の美人に。

16歳の春の頃から、内侍として宮中に召され、天皇の傍らに侍ることになった。

その美しさはいかに、と問えば、

世間の声F 彼女の顔を一目見たら、薄布(うすぎぬ)や綾布(あやぎぬ)でさえ、たちまち融解してしまうほどですわいな。

世間の声G 春風、一片の花を吹き残し、てな風情(ふぜい)でしてなぁ。

世間の声H 紅や白粉(おしろい)でメイクしはったそのお顔、秋の雲から半分顔をのぞかせた月が水に映ずるがごとく、とでも、申しましょうか。

世間の声I と、いうわけですから、陛下のご寵愛はただもう、勾当内侍殿の上に、一点集中、

世間の声J お妃がたは、自分とこへの陛下の訪れのあまりの少なさを、ただただ嘆くのみ、

世間の声K 宮中の水時計が告げる一夜25刻を、ただただ聞きながら過ぎていく・・・あぁ、ひとりぼっちの夜、時間の経過のなんと長いことよ・・・。

天下に再び乱の兆しが見え始めた建武年間の初めの頃、新田義貞は、天皇に常に召されて、御所の警護の任をつとめていた。

秋風が吹き、月が冷涼と照る、ある夜、

勾当内侍 (内心)あぁ・・・今夜の月は、また格別やねぇ・・・。

彼女は、半分おろした御簾を巻き上げ、月光の下に琴を弾き始めた。

新田義貞 (内心)お・・・誰かが琴を弾いてるな・・・なんて素晴らしい音色なんだろう。

義貞は、琴の音に心引かれ、音源の方へと向かった。

月光に照らされる御所の庭を進むにつれて、得体の知れない心の高まりをおぼえる義貞であった。

唐垣(注2)の傍らに隠れながら、義貞は、中を覗いてみた。

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(訳者注2)草木の茎や幹、または丈で編んで作った垣根。
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新田義貞 (内心)アァッ・・・!

新田義貞 (内心)・・・なんて美しい女性・・・この世の人とは思えん・・・。

覗き見する人の気配を感じ、興ざめしてしまった勾当内侍は、琴を弾くのを止めてしまった。

義貞はもう、その場から一歩も動けなくなってしまった。

夜はいよいよ更け行き、有明(ありあけ)の月光が、室内くまなく差し入る。

勾当内侍 類(たぐい)までやは つらからぬ・・・(注3)

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(訳者注3)つれなさの たぐひまでやは つらからぬ 月をもめでじ 有り明けの空(新古今和歌集 恋2 藤原有家)
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このように一人ごちながら、月光の下にしおれ伏している勾当内侍の艶姿(あですがた)、折らば落ちる萩の露、拾えば消える玉篠(たまざさ)か・・・。

新田義貞 (内心)あぁ・・・たおやか・・・なまめかしい・・・艶(あで)やか・・・美しすぎ・・・あまりにも美しすぎ・・・。

義貞の心は乱れに乱れ、行くえも知れぬ道に迷ってしまったかのような心地。帰り道も分からなくなってしまい、淑景舎(しげいしゃ:注4)の傍らに立ち尽くしたまま、夜明けを迎えてしまった。

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(訳者注4)桐壷。
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早朝、御所から自宅に帰還の後も、ほのかに見た彼女の面影が、目の中に焼き付いて離れない。

義貞の日常は、一変してしまった。世間の出来事や人の言葉など、全て上の空。自分が起きているのか、眠っているのかさえも、定かではない、ただただ、勾当内侍の面影を心中に抱きながら、夜を明かし昼を暮らし・・・。

新田義貞 (内心)・・・よりにもよって、相手は内侍職にある女(ひと)だ・・・しょせん、高嶺の花、かなわぬ恋の道よ・・・。

新田義貞 (内心)案内してくれる海士(あま)がいるんだったら、「忘れ草」が生えているとかいう海岸へでも行きたいぜ・・・そしたら、彼女の事を忘れることも、できるだろうに。

ますます、心は沈んでいく。

あまりのやるせなさに、とうとう、恋の仲立ちをしてくれる人を見つけた。

新田義貞 (内心)彼女に寄せるおれのこの熱い思い、ほんの一端なりとも伝えることができれば・・・風の便りの下萩の、穂に出ずるまでは不可能であっても・・・。

意を決した義貞は、彼女に手紙を送った。

 我が袖の 涙に影を 映すとも 知らずに月は 空に浮かぶよ

 (原文)我袖の 泪(なみだ)に宿る 影とだに しらで雲井の 月やすむらん(注5)

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(訳者注5)「自分の袖に溜まった涙の池に月影が映じる」という描写は新古今集に多用されている。「雲井」は「空」と「宮中」の双方を意味している。「雲井にいる月」に内侍を喩えたのである。
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これを受け取った内侍は、

勾当内侍 (内心)えぇっ! あたくしに恋文を! うわぁ、困ったなぁ・・・こないな事、陛下のお耳に入りでもしたら、もうそれこそ、大変なことになってしまうやないの。

というわけで、仲立ちに立った者は、勾当内侍からの返事をもらえず、空しく帰ってきた。

仲立ち ・・・というわけでしてなぁ・・・。

新田義貞 ・・・。

仲立ち あてが見たカンジではな、「あの新田義貞はんからのラブレターやねん」ちゅうことで、勾当内侍はんの方でも、マンザラでもなさそうでしたんやけどな、結局、義貞はんからのお手紙、手にもとって、もらえまへんでしたわぁ。

新田義貞 そうでしたか・・・。(ガックリ)

義貞は、完全に落ち込んでしまった。失恋の痛手に打ちひしがれながら、送る日々・・・。

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見るに見かねて、誰かがその事を、天皇の耳に入れた。

後醍醐天皇 イェーイ、そうかい、そうかい、ハハハハ・・・義貞め、勾当内侍に懸想(けそう)してしまいよったんかいやぁ。ハハハハ・・・。

天皇のお側の者たち ・・・。

後醍醐天皇 武士っちゅうもんは、ほんまにもう、見境(みさかい)無いよってになぁ、相手がどないな身分の女性であっても、もう、思い込んだらイチズになってしまいよる・・・うーん、なんか、義貞の事、かわいそうに思えてきた・・・ヨーシ!

ある時の詩歌管弦の席に、天皇は義貞を召した。

後醍醐天皇 これ、誰か、義貞に盃を取らせい!

天皇のお側の者 はは! (義貞に盃を差し出す)

新田義貞 もったいなくも陛下よりのおん盃、ありがたく頂きます。

後醍醐天皇 義貞、その盃にな、ある人を付けて取らすぞ。

新田義貞 はぁ?

後醍醐天皇 ふふふ・・・勾当内侍を付けてな・・・。

新田義貞 えっ!・・・ありがとうございます!

天にも昇る心地とはこの事か。次の夜、義貞は美しく装った牛車をしつらえ、勾当内侍を迎えに宮中へ送った。

使者が用件を勾当内侍に伝えた。

義貞から長年にわたって寄せられてきた熱情にほだされて、彼女の方も、「誘う水があるならば誘われてみても・・・」との思いに至っていたようである。

夜もさほど更けぬ時分、きしる音を立てて、新田邸の中門の前に牛車が止まった。一人二人の侍女が、妻戸を閉じて、ささやき合った。

世間の声F いやぁ、めでたしめでたしどしたなぁ。

世間の声G ほんにまぁ、義貞はんのお心、察して余りありますわなぁ。

世間の声H 何年もの間、耐えに耐え、忍びに忍んだ恋心、

世間の声I ようやく成就し、ついに、勾当内侍はんと結ばれはった、今の義貞はんのお心は、

世間の声K まさに、優曇華(うどんげ)の花が、待ちに待った春に出会うたとでもいうような、

世間の声K 昔、中国で、楚(そ)の懐王(かいおう)は、珊瑚樹(さんごじゅ)上で神女と契る夢を見たとか・・・義貞はんも、勾当内侍はんを何度夢に見はったことですやろか。

世間の声F その夢も、今は現実のものとなり・・・まさに、唐の玄宗(げんそう)皇帝と楊貴妃(ようきひ)のごとく、ついに、二人は結ばれたのでありました。

世間の声G しかしながら、まさに危きは、男女の仲。

世間の声H 勾当内侍はんとの情愛に溺れ、心の迷いの中へと没入。

世間の声I そんな義貞はんを諌める人は、一人もいいひん。

世間の声J 去る建武年間、足利兄弟が西海の波上に漂っている時に、義貞はんは勾当内侍はんとのしばしの別れを悲しみ、中国地方への遠征の出発を遅らせてしまい、

世間の声K その後、陛下が延暦寺(えんりゃくじ)に動座された折も、足利軍が比叡山(ひえいざん)から追い落とされたそのタイミングを逃さずに、すぐに追撃に移ったならば、京都をも手中に収めることができたやろうに、義貞はんは勾当内侍はんに心迷い、浮き足立つ足利側を、勝ちに乗じて攻めまくることもせぇへんかった。

世間の声F その結果、とうとう、足利兄弟に天下を奪われてしまわはったんやなぁ。

「美女一笑して、国傾く」との古人の戒め、まことにもっともな事である。

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坂本(さかもと:滋賀県・大津市)から北陸地方へ逃げ行く際に、義貞は、行く先の道中の難儀を思い、勾当内侍を、今堅田(いまかただ:滋賀県・大津市)という所に留め置くことにした。

愛し合う男女であれば、ちょっとの間別れる時でさえも、行く側は、後を何度もふり返って家の上空に浮かぶ雲を見つめ、留まる側は、これから先の事をあれやこれやと心配し、天から降る雨に自分の涙を交えるものである。

新田義貞 (内心)ましてや、おれは今から、先の保証の全くない北陸へ行くのだ、生きて再び、この人の顔を見ることができるかどうか。

勾当内侍 (内心)この堅田の地で、これからもずっと、漁師の磯屋に、身を隠し通せるもんやろか・・・。いつ何時、足利側の捜索を受けて、つらい目にあい、憂き名を世にさらすことになるやも・・・。(涙)

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その翌年、「金崎(かねがさき)で、父の行房、戦死」との報がやってきた。

悲しみは増すばかり、「明日まで、もつかどうかも分からない我が命」と、嘆き沈む勾当内侍。

しかしさすがに、消えてしまう露のような身ではない、涙を流しながら細々と暮す、堅田での2年余が経過。

義貞の方も、越前に到着したその日から、「すぐにでも、彼女を迎えに誰かを!」と思い続ける毎日であったが、

新田義貞 (内心)でもなぁ、堅田から越前への道中には、どんな危険が潜んでいるか分かんないし・・・だいいち、こんな苦しい状況下に、おれ一人だけがイイ目を見るってのも、どうもなぁ・・・周囲はどんな目で、おれたちを見ることだろう・・・。

というわけで、時々手紙を交わして互いの無事を確認しあえるだけでもよし、としながら、二人は、異郷の空の下に別れながら、生きてしくしかなかった。

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秋の初め頃、勾当内侍のもとに、義貞からの使者がやってきた。

使者 堅田から越前への道中も大分、安全になってきましたのでね、殿のご命令を受けて、奥様をお迎えにあがりました。さ、旅のお仕度を!

勾当内侍 あぁ、ついに!(大喜)

勾当内侍はすぐに、越前に向かった。

勾当内侍 (内心)この3年間というもの、暗い夜の闇の中にさ迷ぉてたようなもんやった。それが、今、急に夜が明けたような・・・うれしい・・・もうすぐ殿にお会いできる・・・うれしい・・・。

やがて、勾当内侍は、杣山城(そまやまじょう)へ到着。しかし、すでに義貞は、足羽城(あすはじょう)攻めに出ていってしまっていた。

杣山城の人々は、すぐに輿をしつらえ、勾当内侍を義貞のもとへ送った。

輿が浅津橋(あさうづのはし:福井県・福井市:注6)にさしかかった時、瓜生照(うりうてらす)が100騎ほどを率いてやってきた。

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(訳者注6)現地では、「朝六橋(あさむるばし)」の名称で呼ばれているようだ。
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瓜生照 (内心)あれ? あの輿かついでるの、ウチの杣山城の連中らじゃない。

瓜生照 おぉい、その輿の中、いったいどなたがおられるん?

杣山城メンバーL はい・・・新田義貞様の奥方、勾当内侍さまが・・・。

瓜生照 なにぃ!

照は馬から飛び下り、輿の前にひれ伏して、

瓜生照 (涙)これからいったいどちらへ? 新田殿、昨日の暮方、足羽という所で、討死にされてしまいましたよ・・・(涙、涙)。

勾当内侍 えっ!・・・

これは夢か現実か・・・勾当内侍は、胸ふさがり肝も消え、涙さえも出てこない。

勾当内侍 あぁ・・・。

輿の中に伏し沈みながら、やっとの思いで勾当内侍は、

勾当内侍 (涙)お願い、殿が亡くなられた野原の草の露の底にでも、あたくしを捨てて帰ってください・・・殿は、まだそれほど先には行っておられないでしょう・・・あたくし、殿の後を追います・・・殿といっしょに死にます・・・。

瓜生照 そんな・・・(涙)・・・おいおい、おまえら、とにかく、輿を早いこと、杣山城に戻せ!

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勾当内侍 (内心)ここが、殿がお暮らしになってた室・・・。

色紙を押し散らした襖(ふすま)を開けてみると、

勾当内侍 (内心)あ、メモがある、何か書き残してはるわ。

義貞が何となく書き散らしたメモには、

 そのうち 都へ帰るのさ
 そうさ 都へ帰るのさ
 ゼッタイニ 都へ帰るのさ

今は空しくなってしまった義貞のその形見を見るにつけても、悲しみはいや増すばかりである。

杣山城には少しも、心なぐさむものは無いのだが、

勾当内侍 この数年、ここで殿は暮してはったんやから・・・せめて、殿の49日が過ぎるまでは、あたくしもここにいて、殿の菩提をお弔い申し上げたい。

しかし、彼女のそのささやかな願いも、かなえられなかった。杣山城付近にも足利側の圧力が及んできて、騒然となってきた。

「このような状況下に、城の近くに奥様がおられるのは危険きわまりない」ということになり、杣山城の人々は、勾当内侍を京都へ送った。そして、仁和寺(にんなじ:京都市・右京区)周辺に、主が住まなくなってしまった家を見つけ、そこに彼女を隠し置いた。

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勾当内侍 (内心)あたくしの故郷、京の都も、今となっては旅寝の土地になってしもうた。安心して住める場所もないし、心も落ち着かず涙が出るばかり。誰か、頼っていけるような人はいいひんもんやろか。

昔なじみの行くえを尋ねて、勾当内侍が御所の陽明門(ようめいもん)の傍らを通り過ぎた時、多くの人が集まって、「あぁ、お気の毒に」と口々に言っている。

勾当内侍 (内心)あれはいったい、なに?

彼女は立ち止まり、みんなの後ろから覗いてみた。

勾当内侍 アァッ・・・!

そこにいたのは、あの愛しい人・・・はるばる北陸まで尋ねて行きながら、ついに会えずに帰ってきてしまった、夫・義貞の首が、そこにあった。獄門の木に懸けられて、眼は塞がり、色も変わってしまっている。

勾当内侍はそれを二目と見れずに、傍らの築地(ついぢ)の陰に、泣きながら倒れ伏した。それを見て、義貞と勾当内侍の事を知る人も知らない人も、みな共に、涙を流した。

日はすでに暮れたが、宿に帰ろうという気持ちには、とてもなれない。蓬(よもぎ)の根元の露の中に泣きしおれている勾当内侍を見て、近所の道場の僧侶が声をかけた。

僧侶 ほんにまぁ、お気の毒な事ですわなぁ・・・。さ、そないなとこにいはったんでは、体に悪いですからな、こちらの道場にお入りください。

勾当内侍 ・・・(涙)。

その夜、彼女は、翠(みどり)の髪を剃り落して出家。美しかった女人の姿はもはやそこには無く、一人の尼が座している。

それからもなお、義貞の面影を常に思いおこし、嘆き悲しむ日々が続いた。

しかしながら、会者定離の理(えしゃじょうりのことわり:注7)に触れて愛別離苦(あいべつりく)の苦悩を脱し、厭離穢土(おんりえど:注8)の心は日々に進み、欣求浄土(ごんぐじょうど:注9)の念が時々に、内侍の心中に定着していった。

やがて、勾当内侍は、嵯峨野(さがの:右京区)の奥にある往生院(おうじょういん)のあたりの庵に入り、明け暮れ、仏道修行にはげむ身となった。

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(訳者注7)いったん会った者にもいつかは必ず別離がやってくる。

(訳者注8)現世を嫌う。

(訳者注9)浄土を求める。
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