役者になりたいなら芝居の勉強をするな(まえがき)


ヒデキになるはずだった

物心をついた時くらいから、母親に「あんたはヒデキになりんさい」と言われ続けていました。ヒデキ?高橋?いいえ、西城秀樹です。ヒデキ感激です。

僕の住んでいた鳥取県。

今よりも40年くらい前ですから、もうそこは秘境なわけです。今でこそネットや携帯電話なんかも存在しているので幾分体感距離が近くなったのですが、当時の鳥取県なんか日本の未開の地と言っても過言ではない。インディージョーンズも鳥取県のことは知らないくらいのアングラな場所なわけです。当時、鳥取県にはパスポートがないと入れなかったし、会社へはラクダで通勤をし、全家庭で因幡の白兎を飼っていました。

そういう場所に住んでいる僕達からしたら、芸能界なんかもう他の星の話な位に遠い遠いものだったのです。

しかし母は毎日の様に僕に言います。

「あんたはヒデキになりんさい」

テレビの中で、長髪の西城秀樹が、ボディースーツ的な派手な服を着て、左右のグーパンチを突き出しながら歌っています。

ちびまる子ちゃんも樹木希林さんも、そしてうちの母親ももれなく、日本中が秀樹に熱狂でした。

それは刷り込みというのか、洗脳と言おうか。凄いもんで、僕自身、大きくなったらとにかく芸能界に入るんだと思っていました。夢?就職先?そういうことよりももっと当たり前の様に、大きくなったら芸能界。逆にいうとそれ以外考えてなかったのです。毎日毎日耳元で「あんたはヒデキになりんさい、ヒデキになりんさい、ヒデキに・・・ヒデキ・・・」とされていたからでしょうか。

パイロットとかお医者さんだとかでは無く、卒業アルバムにだって「芸能人になる」みたいな事を生意気に書いていました。とにかくヒデキの入ってるあのブラウン管の中に行きたかったのです。

しかし、現実問題、そこは山陰地方。芸能界の中心地、「東京」なんて夢のまた夢。芸能界なんて、鳥取県からしたら別の銀河系の出来事なわけで、まあ遠い夢なわけです。(しかしそもそも山陰ってのもアレだな。山の陰、ですよ。山陽地方に対して、山陰。どうなんですか?まあいいか)


ぼんやりとした将来を描きながらあっという間に小学生生活を終える頃。

親の転勤が決まりました。

千葉県だそうです。千葉県?どこ?Chiba?

とりあえず、僕は地球儀で場所を確認しました。

 

欽ちゃん劇団に入ってしまった


住んでみて初めて東京が近いと気がつきました。千葉県。

「千葉県って東京の横だった!ラッキー!ラッキーボーイ!銀河を超えたぞ!タイムワープ!」

当時の僕は芸能界という夢だけを持ちながら、気持ちはその中でも「役者さん」に傾いていました。

陣内孝則さん主演の学園ドラマ「愛し合ってるかい」を見て、「これだ!」と思ったのです。

アレはマラソン大会の話だったなあ。

普段はダメダメでカッコ悪いところばかりの先生が、生徒のために学校対抗戦で走る事になる。相手はエリート学校の教師チーム。圧倒的に不利な状況の中、ダメなはずの先生は生徒の気持ちを背負って死ぬ気でゴールを目指す、みたいなストーリーだった様な気がします。

雷に打たれた様な気もち、とでも言いましょうか。要は感動したんです。

しかし王道ストーリーですね。今だに好みはブレてないな。

とにかく益々芸能界への憧れは膨らむ一方。そして妙な焦りも感じていました。

あっという間にもう高校生になってしまう。当時、光GENJIを初め同年代がテレビで活躍していたり、金八先生に出ている役者さんも同年代。対して僕自身、芸能界はおろかお芝居の勉強など1センチもしたことがないし、きっかけすらどうやって見つけていいかわからない状態。

雑誌で見た、ある有名劇団に書類を送ってみても莫大な入所金や月謝がかかると言う事だったり。



ある日の日刊スポーツ一面。


「欽ちゃん、劇団つくっちゃうヨ」


欽ちゃんこと「萩本欽一」さんが微笑んでいます。お!欽ちゃん!


募集要項 

「役者、歌手、お笑い、ダンサー、タレント、など芸能界で活躍したい方、幅広く募集します」

月謝は無料


無料!無料!?無料って?いくら?ゼロ円?

これは見逃せない!しかも欽ちゃんと言ったら、子供の頃から毎日の様に見ている有名人だし、絶対的安心感もある。何よりいい人そうだし。芸能界は怖いところでもあるだろうからな、欽ちゃんいい人そうだし!タダだよ!無料!あと、欽ちゃんいい人そうだし


と言うことで、オーディションに。

そしてなんと運よく合格してしまったのです。


全員に「笑い」をやってもらいます


こんな季節でしたねえ。入団式。桜舞い散る頃だった気がします。

完全に浮かれていました。もうスターになった様な気分。

だってあの欽ちゃんですよ。スター製造機です。これはもう強烈な芸能界への道、スター街道ってやつの切符を手に入れた様なものです。

意気揚々と、ワクワクした気持ちで会場へ行きました。

そこには合格した人々およそ100人がひしめき合っていました。そう。ひしめき合ってた。

いやあ、今でも忘れないですわ。なんかその、渦巻いている感じ。欲望やら対抗心やら、負けん気やら、色気やら、エグみやら。すでに合格者のサバイバルはガンガンに始まっている様子なのです。うおおこりゃ凄いぞ。

そして、そんな合格者を遠目から見定める様な雰囲気を醸し出している大人たち。いかにも業界の偉いひとっぽい感じというよりは、なんだか小粋で、少し悪そうな遊び人っぽい大人たち。とんでも無く飄々としている。そしてヒソヒソ話して笑ったりしてる。

高校生の僕は、その初めて味わう大都会の圧みたいなものに早速ビビっておりました。

そんな空気が。

突然にガラッと変わりました。

欽ちゃんの登場です。

ひょっこりと。突然ひょっこり登場です。

あ、欽ちゃんだ!と会場はどよめきます。

が、対して、大人たちの空気が変わった。さっきまでの飄々とした方々が急に眼光鋭くなって別人の様に構えている。なんか殺気みたいな物が立ち込める様。


前置きもなく喋り始める。(本当に前置きとか接続詞とかない)

欽ちゃん「君の夢は?」

合格者「あ、僕の夢ですか?」

欽ちゃん「・・・・」

合格者①「あ、はい、僕の夢は萩本さんの様なコメディアンになることです!」

欽ちゃん「・・・はい。君は何になるの?」

合格者②「あ、僕ですか?」

欽ちゃん「・・・・」

合格者②「歌を歌って、テレビに出たいです。」

欽ちゃん「はい次」

合格者③「あ、今、僕は細々とダンサーをやってまして、ダンサーって普段は地味な存在でもあるのですが、日本中のテレビを見てる人が・・」

欽ちゃん「オッケオッケ、次」

    場内笑う

欽ちゃん「・・・・」

    場内おさまる

欽ちゃん「はい」

合格者④「あ、えっと・・・ですね、夢ですよね」

欽ちゃん「はいオッケ、じゃあはい」


うお、来たぞ!


川本成「は!あ、お芝居とかやってドラマに出たいです!」

欽ちゃん「はい、次」


うおおお。


と、何人に聞いたでしょうか。

合格者は様々な夢や願望をアピールして行きました。タレント、お笑い、歌手、ダンサー、パフォーマー、僕はもちろん役者になりたくて。

そして、最初の方に当てられた人々こそテンパってましたが、だんだんとノウハウみたいなものを掴んできた合格者たちは爆笑をとったり、その場でパフォーマンスを始めたり、なんかすでに凄いことになって来ました。ピンとした緊張感はありましたが、でも何だかみんなワクワクした熱気に包まれていました。

そこにいるみんなに共通する想い。

それは欽ちゃんがスターにしてくれるということ。

これから様々なことを教えてもらえる、チャンスなんか山の様にやってくる。テレビにだってすぐに出られる。だって欽ちゃんだもの。僕たちはスターになれる。


欽ちゃんはひとしきりみんなに質問をしたのち。



欽ちゃん「はい。全員ね、笑いをやってもらいます。


え?


欽ちゃん「それとね、もう一つ。教えないから。」


え?


欽ちゃん「教えないよ。



お?ん?!



欽ちゃん「お前、笑いやりたいんだっけ」

合格者①「はい!笑いやりたいです」

欽ちゃん「じゃあ、ダンスやれ」

合格者①「だ、ダンスですか?」

欽ちゃん「あと、こうやって、聞き返すって奴ね、一生スターになれないから」

全員「・・・・・」

欽ちゃん「お前、歌だっけ?」

合格者②「はい!歌を歌いたいです」

欽ちゃん「じゃあ、芝居やれ。そのあと笑いね。」

合格者②「あ、え?あ・・・」

欽ちゃん「お前、芝居やりたいんだっけ」

川本成「あ!はい!役者になりたいです」

欽ちゃん「じゃあ、笑い覚えろ。

川本成「え・・・・・」


欽ちゃん「はい、お疲れ様、おしまい」


    欽ちゃん疾風のように帰っていく


全員「・・・・・・・」

 

さてここから迷走の数年間が始まることになるのです。



























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