進み来る炬人

 20XX年、人類は駆逐されようとしていた。
 人類は来るべき氷河期に向け、着々と準備を進めていた。そして、ついに人類は偉大なる氷河期対策家電を発明した。その名を炬燵という・・・・・・
 しかし、炬燵は人類を堕落させ、人類は文明を退化させ始めていた。
 そして、炬燵に取りつかれた者達は、炬燵を待たない者達の勤勉さに嫌気がさし、ついには炬燵を持たない者達を襲いだした。
 それに対抗する為、炬燵を持たない者達はここに炬燵討伐兵師団を作り上げ、それに対抗する事になる。
そして、長い時間持つ者と持たざる者は戦い、いつしか炬燵を持つ者は炬燵と身体がほぼ同化してしまい、その勢力を拡大してきた。その戦いは日に日に熾烈さを増していき、炬燵を持つ者は、持たない者をついに追い詰める事に成功した。しかし、炬燵を持たざる者は、炬燵を持つ者を阻止するが為に、高い壁を作り、彼等の進撃を阻止していた。
 そして人類最強とうたわれる、討伐兵師団の兵士、美唄(びばい)士長は長らく続いた炬燵を持つ者、通称「炬人」(こじん)達に戦い続ける。これはその美唄士長が「炬人」達を駆逐するまでの長い物語の一コマである……

 対炬人用サウナスーツに身を包んだ兵士たち。戦闘用サウナスーツはその重厚な見た目とは違い、装着感が無いほど軽く、保温性能に優れている。そして何よりもその特筆すべき点は、炬人達のようにコードで繋がっていないという点だ。それは、炬人達の唯一の弱点でもある。
 そして兵士たちは家人達のコードを切る事で、炬人達を討伐していったが、炬人達はその数を増やし続けている。
「士長、このままでは我々は炬人達に包囲され殲滅させられてしまいます!」
 その報告に美唄は悪態をつく。
「まったく、あのくそ師団長は俺達を囮に逃げやがったのか?」
 師団長とは、美唄が所属する討伐兵師団の師団長、或壜(あるびん)師団長の事で、彼は美唄に別働隊の指揮を任せ、本隊を炬人達の電源施設の襲撃に回ったのだ。
「くそ、或壜、早くしないと俺達は全部食われちまうぞ」
 そう言っているそばから、隣で戦う兵士は炬人達に食われていく。
「び、美唄士長!た、たす・・・・・・」
 炬人に喰われた兵士はもう炬燵の中でぬくぬくしてしまい、二度と炬燵から出る事は無い。そして、兵士は新たな炬人として討伐兵師団に襲いかかることになるのだ。
「ち、喰われちまったか・・・・・・」
 家人に喰われた兵士を助けることも出来ず、美唄は包囲を突破するため、剣を奮う。
 討伐師師団の剣は電気の通ったコードを切断する為、完全絶縁の竹でできており、よくしなり簡単には折れない。しかし、何度かコードを切ると、その切れ味を著しく下げてしまう。その為、換えの竹刃を幾つも腰のマガジンに差し込んでいる。
 また、竹とはいえそれを何本ももって動くとなるとその重量がかさみ、いくら軽量サウナスーツを来ているとはいえ、機動力を下げてしまう。
 そこでその機動力不足を補うために開発されたのが『高機動装置』と呼ばれる物で、それには圧縮されたガスが詰まっており、それの噴射で長距離の移動の補助や、瞬間的ではあるが、空を飛ぶこともできるようになっている。
「なんとか包囲網を突破できたな」
 美唄達別働隊は、美唄の活躍により包囲網を突破するのとほぼ同時位に、或壜は電源施設を制圧し、炬人達の動きは止まった。
「ようやく或壜のやつ電源施設を制圧したか。全くのろまな野郎だ」
 そして、電源施設制圧に向かった或壜師団長が美唄達と合流する。
「何人やられた?」
 或壜の質問に皮肉たっぷりに答える美唄。
「どこかの誰かさんのおかげで、半分しかやられなかったよ」
「半分」の所を強調して言うが、そうか。そう呟き或壜はそれを考えるそぶりもせず、新たな命令を下す。
「誰か、地図を持っているか?」
 一人の兵士が或壜に地図を手渡し、それを広げ地面に置く。そして地図を棒で指し、説明を始める。
「我々の現在地がここだ。そして……」
 現在地を指した棒を少し動かし、新たに別の場所を指す。
「ここから北に五〇キロほど行ったところに、炬人達が新たな電源施設を構築中という情報が入った」
 その場所は一番外側の壁に近く、そこに電源施設を作られると壁への攻撃が容易になる。
「こんな所に? 今まで調査兵師団は何をやっていたんだ?」
 美唄をなだめるように或壜が答える。
「まあそう言うな。調査兵師団も調べてはいたが、この場所は深い森で通称『戻らずの森』と呼ばれる場所だ」
 その名前を出すとそれを聞いていた兵士達はどよめくき、口々に話し始める。
「で、今度はその『戻らずの森』に俺たちが行くのか? 全く、そんな噂でビビるから調査兵師団位にしかなれないんだ。まあいい。武器とガスの補充をしてすぐに向かおう。日が暮れる前には着きたい」
 美唄はそう言うと馬に跨がり他の兵達にも指示する。
「おい、移動だ。まずは最寄りの集積所まで行って、その後また移動する」
 その声を合図に兵士達は慌ただしく動き始める。
「よし、準備でき次第出発」
 或壜の指示で討伐兵師団は編隊を組んで移動し始める。

 基本的に炬人達は夜は動かない。夜は氷河期に入ったこともあり気温が著しく低下する。夜は家人達を襲うには絶好のチャンスのように見える。しかし、炬人達は炬燵での一時を邪魔されることを極端に嫌う。なので、夜の憩いの一時に襲撃でもしよう物なら、怒り狂った炬人達は、炬燵で食べた後の炬燵の天板の上に置かれたみかんの皮を投げつけてくるのだ。
 みかんの皮くらいなんだ? と思われるかもしれないが、投げ捨てられたみかんの皮はそのまま放置される。それに炬燵を持たない物は我慢ができず、ついそれを拾い上げ、ゴミ箱に捨てるまで落ち着いて戦うことも出来ないのだ。
 そう、炬燵を持たない者は几帳面なのである。ゆえに、炬燵という恐ろしい家電が無くても、温度を上げる機械の着いていないサウナスーツだけで氷河期の時代を乗り切っていけるのだ。
「ちっ、夜になっちまった。攻撃は明日だな……今晩は見張りの兵を立ててここで野営だな」
 美唄の呟きに答えるように或壜は、兵達に野営の準備を始めさせる。
 そして夜が明けるとともに、或壜は兵達に突撃命令を下す。その命令を待っていましたと言わんばかりに、美唄は炬人達に突撃していく。
 炬人達の数は圧倒的で、最初は馬での突撃を行ったが、足の踏み場もないほどの炬人達の群れに、馬は言う事をきかず、仕方なく兵達は馬を下り、炬人達の中を突き進む。
 そして電源施設を前に兵達は進撃を止めてしまう。
 先頭を進んでいた美唄が炬人一人相手に手間取っているのだ。それを見ている兵達は信じられない物を見るかのように、その戦いを見守るが、その間にも混乱から抜け出した炬人達が、討伐兵師団を包囲していく。
「人類最強と言われる美唄ほどの兵士が、一人の炬人相手にこうも手間取るとは……」
 或壜も目の前の戦いが現実に起こっていることとはとうてい思えなかった。
 何度もコードに竹刃を食い込ませる美唄。しかし、このコードは切れないのだ。そう、コードを包む糸が鋼鉄で編まれていて、それは竹刃で切り裂くことが出来ないのだ。
「くそ、鋼鉄の炬人なんて今まで見たことねーぞ!」
 炬人の動きはそれほど早いわけではない。何故なら炬燵を背負いながらの移動しか出来ないからだ。しかし、その動きの遅さを補ってあまりあるほど、鋼鉄のコードの威力は凄まじかった。
 今まで絶対だと思われていた、竹刃の攻撃が全く利かなかったのだ。
「くそ、埒があかねーな……こうなったらあの手を使うしかねーか……」
 そう、美唄は炬燵の中に入り、その中の赤外線発生部分に繋がっているコードを抜こうというのだ。
 しかしこの作戦は決死の覚悟が必要だ。何故なら一瞬とはいえ炬燵の中に入らなければいけないからだ。そして美唄は覚悟を決める。
「おい或壜。もし俺がもし炬人になったら、お前の手で殺ってくれ。頼むぜ?」
 美唄の言葉に或壜はそれを止めようとしたが、その時にはもう遅く、一瞬の隙をついた美唄は炬燵の中に潜り込み、中の電源を抜き去った。
 その間わずかコンマ五秒ほどの時間だったろう。そして美唄は鋼鉄の炬人を倒したのだ。
 倒れそうになる美唄を受け止める或壜。
「全く無茶しやがる」
 美唄はなんとか立ち上がり、手に持った鋼鉄の炬人のコードを或壜に手渡し、また炬人達を駆逐し始める。
 そして、美唄が進撃し始めたことで、他の兵達も勢いづき、電源施設の攻略に成功する。そしてこの新たなる電源設備の攻略に成功し、それを破壊する事が出来た。しかし、まだこれで戦いが終わったわけでは無い。これはまだまだ続く戦いの本の一コマでしかないのだ。だが、今はこの勝利を美唄と或壜は喜んだ。そしてここにまた、美唄達討伐兵師団の歴史を一つ刻むのであった。