五九〇円の幸

しばらくの間潜りますと言っておきながら衝動的に書いてしまいました。
では、以下本文です。

『五九〇円の幸』

 一週間の仕事が終わり、会社を出る。いつもはもっと遅くに出るのだが、今日は休日出勤。仕事は早く終わった。
 家に帰ればそれなりに有る物夕食に酒を飲んで寝る。そんな生活がここのところ続いている。
 正直、仕事が忙しい時期に差し掛かっていることもあり余裕はない。好きな酒も最近はあまり楽しめていない……
「ハァ……」ひとつ小さなため息をつく。
 電車に揺られ終点まで行き、そこで乗り換え。目的のホームにたどり着き、いつもの場所に立って電車の到着を待つ。するとどこからか良い匂いが漂ってくる。その匂いのする方を見るとそこには駅の立ち食いそば。
 その匂いに釣られるかのようにかのように自動ドアを潜る。
「いらっしゃい」
 ちょっと無愛想な顔をしたおばちゃんが声を描けてくる。
 辺りを見渡しメニューを見る。 
 どうも普通の立ち食いそばとは違い、どちらかと言うと立呑屋、と言った方が良いような店だ。
「何にします?」
 いくつかの地酒が置いてあるようで、それの熱燗を頼む。それと肴におでんの大根と厚揚げ。
 しばらく待つとおでんが出てくる。それに続いて升の中に入れられたコップに入った地酒の熱燗。
 無造作に置かれた辛子を皿の端に少し盛り、熱燗に口をつける。温もりと共に日本酒のふくよかな香りが口の中に広がり、鼻に抜ける。
 その味を堪能する。そして割り箸を割り、箸先をこすってささくれを取り大根に箸を入れる。
 箸に少しの抵抗がかかるがそれを気にせず大根に箸を入れる。
 そして大根を八分一位の大きさにして口に運ぶ。一口噛み締めると大根から出汁の味が染みだし、それを口の中で楽しむ。大根の食感と出汁の味を楽しみ、少し余韻に浸りまた日本酒を一口。
 日本酒とおでんの出汁の味を楽しみ、また余韻に浸る。
 そして今度は厚揚げに箸を伸ばす。厚揚げを一口大にしてまた口の中に入れる。厚揚げから染み出す出汁を口の中いっぱいに楽しみ、また少し余韻に浸る。そしてまた日本酒を一口。
 三口呑んだところで升に入っていた日本酒をコップに移し、また一口。
 それを数回繰り返す。すると無愛想いなおばちゃんが声を掛けてくる。
「お兄ちゃん昆布食べる?」
 おでんの出汁に使った昆布の入った皿を持って聞いてくるので、それをありがたく頂く。
 その大きな昆布を一口かじり、海藻独特の香りと出汁の味を噛み締め、また日本酒を一口。
 昆布の海藻臭さを日本酒が消し、なんとも言えない香りを口の中に残し、スッと消えていく。
 そしてそれを繰り返し、最後の日本酒を口に運び、またその余韻に少し浸り勘定をする。
「はい、ありがとう。五九〇円ね」
 財布から小銭を取りだし、お釣りをもらい店を出る。
 まだ電車は到着しておらず、しばらくホームで待っているが、なんとも幸福な気持ちに満たされている事に気が付く。
「ふぅ」少し息を吐き、少しだけ満たされた腹と、一週間の疲れを取ってくれるかのような幸福感に満たされる。
『来週も仕事頑張るかな!』
 週末の立呑屋、癖になりそうだ。