silver bullet 4話

 再び五年前……

 目が覚めるアルジャン。まだ噛まれた場所が激しく痛むが、なんとか身体を起こし、横たわるジリッツァに這い寄る。
「ジリッツァさん……大丈夫ですか、ジリッツァさん」
 身体を揺さぶるが返事はない。しかし、呼吸は有るようなので、死んでいるわけでは無いようだ。
「くそ……僕にもっと力があれば……」
 身体の痛みにもまして、ジリッツァと親方を守れなかった自分の不甲斐なさに、涙がこぼれる。
「喉が渇いた……それに、今何時だ?」
 アルジャンの痛みは少しずつ和らいできており、なんとか立ち上がるとそのまま井戸の方に向かう。時間はちょうど昼を回ったくらいで、太陽の光が強烈に照りつける。
 アルジャンは開け放たれた扉に手を突いたその時、強烈な痛みが身体に走る。
「グワァッ!」
 勢いよく扉から手を放し、そのまま後ろに倒れ込む。太陽の光に照らされた手は、まるでやけどを負ったようにただれるが、すぐに煙を上げながら元に戻っていく。
「ま、まさか……僕まで……」
 自分の姿を確認するため立ち上がり、鏡の前まで歩き、そして鏡に映った自分の姿を見る。その姿は、以前とはほとんど変わりはない。しかし、突き出たように伸びる八重歯に、もともと蒼かった瞳は、赤くまるでその色は血のようだ。
「こ、これが……僕?」
 自分の顔に手を当て、その突き出た八重歯に触れる。振れたその時、怒りや悲しみのない交ぜになった感情が湧き上がり、「ウワァァァ!」という叫び声を上げ、鏡に映る自分の姿を消すかのように鏡を殴り粉々に砕く。
 殴りつけた手は、傷だらけになるが、それもすぐにヴァンパイアの身体は治してしまう。
 しばらくの間叫び続け、事切れたかのようにへたり込み今度は気が触れたかのような笑い声を上げる。
「はーはっはは、はは……ははは…………」
 その笑い声でジリッツァは目を覚ましたのか、痛むからだを引きずるように起き上がり、アルジャンの傍らに立つ。
 ジリッツァはアルジャンの姿を見てなんと声をかけて良いか解らず、ただ後ろからそっと抱き締める事しかできなかった。
 ジリッツァ自身、父親を亡くし、その悲しみに涙してしまいそうになるが、しかし今はそれよりもあのノーブルと言っていたヴァンパイアへの復讐の気持ちが強くあった。
 しかし、今は目の前で気が触れたかのように笑っていたアルジャンが、その笑いを涙に変え泣き崩れる姿をそっと寄り添っていたいと心の底から思った。
 そしてアルジャンは泣き疲れたのか眠ってしまい、それに寄り添いジリッツァも眠りについた。

 アルジャンが目を覚ますと、辺りは夜の闇が支配していた。普段ならランプに火を灯し、灯りをつけるところだが、今は窓からこぼれる月明かりだけで充分に辺りが見渡せ、その夜の景色は今まで見た中でも最も美しいとさえ感じた。その事で、自分がヴァンパイアになったことをまた思い出してしまう。
「すべてが夢だったら良かったのに……」
 誰にも聞かれることも無いほど小さく呟き、ふと隣を見ると少し服がはだけ白く輝くような首筋が見える。ジリッツァだ。
 眠る前に感じた喉の渇きが蘇り、今にもジリッツァの首筋に噛みついてしまいそうになる気持ちを抑え、その場から立ち上がり、喉を潤す為に井戸に向かう。
 水を汲み上げ、それをゴクゴクと飲むが、いくら水を飲んでも喉の渇きは収まることはなく、またジリッツァに目をやってしまう。
『ダメだ! ジリッツァさんにそんな事!』
 頭の中ではそう思うのだが、身体がそれを拒めない。そっとジリッツァに近寄り、ジリッツァの首筋に牙を立て噛みついてしまいそうになったとき、ジリッツァが目を覚ます。
「アルジャン……?」
 目を覚ましたジリッツァから飛び退き、何事もなかったかのように振る舞うアルジャン。
「目が覚めましたか?」
「ええ、どれくらい寝てたのかしらあたし……」
「僕もさっき起きたところで、よくわかりませんが……半日位でしょうか?」
「そう……」
 ジリッツァとアルジャンの間に沈黙が降りる。そしてその沈黙を破るかのようにジリッツァが静かに語る。
「あたし達……もう人じゃないのよね……」
 問いかけるとも独り言ともつかない言葉を漏らすジリッツァ。その言葉に、少し頷く事しかできないアルジャン。
「ジリッツァさん、僕昔少し聞いたことがあるんです」
 おもむろに語り出すアルジャン。アルジャンに目を向けるジリッツァ。
「ヴァンパイアになった者を人間に治す事の出来る人の事を」
「ほ、本当に!?」
「ええ、確か……メディウムと呼ばれる人達ならヴァンパイアを治す事が出来るって……」
「じゃ、じゃあそのメディウムを探せば……」
「ええ、治す事が出来るかもしれません」
 ジリッツァの顔に少し笑みが戻るが、すぐにまた暗い顔になる。
「どうしたんですか?」
「え? ああ、うん。あたし、けしてヴァンパイアでいたいわけじゃないの……でもね、もし人間に戻ったら、このヴァンパイアの力は失ってしまうでしょ?」
「ええ、まあそうですね……」
 アルジャンはジリッツァの言葉の意味を掴みかね、少し言葉尻を濁す。
「人間に戻るその前に……あいつに復讐したい!」
「ジリッツァさん! ダメで、それは危険です! それは僕が必ず親方の仇を取りますから、ジリッツァさんは人間に戻って幸せに暮らしてください! お願いです。親方は最後に僕にジリッツァさんの事を頼むと言っていました。 だから僕は親方との約束を守らないといけません! だからジリッツァさんは……」
 アルジャンの言葉を遮るジリッツァ。
「ダメよ! あたしの手で、必ずお父さんの仇を討つ! じゃないとお父さんが……」
「しかし……」
「アルジャンが何と言おうと、あたしはこの手でお父さんの仇を討つ!」
「……わかりました。では、私もお手伝いします」
 首を振るジリッツァ。
「ううん。アルジャンにはメディウムを探してほしい。あたしがお父さんの仇を討ったらすぐに人間に戻れるように」
「いやそれはあまりにも危険です!」
「大丈夫、心配いらないわ。あたしちゃんと一人で仇を討って見せるから! だからお願いアルジャンはメディウムを探して! ね?」
 ジリッツァが懇願するような眼でアルジャンの方を見る。そのまっすぐな瞳には復讐の色に染められ、周りを見失ってしまうのではないかと心配になるほどだ。
「ジリッツァさん……わかりました。でも、無理だと思ったら必ず逃げるか助けを求めて下さいね! 良いですね?」
「わかった。ありがとうアルジャン」
 アルジャンはジリッツァの事を心配に思いながらも、内心少しほっとしていた。このままジリッツァと一緒に居れば、自分はいつかジリッツァの血を求めてしまうのではないだろうか? そう思ったのだ。
 そして二人は夜が明ける前に旅支度を整え、旅に出る。しばらくの間は一緒に旅をしていたが、その間にジリッツァとアルジャンの身体に、明らかな違いがある事に二人は気が付いた。アルジャンは典型的なヴァンパイアの身体で、いくら黒い服に身を包んでいても、太陽の光を浴びると酷い火傷を負ってしまう。しかし、ジリッツァはそうでもなく、太陽の光に弱いのは確かだが、アルジャン程火傷を負う事もなく、黒い服に身を包んでさえいれば、昼間でも充分に行動が出来るほどだった。
 二人の身体にどうしてこんなにも差が出来たのかは解らないが、それが切っ掛けにもなり、二人は別々に旅を続ける事になる。
「じゃあ、アルジャン。また会いましょう必ず」
「ええ、ジリッツァさん・・・・・・絶対に無理はしないでくださいね」
 二人は少し抱き合い、別々の道を歩き始る。二人の姿は夜の闇の中に溶け込み、お互いの姿はすぐに見えなくなる。