silver bullet 最終話

 一年前・・・・・・

「早く、早くメディウムを探さないと・・・・・・」
 焦りばかりが募るアルジャン。ヴァンパイアになった今、アルジャンは夜にしか出歩くことが出来ず、メディウムを探すことも困難になってしまっていた。
 そして、アルジャンはジリッツァと別れた後、メディウムを探し続けるが、見つける事は出来なかった。
 その間、アルジャンは喉の渇きを動物の血を吸うことで抑えてはいたが、それだけではどうしても喉の渇きを押さえることは出来なかった。
 ジリッツァとは違い、完全なヴァンパイアとして生きていかなければならないアルジャンには、人を捜すことは困難を極めた。そしてある時、アルジャンは偶然見かけたヴァンパイアにメディウムの事を聞かされた。その話によると、メディウムとは純潔の若い娘であることが絶対的な条件で、もともとメディウムでも、純潔でなくなった時点で、その力は失ってしまうと言う事だった。そしてそのヴァンパイアはこうも言った。
「もしメディウムを探したいなら、若い娘の血を吸っていくのが一番早いぜ? それに若い娘の血は他の何よりも旨いしな。まあ、お前さんには難しいかもな。だいたいそういうのはもっと高位のヴァンパイアがかっさらって行くからよ」
 もちろん、最初は躊躇った。自分がヴァンパイアになって苦しんでいることを、他の誰かにも経験させなくてはならない。そんなことはアルジャンには出来なかった。
 だが、メディウムは見つからず、焦りばかりが募る。しかもいつも動物の血しか口にしていなかったアルジャンについに体力の限界が来てしまう。
「だめだ・・・・・・こんな所で・・・・・・倒れるわけには・・・・・・いかないんだ。ジリッツァさんが・・・・・・・・・・・・僕の事を待ってるんだ!」
 初めて娘の血を吸ったのは山の中に有る小さな村だった。体力の限界が来ていたアルジャンは、もう理性を失いかけていた。
 理性は失いかけていたが、ヴァンパイアとしての能力は冴え渡るようで、若い娘の匂いには敏感になっていた。そしてアルジャンは初めて人間の血を吸った。そして、その人間の娘の血のあまりの美味さに、我を忘れ血を吸い尽くした。
 血を吸い終わった時、そこには干乾び、元の形が解らない程の娘の姿を見てアルジャンは後悔した。
「僕は……僕はとんでもない事を……」
 だが、アルジャンはそれから何度も何度も娘の血を吸っていく事になる。その度に後悔するのだが、一度味わってしまった娘の血の味は麻薬のような快感で、次へ、また次へと血を求めてしまう。そのうち、アルジャンはその行為自体には罪悪感を覚えはするが、しかしこれは自分とジリッツァを救うためには仕方のない事と、自分の中で都合のいい言い訳をするようになり。気が付いた時には幾多の人間の血を吸い、その度にヴァンパイアを増やすか、吸い尽くして殺してしまった。
 そして、初めて娘の血をすってから半年たつくらいにはもう、目的すらも曖昧にメディウムを求めるようになってきていた。ちょうどそれぐらいの時からだろう、アルジャンの意識が少しずつ薄れ、自らをヴァンパイアの貴族たる『ノーブル』と名乗るようになり、名前までもアルジャンをセリェブローと変えた。
 しかし、これはアルジャンの意志ではなかった。それはアルジャンをヴァンパイアにした者、そう自らをノーブルと名乗っていたヴァンパイアの意識が覚醒してきたのだ。そうなった時にはもうアルジャンの意識は時折目覚める程度で、ほとんどの時間はセリェブローの意識に支配されていた。そして、セリェブローにもうほとんど意識を奪われ、自らが無くなりつつあったその時、目の前に懐かしい顔がある。そう、ジリッツァが目の前に現れたのだ。しかし、アルジャンにはセリェブローの意識に勝てるほどの精神力はもうほとんど残されていなかった。そして、ジリッツァとセリェブローが戦っている姿を傍観者の立場で見ている事しかできなかった。
 そして、セリェブローが言った言葉に、ジリッツァ同様アルジャンも驚き、動揺した。
『まさか、ジリッツァさんがメディウム!? そんな馬鹿な……だったらジリッツァさんはヴァンパイアではないんじゃないか? いや、でも、あの目に、あの牙は間違いなくヴァンパイアの物。じゃあ、いったい何で……』
 目の前でジリッツァが追い詰められる。その映像を黙って見ている事しかできないアルジャン。
『考えるのは後だ! とにかく、このままじゃジリッツァさんが危ない。何とかしないと』
 自分の意志に反して、セリェブローに乗っ取られた身体はジリッツァの背後に立ち、その体を包み込むように抑える。
「本当に、こんな子供だましが通用するなんて。よくそれで今までハンターとして生きていましたね?」
 ジリッツァは身動きが取れない。しかし、何とかこの状況を抜け出そうと足掻くが、セリェブローは見た目以上の力でジリッツァの身体を抑え込む。
「外野も五月蝿くなってきましたから、そろそろ終わりにします」
 そして牙を立て、ジリッツァの首筋にその牙を立てようとしたその時。セリェブローの動きが止まる。
『ジリッツァさん! 聞こえますか? 僕ですアルジャンです。今のうちにその銃で心臓を撃ち抜いて下さい! そうは長く抑えていられません! 早く!』
アルジャン? しかし、そんな事をしたらアルジャンも?」
『そんな事言っている場合じゃありません! さあ早く!』
 アルジャンがセリェブローの意識を抑え込んでいるとはいえ、身体の総てを掌握している訳では無いようで、その身体は小刻みに震えている。アルジャンとセリェブローがその身体の中で戦っているのだろう。
『さあ、早く! もう本当に後少しだけしか……抑えて……』
「小僧! 邪魔をするな!」
 アルジャンの意識が薄れて行っているのだろう、セリェブローが声を荒げている。チャンスは今しかない。しかし、身体は包み込まれたまま動かす事は出来ない。唯一少しだけ動かせる左手に銃を持ちかえ、後ろに立つセリェブローの身体を撃ち抜くように照準を合わせる。それは自分の身体を撃ち抜き、そしてセリェブローの心臓も撃ち抜く。それでしか今のジリッツァにはセリェブローを撃つことは出来なかった。
「アルジャン……あたしと一緒に行ってくれるだろ?」
「何のつもりですか? そんな事あなたにでき……」
『はい、ジリッツァさん。ジリッツァさんと一緒なら』
 最後に優しく微笑むジリッツァとアルジャン。
「ああ……あの時のお父さんの言葉……今やっと意味が解ったよ。アルジャン。あたしはアルジャンの事好きだよ……」
 その言葉にアルジャンは少し微笑み返す。そして自分の心臓とセリェブローの心臓を撃ち抜く位置に銃口を押し当て、そして引き鉄に指を掛ける。
『お父さん。今からアルジャンと一緒に行くからね』
 心の中でそう呟くと、ジリッツァは一気に引き金に力を籠め、そこから打ち出される銀の弾丸は、ジリッツァの心臓を撃ち抜き、その威力をほとんど失わせる事なく、セリェブローの心臓も撃ち抜き、その弾丸は威力を弱める事なくそのまま飛び去る。そして、ジリッツァとセリェブロー、いや、もうアルジャンと言った方がいいのかもしれないその身体を青白い炎が包み、その身体を眩いほどの白い灰に変えてゆき。それは夜風に乗り、夜の闇の中に消えて行く。
 そして、その後にはジリッツァが使っていた銀細工の施されたリボルバーだけが、ただただその場所に残された。