一面草

 いつの頃からか道端でよく目にする植物が有った。それは幾重にも赤い花びらを重ねた、見た目にも可愛らしく、わざわざそれを引抜こうとする者などはいなかった。
 あまりにもよく眼にする花だったので、よほど植物に詳しい者でもない限りはそれが新種の植物だという事には気が付かない位、それはあちらこちら至る所に茂り、人々はその花を自然と受け入れていた。
 そしてその花の咲く所は一面その花が咲き誇り、他の植物の生える隙間が無くなってしまう事から、その花はいつしか『一面草』と言う名前で呼ばれるようになる。
 一面草はどんなに痩せた土地でも育ち、その名前の通り一面に花を咲かせる。そして、一面草は一年生植物で、春に開花し、それは秋まで枯れる事も無い。そして秋になるとタンポポの様なふわふわとした種を無数に飛び散らせ、その種を増やしていく。そしえその種はまた新しい土地を見つけ、そこに根を張る。それはどんな場所でも根を張る。乾いた灼熱地獄の様な砂漠、極寒の南極、時には海の真ん中でもその花を咲かせた。
 これほどの繁殖力と強さを持った植物は今までなく、植物学者達は一面草について研究するようになる。そしてある程度研究が進むと驚くべきことが次々と解ってきた。
 先ず一番最初に解った事は、一面草はどの植物の体系にも入る事のない全くの新種の植物であるという事。そもそも、この植物自体が地球上の植物なのか? そう言う疑問さえわいてくるほど全くどの植物にも当てはまらないのだ。
 それが解った時、世間は騒然となったが、それ程害の有る物ではないだろうと思われていた。
 しかし、そうではなかった。一面草の生息域はどんどんとその範囲を広げ、やがては世界中どこに行っても一面草が見られるようになってきたのだ。それは誰かが種を持ち込んだりと言う事も有ったが、それ以上に一面草自らが自分の種を風に乗って飛ばし、世界中に広がっていった。
 世界中に広がった一面草はやがてその強い生命力で他の総ての植物を駆逐しだした。これによって農業は深刻な問題を抱え始めた。そう、一面草の茂る所には他の植物が一切生える事が無いのだ。これに対抗する為に様々な農薬が作られ試された。最初の頃は一定の効果を上げていたが、それも少しするとその農薬自体に耐性を持った一面草がまたその場所に茂るようになる。そして、それに対してまた強い農薬を撒く……それの繰り返しで農薬はどんどんと強くなっていく。だが、それ以上に一面草はその農薬総てに耐性を備えていく。そして、もうこれ以上強い農薬を撒く事自体が不可能なほど強い農薬に一面草が耐性を持ったころ、農業は工場での生産に移行する事になる。最初はそれもなんとかうまくいっていた。水耕栽培を行い、土を一切工場の中に持ち込まない様にすれば、何とか栽培を行う事が出来た。
 しかし、一面草は水の中にでも種を忍ばせていた。その種の入った水が工場の中に紛れ込んでしまえば、すぐに一面草しか育たなくなり工場自体が使用不能になって行った。
 そうして深刻な食糧問題が発生する。そして、食糧問題だけではなく、一面草が増える事で新たな問題も浮上してきていた。そう、生態系の問題だ。一面草は他の植物を駆逐する事によって、その生態系を総て崩していったのである。今まで多様な植物がある事によって守られていた生態系は、総て崩れ去ろうとしていた。
 先ず被害に遭ったのは昆虫である。一面草は昆虫にとってはかなり有毒だ。もちろんこれは昆虫のみに止まらず、人間にも有害ではあったが、人間は一面草を食べる事は無かった。しかし、昆虫たちはそうもいかなかった。昆虫の中でも適応能力のずば抜けた昆虫、ゴキブリでさえも一面草の前に絶滅しそうになっていたのである。そして、昆虫が激減したことによって、それを捕食していたものもその姿を消しつつあった。
 しかし、被害はそれだけではなかった。
 研究者が過去に調べた資料では(もうこの時にはすでにまともに研究する機関もほとんどなかった)一面草が一番育つ環境は今よりも五度ほど気温が高い状態で育成する事が最も早く成長するという事だった。そして、気温が高くなることで、一面草は光合成によって酸素を生み出す事をせず、酸素を消費し二酸化炭素を吐き出すだけの植物になってしまう事が解っていた。
 そして、それを知らなかった人間たちは自分たちの土地を守るために、世界各地で一面草を焼き払いだしていた。それにより二酸化炭素は激増し、地球は一面草が増えやすい環境になるまで温暖化していった。
 もうその頃には人間は殆どその居住域を無くし、地上の一部や地下での生活を余儀なくされていたが、それもほんの数年の事だった。
 そして地球上が一面真っ赤になった頃地球上には一面草以外生きている物は無くなり、それを見届けるかのように一面草は一斉に枯れてしまう。
 これにより、地球のテラフォーミングは完成された……