silver bullet 5話

 クルクスの街に夜の闇が降りる。ジリッツァはベットから起き上がり、身支度を整え、最後に銀細工のリボルバーを手に取る。
『お父さん、今日も私を守って』
 そう願いを込めると、リボルバーに銀で出来た弾を込め、それをホルスターにしまい込む。部屋を出た所でバトラーに声をかけられる。
「よう、ジリッツァ今から行くのか?」
「ああ、もうそろそろ奴らの動き出す時間だからね。で、何か解った事は?」
 少し顎に手を当てて考えるバトラー。
「うーん……実はあんまり解ってない。どうも最近クルクスに来たばかりだという事と、若い娘しか狙わないということ以外は全くだ」
「そうか……まあいい。とにかくそいつに会えば解る事だ」
 ジリッツァはバトラーを置いて出ようとするが、そこでもう一度バトラーに呼び止められる。
「おいジリッツァ。今回の奴……本当にかなり手ごわいみたいだ。いくらお前のシルバーバレットでも少し苦戦するかもしれないぞ」
 バトラーの方を振返り、不敵な笑みをこぼす。
「あたしを誰だと思ってるんだい? あたしの放つシルバーバレットの前に、今までまともに立っていたヴァンパイアはいないよ。今回も、青白い炎に焼かれ灰になるだけさ」
「全く、お前さんのその自信は何処からくるのか……まあ、腕は確かだがな。とにかく、もしノーブルってやつなら相当手強いはずだ。危なくなったら逃げろ! いいな?」
 ジリッツァはバトラーに背中を向け、その言葉に軽く手を振って答え、フードを深くかぶると、そのまま宿の外に出て行く。
 夜の街は人気もなく、ほとんどの人は家にこもり、夜に出歩くのはハンター位しかいない。しかし、いくら家の中にこもっていても、ヴァンパイアは容赦なく襲ってくる。だから人々は家のあらゆる所に魔除けを置いてあるが、そんな物は高位のヴァンパイアにはほとんど効果が無く、家に入られたらもう防ぎようがなかった。そこで、ハンター達が夜の見回りを行い、なんとか安全が保たれてはいるが、それでも毎日のように被害者が出ている。そしてヴァンパイアに血を吸われた者はヴァンパイアになり、その新たなヴァンパイアがまたヴァンパイアを産むという悪循環ができている。
 静けさを漂わせる街を随分と長い時間一人歩くジリッツァ。まだ一人もヴァンパイアを眼にしていないし、気配も感じていない。
「今日は外れかな? もう少し回ったら帰るか……」
 そうぼやきながら、街の中を歩いて回る。その時、銃声が街の中に響き渡り、少し騒がしくなる。その音を聞いたジリッツァは音のした方向に駆け出す。
 ジリッツァが着いたときには、また街には静けさが戻り、その後にはハンターだった者達の亡骸ともいえないような無残な物が横たわる。そしてその奥に一人のヴァンパイア。
 ジリッツァはそのヴァンパイアを見たとき、戦慄が走る。そう、なぜならそのヴァンパイアはアルジャンだったのだ。
「アルジャン……どうしてここに?」
 声をかけられたヴァンパイアは振り向く。
「ほう……まだハンターが残っていましたか。まあ、あなた一人では私には勝てません。今日は少し疲れました。見逃してあげます。立ち去りなさい」
 ジリッツァはフードを下ろし、顔を見えるようにする。
「アルジャン、あなたなんでしょ? あたしよ! ジリッツァよ」
 少し顔をしかめてジリッツァを見るセリェブロー。
「はて? あなたは……お仲間のようですが? なぜ人間の味方なぞ? それに私はアルジャンと言う名前ではなく、セリェブロー。お間違えなきよう」
 惚けているのか? それとも本当に別人なのか? ジリッツァには全く解らなかった。しかし、あの顔は間違いなくアルジャン。なぜそんな嘘をつくのか? ジリッツァには全く解らなかった。
「ねえアルジャン! あたしのこと忘れたの? ずっと一緒にいたじゃない! お父さんの仇を討って、人間に戻ろうって言ったじゃない!」
 少し考え込むようなセリェブロー。そして、何かを納得したようにジリッツアに話しかける。
「ああ、もしかしてあなたはあの時の娘ですか? そうですか、それならこの身体の持ち主の事を知っていてもおかしくないですね。なるほど解りました」
 ジリッツァには、アルジャンの言っている事の意味が解らなかった。
「アルジャン? 何を言っているの?」
「ああ、これは失礼。 この身体の持ち主……名前は忘れましたが、そうですかアルジャンと言うのですね。彼はもういません。今はノーブルたる私セリェブローがこの身体を使っています」
「な!? そんな馬鹿な! お前! アルジャンに何をした?」
「私は何もしていません。これはすべて彼が望んだ事」
「ばかな! アルジャンがそんな事を……」
 ジリッツアの言葉を遮るセリェブロー。
「いえ、これは彼が望んだ事です。彼は、メディウムを探すため、若い娘の血を求め、たくさんの娘の血を吸ってきました。そのうちに、私の意識が覚醒していき、今はもうほとんどこの身体は私が支配しています」
 怒りに震えるジリッツァ。その手は腰に掛かったリボルバーに手をかける。
「おやおや、私に銃を向けるのですか? いくらお仲間でもおいたが過ぎるようですね……仕方ありません。同族同士で争いたくはないんですが……」
 セリェブローが動くのが早いか、ジリッツァが銃を抜くのが早いか、ほぼ同じタイミングで二人は動く。ジリッツァはセリェブローに照準を合わせ、リボルバーの引き金を弾く。その弾丸は確実にセリェブローの心臓めがけて飛ぶが、セリェブローはそれを難なくかわす。そして、一瞬の間にジリッツァに近寄る。しかしジリッツァはその動きを読み切り、近寄ったセリェブローに隠し持っている銀のナイフで切りつけるが、残像を残すほどの速さでそれを躱すセリェブロー。しかし、躱した先にジリッツァは銃弾を撃ち込む。それをぎりぎりの所でかわすが、セリェブローの身体を少しかすめる。
 弾丸がかすった所から青白い炎が少し上がるが、それはすぐに消え、傷口はすぐに再生されていく。その弾丸を受けたセリェブローは少し離れた家の屋根の上に立ち、ジリッツァに話しかける。
「あなたの弾……シルバーバレットですか。久しぶりですその弾を使う相手と戦うのは。もっとも、前にシルバーバレットを使っていた者も、私の前に倒れましたがね」
 屋根の上を見上げ、それに照準を合わせるジリッツァ。
「じゃあ、今日はお前が倒れる番だな。あんたはあたしには勝てないよ」
 鼻で笑うセリェブロー。
「元人間のヴァンパイアごときが、ノーブルである私に敵うとでも?」
 不敵な笑みを浮かべるセリェブロー。
「良いでしょう。今度は貴女のそのメディウムの血すべて吸い尽くしてあげましょう」
「!? い、今なんと言った?」
 セリェブローの言葉にジリッツァは動きが止まる。それを面白そうにも不思議なものを見るようにも取れる目で見るセリェブロー。
「その感じだと貴女は自分の事を知らなかったようですね。では教えてあげましょう。貴女はメディウムの血を受けついでいます。そう、アルジャンと呼ばれたこの身体が探していた血をね」
 その言葉はジリッツァには衝撃だった。狼狽え、セリェブローに向けていた銃口の照準が少しぶれる。セリェブローはその隙を見逃さず、一気にジリッツァに近寄る。それに気がついたジリッツァは慌てて照準をセリェブローに戻し、弾丸を放つがもうその時にはその場所にはセリェブローはおらず、ジリッツァはセリェブローを見失う。
「しまった! あたしとしたことが!」
 辺りを見渡すが、セリェブローは見当たらない。しかし、確実にセリェブローは近くにいる事は確かだ。ヴァンパイアとしてのジリッツァが同族が近くにいる事を教えてくれている。
『クッ、どこだ? やつはどこだ?』
 その時、背後に気配を感じる。
 振り向いて照準を合わせると、そこにはバトラーの姿。
「お、おいジリッツァ勘弁してくれよ!」
「バトラー!? どうしてここに?」
「お前さんの銃声を聞いて駆けつけたんだよ! 全く、俺に銃口を向けるとは、よっぽど追い詰められてるのか?」
 バトラーの姿に少し気を緩め、バトラーに背を向ける。
「バトラー、こいつはお前が言ってたように手強い。下がっていた方がいい!」
 バトラーにそう言って、またあたりを警戒するジリッツァ。しかしセリェブローの姿は見えない。だが、確実にジリッツァに近付いて来ているのはわかる。
 いつの間にかバトラーはジリッツァの背後に立ち、ジリッツァに話しかける。
「こんな子供騙しが通用するなんて失望しましたよ。外野が五月蝿くなる前に終わらせてしまいましょう」
「な!?」