silver bullet 2話

 五年前……

「おいアルジャン! お前、飯はまだできないのか? 全く早くしろ!」
「す、すいません親方。今できますから」
 怒鳴りつけられる一人の青年。見事なほどの銀髪に、スラリとした細い手足、そして吸い込まれるそうなほど蒼く澄んだ瞳。その姿はなよなよとしていて、とても男のようには思えない。
「親方、出来ました」
 今できたばかりのご飯を親方に手渡すアルジャン。それを一口食べ、親方は勢いよく吐き出す。
「て、てめー! 塩と砂糖間違えただろう! もうお前なんかいらん! 出てけ!」
 激怒る親方を宥める一人の少女。
「もうお父さん! いつもアルジャンをそんなに怒鳴りつけたらかわいそうでしょ! アルジャン、気にしなくてもいいからね」
 アルジャンにやさしく声を掛ける少女、ジリッツァにアルジャンはあたまを掻きながら礼を言う。
「いえ、でも僕が間違えたんだし……」
「まったくだ! 本当にもったいない事しやがって! 今度やったら本当に追い出すからな! わかったな? もういい、仕事だ、仕事!」
「は、はい親方! あ、ジリッツァさんありがとうございます!」
 ぺこりと頭を下げて親方について行くアルジャン。それを見送るジリッツァ。
「まったく、あの二人は仲がいいのか悪いのか……」
 ジリッツァはそう言うと自身も家の中に戻る。
 
「ところでアルジャンよ、お前俺ん所に来てもうどれくらいになる?」
 突然親方に話し掛けられるアルジャン。
「えーと……」
 指を折ながら数えるアルジャン。
「今が十六で……僕が十二の時に来たんで、もう五年になりますかね?」
 少し呆れたようにため息をつく親方。
「お前な、もう五年も俺と一緒に仕事してて、まだそんなもんか? 出来るやつならもうそろそろ独り立ちしててもおかしくないぞ? まったく……そんなんじゃジリッツァを安心して預ける事も出来やしね……」
 最後の方はアルジャンには聞き取れなかったが、自分の技量が全然足りていないことにアルジャンは自分でも解っており、素直に頭を下げる。
「すいません親方……」
「もういい、とにかく早く一人前になって、お前も独立しろ! ほら、それがわかったら、この木材あそこまで運んで、カンナ掛けとけ!」
 親方はそう言うとまた建てかけの家の中に戻っていく。
 
 一日の作業を終わらせる声が親方から聞こえる。
「おいアルジャン。そろそろ上がるぞ」
 木材にカンナを掛けながら、アルジャンは返事する。
「あ、はい親方」
 アルジャンのかけたカンナ屑を拾い、親方は少し頷く。
「アルジャン、お前少しは出来るようになったな」
 親方の言葉にアルジャンは嬉しくなり、深く礼をする。
「ありがとうございます親方!」
「よし、片付けて帰るぞ」
「はい!」
 テキパキと道具を方付け、アルジャンと親方は家路につく。
 家に帰るとジリッツァが声を掛けてくる。
「お帰りアルジャン。お疲れ様」
「ありがとうございますジリッツァさん」
「おいおい、お前自分の父親には挨拶なしか?」
「あら、父さんもいたの?」
「全く……」
「まあ、そんな事はどうでも良いじゃない。さあ、ご飯出来てるわよ」
 三人は食卓につき、夕食を食べる。そして一足先に夕食を食べ終わるアルジャン。
「ご馳走さでした」
 そう言うとアルジャンは道具を手入れするため、納屋に行く。それを見計らったかのように、親方がジリッツァに話しかける。
「なあジリッツァ。アルジャンの事どう思う?」
 食器を片付けながらジリッツァは返事をする。
「どうって?」
 少しどぎまぎしながら答える親方。
「いや……その……なんだ……あれだ、あれ、お前アルジャンの事好きか?」
 ニッコリと笑って答えるジリッツァ。
「うん、あたしアルジャンの事好きよ。真面目だし、優しいし。そりゃ、まだ仕事はちゃんと出来ないかもしれないけど、いつか一人前になって大きく成長するんじゃない? そしたら誰かと結婚でもしてここから出て行くんでしょうね~。 ほんと、なんだか弟みたいな感じよ」
 親方は意図した事と違う答えが来て少したじろぐ。
「いや……そう言う事じゃなくてだな……」
「何が?」
「あー、もういい! 風呂だ、風呂!」
 そう言って親方は風呂場に向かう。
「変な父さん」
 そう言いながらも食器を片付け終わり、薬缶に水を入れお湯を沸かしお茶の用意をする。そしてお湯をポットに入れお茶を煎れる。ポットから紅茶の香りが立ち上り、ポットの中の紅茶を二つのカップに入れ、それを持ってアルジャンのいる納屋に向かう。
「アルジャン、お疲れ様。お茶入ったわよ」
 そう言ってアルジャンにカップを手渡す。
「あ、ありがとうございますジリッツァさん」
 それを受け取り、紅茶を一口すする。
「お父さん道具の使い方荒いでしょ?」
 ジリッツァも紅茶をすする。
「いえ、とんでもない! 親方は凄く大事に道具を使われています。僕が手入れをするまでも無いくらいです!」
 そう言って手入れした道具を見せるアルジャン。
「ふーん、そうなんだ」
 そう言ってまた紅茶をすする。二人の間に少しの沈黙が降りるが、その静寂に耐えきらないようにジリッツァが声を上げる。
「さて、私もお風呂入ってもう寝ようかな。アルジャンも早く寝なさいよ!」
「はい、もう終わるんでこれが終わったら寝ます。あ、お茶ありがとうございます」
 それに手をひらひらと振り答えるジリッツァ。
 ほどなくして道具の手入れを終わらせ、一つ大きく伸びをして立ち上がるアルジャン。
「さて、僕もそろそろ寝ようかな」
 アルジャンはそう言うと自分の部屋に戻り、ベットに倒れ込む。そして今日親方に誉められたことを思い出し、少し口元を緩ませながら眠りに落ちていった。

 それは突然の事だった、夜中に親方の怒鳴り声が聞こえる。その声で眼を覚ましたアルジャン。ベットから跳ね起き、声のする方に駆け出す。
「親方!? どうしたんですか?」
「アルジャン!? 来るな! ジリッツアを連れて逃げろ! ヴァンパイアだ!」
「ヴァ、ヴァンパイア!?」
「早く、ここは俺が何とかくい止める! ジリッツァを連れて逃げろ!」
「でも……」
「いいから! アルジャン……ジリッツァの事、頼んだぞ!」
 親方はそう言って、ヴァンパイアに立ち向かうが、全く歯が立たず、ヴァンパイアに手をかざされ煙のように消えていく。
「お、親方! くっ! ジリッツァさん逃げましょう! もう親方は……」
 ジリッツァは放心状態のまま、今まで親方のいた場所を見つめる。
「ジリッツァさん! さあ、早く!」
 無理やり手を引っ張るが、ジリッツァはその場所から動こうともしない。そしてヴァンパイアはジリッツァに迫る。
「ジリッツァさん! 早く!」
 放心状態のジリッツァの前に立つヴァンパイア、今にもジリッツァの血を吸いだそうとしているが、少し眼を細めるヴァンパイア。
「おやおや、この娘……面白い。まさかこんな所で出会うとはな……その血、頂くとしようか」
 その時、ヴァンパイアに手近にあった物で殴りかかるアルジャン。ヴァンパイアの銀髪の頭に直撃するが、まるで効いていないかのようにそのままジリッツァに手を伸ばすが、そこの間に滑り込むように入るアルジャン。そして、アルジャンはジリッツァの代わりに血を吸われてしまう。
「小僧、私に血を吸わせるとは……まあいい。ノーブルたる私の主義には反するが……それもまたよかろう」
 血を吸われたアルジャンは、その傷口が焼けるように激しく痛み、もがき苦しむ。その姿を見てようやく、ジリッツァは正気に戻るが、そこにはもうヴァンパイアの牙が迫る。
 そして、アルジャンが最後に見た物は、ジリッツァがヴァンパイアに唇を奪われるのかのような仕草を無抵抗なままの状態のジリッツァだった。