はずれた道にて

だから私は言ったんだ
それは本当にあなたが進む道なのかと

あの時、私は絶望していた
自分の能力の欠如に
自分の計画の甘さに
自分の覚悟の不在に

いや、絶望していることに気がつく間も無く
言い訳を始めていた

そうして、
今できることで
最大に心を躍らせる事柄に
身を投じた

私はそこで何者かが問う声を
聞いた
それは逃避ではないのかと

語りかける能面

心躍る方へ進むことは
決して逃避ではないと
その声を振り切った
それまで抱いてきた目標を
手放すことになるとは知らずに

そうして
辿り着いたのが
あの島だった

新天地にて全てのものが
ビビッドに輝いて見えた
私はこの新しい旅の始まりを
祝福していた
この旅路も
先に掲げた目標の通過点になるのだと
肯定していた

脳は活発に働いていた
移動手段を手に入れ
宿泊場所を確保し
仕事にあり就いた

いつ間にか
私には緑の根っこが
こびりついていた
言い訳が生んだ間隙を
埋めるように

能面には罅が入った

弱みを目指して進むその根に
私は酒を浴びせ
孤独を費やし
さらに成長させた

そこには過去の私はもういない

そうして、見つけたのだ
過去の私では到達しえなかった秘境を

冒険であり逃避
調和であり破壊
再生であり叱咤

そこで見つけたものを
私は元いた場所に持ち帰ろうとした

その旅路は長かった
過去の私がいなくなった今
元いた場所を探すのは難儀であった

戻ったと思った時
そこには元いた場所はなかった
元いた場所もまた変わっていた

持ち帰ったものは結合しなかった

私は暗闇の中を彷徨った

過去の自分の姿は失われ
今の自分の姿を捉える人間は
元いた場所には存在しなかった

持ち帰ったものは
元いた場所では
価値の無いものとされた

新しく見つけたものを
大事に持ち帰る道中で
私は先に掲げた目標を
手放してしまっていた

過去を手放し
今を規定されなくなった私には
何も残されていないように思われた

弱みに棲み着いた根が
脳を萎縮させていた

暗闇の中で
私は見た
仄かに立ち現れては消える
過去の記憶の断片
あの旅の記憶
その前の私の無意識に潜んでいた
幼い時分の記憶

それらは折り重なって
一匹の見窄らしい
オオカミの
像を
結んだ

そのオオカミは
大きくて柔らかい
仄かに光る黄色い手に
手綱を引かれていた

蜘蛛の糸のような
か細い手綱を頼りに
私は生き長らえていた

もう一度
目標を掲げるのに
ずいぶん時間を要した

心身の回復
最優先事項

次いで、言語体系の回復
元いた場所の言語を取り戻す作業

それから、今あるものを数える作業
物質にしろ非物質にしろ
数えて書き表した

リズムを整え
インプットとアウトプットを繰り返した

覚悟を決めた
計画を練った
能力を測った

精進した

オオカミの像は形を変えていった

今の私にあるのは
仄かに光る緑色の円錐と
世界と繋がるための抽象機械と
まだ逆光でよく見えない鳳凰の置物

か細い手綱は繋がれたまま
私は進む

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