見出し画像

【辻政信氏の調査考察】2024.4.1『亜細亜の共感』読解

辻氏が東亜連盟の理想実現に
意欲を燃やすようになるまでの道のりには、
中国人を見直すような機会と、
日本人に失望するような機会があったようです。

故国から唾棄され、敵国から礼を尽くされた上官

林連隊長の死から視野を狭くした辻氏に、
中国人への敵意を考え直すきっかけを与えたのは、
空閑少佐という方だったそうです。

空閑クガ少佐は、私の少尉時代に仕えた中隊長である。
初陣では隣の大隊長となられ、直接の指揮は受けなかったが、
葉隠武士道に鍛はれた面影が、戦場の行動にも十分現はれていた。

空閑大隊は二月二十三日の夜、
江湾鎮西端を夜襲すべき連隊命令を受け、
少佐は自ら大隊の先頭に立って前進中、
優勢な敵を三方に受けて、遂に目的を達成し得ず、
孤軍重囲の中に傷つき、
壕底に人事不省に横たわっていた所を、
出撃して来た敵の為に遂に生け捕られたのである。
俘虜を、この上なき恥辱と訓えられた少佐が、
奇しくも身先づこの悲運に遭われた。

林連隊長が死を急がれた原因の一にも、
確かに空閑少佐の不幸があったらしい。
紛々たる非難の中に、戦い終わって、
敵の司令部から上海に送還された同少佐から、
「一目会いたい。」という連絡があった。

情誼に厚いこの人が、今は万人から唾棄されている中に、
昔の部下を呼んで最後の苦衷を伝えんとされるのであろうか。
上海紡績工場社宅の二階の一室に、変わり果てた少佐を訪ねた。

「僕の気持ちを君だけは分かってくれるだろう。
 同期生の誰れ彼から自殺せよと奨めてくるが、
 死を怖れる僕と思っているのだろうか。
 部隊の戦闘詳報を、戦死した部下の功績調査を終わるまでは、
 どんなに苦しくても死ねないよ。

 死に優る苦痛を忍んでいる僕の心も判らず、
 色々罵倒しているんだね………。
 しかし、君、一寸考えねばならぬことがあるよ。
 中国軍が、日本人の僕に対して、何一つ無礼を加えないで、
 こうして帰したことは…殊に、甘少佐という若い将校が、
 俘虜の僕に、心から親切を尽くしてくれたよ……」
さも感慨深そうに語られる。

泌泌しみじみ考えざるを得なかった。
人一倍気性の烈しい空閑少佐が、
敵の陣営で自ら命を絶つ方法は幾らでもあった筈だ。

然るに敢えて生きて帰られたのは、
勿論部下の功績調査と、戦闘詳報の整理の事もあったろうが、
一面に於いて、興奮をなだめられた手厚い看護の結果とも見える。
胸部に受けた貫通銃創が、
完全に治っているのが何よりの証拠であろう。

「待てよ!これは一つ考えてみなければならぬわい。
 中国人の中にも、案外優しい心の人があるものだ。
 敵とばかり、眥を決して戦う事のみが、
 日華の運命ではないかも知れぬぞ…」

鬼のような心の中に、
一点の光をともしてくれた最初の動機は、
死を前にした空閑少佐の含みある言葉であった。

ここでは、
武人としての恥辱と責務との葛藤に苛まれている上官への惻隠と、
そんな彼に無神経なことばをかける日本の衆人、
対して、彼が責務を全うできるよう手厚い看護をした見知らぬ中国人
のことが言及されています。

また、この頃には
中国大陸で邦人のゴロツキを取り締まることもあったようです。

初陣出兵の目的は、
「上海居留民の生命と財産とを保護する」ことであった。

……
「担架の上で呻吟している間に、眼鏡と拳銃とが、何者かに盗まれている。
 まだ生きている負傷者から財布を抜き、屍のポケットを探すものがいる。」

戦場からの後送は大部分居留民義勇隊の奉仕であった。
中国人が一名も加わっていない当時の状況から見ると、
之等の悪行は遺憾ながら、同胞の手で行われたものと見なければならぬ。
度々病院を見舞ううちに、麻雀やトランプや、菓子類を
肩に担いで出入りする邦人があった。
調べてみると、傷ついた将兵に市価の三倍以上の値段で売りつけている。
その現場をつきとめ、襟髪を掴んで、病院裏の畑の中に曳摺って行った。
「戦死者の屍体から盗んだのも貴様だろう。英霊に代わって斬ってやる。」
と、刀を振り上げたら、腰を抜かしてしまった。
刀背で、首筋を二、三回撫で回して放してやった。

十万の居留民の全部が悪いのでは勿論ない。
否、半ば以上は正業に従事する良民であったろう。
併し、少なからぬゴロツキが、国威を借り、軍威を笠にきて、
中国人を圧迫し、掠奪し、暴行していた事は蔽うべくもない。
こんなゴロツキ共を保護する為に、
可愛い部下十二名を殺したとしたら、
どうして遺族の人達に会わす顔があろうか。

排日の動機には、
勿論中国人の民族意識が大きな因をなしているだろうが、
少なからぬ責任が、日本のゴロツキ共にある事を認めねばならぬ。
捉えた泥棒が我が子であった時、怒りは火のように燃え上がった。
海外に発展した日本の歴史は先ず、ゴロツキが、
次いで売春婦が、次いで工業家が出かけて根を張って来た。
此の根源を粛正しない限り、どんなに武力で押えても、
排日の火の手は収まらないだろう。
責任の大きな部分が、我に在る事を否認することは出来なかった。
自分がもし中国人であったら、
もっと、もっと激しい排日をやったであろう。

若い辻氏の心中では、
日本という、自分を取り巻く環境への失望と不信が
澱のように積み重なっていったのかもしれません。


知る・学ぶ・会いにいく・対話する・実際を観る・体感する すべての経験を買うためのお金がほしい。 私のフィルターを通した世界を表現することで還元します。