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涙腺 7 『ビデオレターの功罪』

海が見える景色の良い披露宴会場

会場のモニターにビデオレターが映し出された。

花嫁の父 増井タケオは脳シチリス(架空の病)で 一昨年亡くなった。愛娘みゆきの結婚式には列席できないだろうと考え 生前 ビデオレターを遺していた。その映像が みゆきの晴の舞台で流された。「結婚 おめでとう。一緒にバージンロードを歩きたかったんだけど...  みゆきが子供の頃 よく2人で結婚式の真似事をやったもんなぁ。見ることは叶わなかったけど みゆきのウェディングドレス姿は 世界で1番綺麗なんだろうな」とタケオはにこやかに話した。

症状が落ち着いていた事や比較的痛みが少ないと言われている脳シチリスを患っていた事 そして なによりタケオの明るい性格がビデオレターを悲壮感のない物にしていた。「桑原くんが初めて挨拶に来た時は 私の大事な娘を奪いに来やがってと殺意めいたものまでよぎってしまった。しかし 彼を知るうちに 大事な娘を任せられるだけの素晴らしい青年だと悟りました。桑原くん みゆきを頼んだぞ」と花嫁の父らしい言葉を投げかけた。続けて タケオは「なぁ カメラマンさん みゆきの結婚相手が 桑原くんじゃない場合もあるかもしれないから もう一本 新郎の名前を伏せたバージョンの映像を取っておくか?」と冗談も交えながら 撮影を担当してくれたカメラマンにも話しかけていた。

長年 営業職で一流を走ってきただけの事はあった。トークの軽妙さもさることながら 着ていた服 身につけていた腕時計など どれも一流品ばかりだった。タケオの振舞いや言動で 会場にいる参加者は一瞬でビデオレターにのめり込んだ。

そして 父親からの最後の贈り物として (みゆきが幼少の頃)2人でよく歌った   中島みゆきの『糸』をピアノを弾きながら熱唱したのである。プロ顔負けの実力。そして ピアノが置かれていたダイニングルームも成功者を表すのには十分過ぎであった。みゆきも涙ながら 映像の父親に合わせ 『糸』を口ずさんでいた。

式場内は親娘の絆と愛情で溢れて 参加者全員 涙し 最高の時間を共有していた ... ただ一人 オキノマコトを除いては...

「なんなんだよ。桑原の親父やお袋さんにだって2人の物語があるんだよ。これじゃ増井家の独演会だよ。惨めじゃねぇか」と心中穏やかでいられなかった。

【続く】

『人の死』を茶化すつもりは毛頭ないです。人の立ち位置によって 善悪が違うように 『ビデオレターを流していない側は これをどう捉えているのだろうか』という疑問から始まった作品です
(今まで投稿した)作品が全体的に長いので  『前半・後半 or 三部作』などに分けて 投稿して行きます。出来る限り頻繁に投稿していきますので (お時間ある時にでも)目を通して頂けたら幸いです。


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