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久米正雄 の微苦笑忌

【微苦笑忌】

3/1 goodmorning

3月1日は、#久米正雄 の微苦笑忌。「微苦笑」は、微笑と苦笑を合わせた久米正雄の造語。片側の唇の端を少しあげながら笑う姿が想像される。素直じゃない男子に似合う言葉だな。しかし、うまいこと言うな(笑)

「*微苦笑芸術(1924)〈久米正雄〉小序「微苦笑と云ふのは、私の成語で、微かな苦笑と云ふ意味ではない。微笑にして同時に苦笑であるの謂である」

久米正雄がどの程度この言葉を使っていたかはわからないが、新思潮派の仲間である芥川龍之介は、あちこちで使っている模様。

早起きしたのに、久米正雄と漱石の娘 夏目筆子の恋、 のちの筆子の夫となる 松岡護との関係、筆子の結婚をめぐる母 夏目鏡子の老獪ぶりを読んでるうちに、こんな時間(笑)

私は読書量が圧倒的に少ないので、久米正雄って名前は知っていても読んでないなぁ。芥川龍之介の久米正雄の解説を読んでも難解(笑)

■久米正雄氏の事(青空文庫)

芥川龍之介

 久米は官能の鋭敏な田舎者です。

 書くものばかりじゃありません。実生活上の趣味でも田舎者らしい所は沢山あります。それでいて官能だけは、好い加減な都会人より遥に鋭敏に出来上っています。嘘だと思ったら、久米の作品を読んでごらんなさい。色彩とか空気とか云うものは、如何にも鮮明に如何にも清新に描けています。この点だけ切り離して云えば、現在の文壇で幾人も久米の右へ出るものはないでしょう。

 勿論田舎者らしい所にも、善い点がないと云うのではありません。いや、寧ろ久米のフォルトたる一面は、そこにあるとさえ云われるでしょう。素朴な抒情味などは、完くこの田舎者から出ているのです。

 序にもう一つ制限を加えましょうか。それは久米が田舎者でも唯の田舎者ではないと云う事です。尤もこれはじゃ何だと云われると少し困りますが、まあ久米の田舎者の中には、道楽者ダンディの素質が多分にあるとでも云って置きましょう。そこから久米の作品の中にあるヴォラプテュアスな所が生れて来るのです。そんな点で多少のクラデルなんぞを想起させる所もありますが、勿論全体としては別段似てもいません。

 こう云う特質に冷淡な人は、久米の作品を読んでも、一向面白くないでしょう。しかしこの特質は、決してそこいらにありふれているものではありません。久米正雄は、――依然として久米正雄です。

久米正雄
https://ja.m.wikipedia.org/.../%E4%B9%85%E7%B1%B3%E6%AD...

松岡護
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E8%AD%B2


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