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『自由通りの午後』の頃

 東京移住を果たした1970年には、渋谷区並木橋の加藤君のマンションに居候をしながら、彼のアルバムづくりの詞を書く暮らしが始まった。
 そして加藤君がメインの司会を務めた、東京12チャンネルの“歌うフォークタウン”のサブ司会者を、当時人気の女優榊原ルミさんと共に務めるなど、京都でのデザイナー暮らしとは、全く異なる世界での毎日となったのだった。
 やがて加藤君がミカさんとそろそろ結婚するというので、僕も目黒区の自由通り界隈にアパートを見つけ、独り暮らしを始めることになった。
 東京に出てくるときには片手にケースに入れた12弦ギター、片手に着替えなどを詰めた小さなトランクという、いかにも気楽ないでたちだった。トランクの中には母が縫ってくれた、久留米絣の着物も入っていて、ひところはそれに剣道袴、高下駄といういでたちで、東京を漫歩したものだった。

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 東京に暮らすにはまず歴史ある街から知ろうと、浅草や神田、上野界隈に良く出かけた。浅草では『暮れ六つ』という居酒屋が大好きになり、また神田のアンコウ鍋の『いせ源』や『松屋』の蕎麦に、東京ならではの味覚の世界を知ることとなった
 下町育ちの友達に誘われて出かけた、夏祭りの素敵な世界にも見せられ、今でも機会を見つけては祭り見物に出かける。

 独立した暮らしを始めるにはと、母が新しい寝具を用意してくれ、大切にしていたルネ・マグリッドやポール・デルボーの画集、ロベール・ドアノーや土門拳の写真集などを布団や毛布とともに布団袋に詰め、京都駅から渋谷駅へと、国鉄チッキで送り出した。今の時代のように宅急便もない時代には、そんな方法しかなかったのである。
 渋谷の、今タワーレコードのビルがあるあたりに、国鉄の貨物駅があり、そこで荷物を受け取って、タクシーで自由通リのアパートに運び込み、新しい生活が始まった。

 フリーランス生活はなかなか厳しいから、一日の支出を500円と決め、100円玉五個を小さな紙袋に入れ、日めくりのように壁に貼って使うことにしていた。
 もっともなかなか理想通りには事が運ばなかったが、当時は一日500円で最低限の暮らしができたのである。
 自由が丘駅前のビルにホットドックの店があって、確か50円くらいでホットドックを食べることができ、よく昼時に食べたものだ。

 駒沢競技場にも近いそのアパートの近くには、昔ながらのビリヤード場や、笑顔で迎えてくれる夫婦の営むスナックバーもあり、気ままな独り暮らしも楽しく思える半面、京都に残してきた母や、恋人にも会えない淋しさもあった。

 案外緑も多い近所を散策し、また自由が丘に出て東横線の電車に乗り、中目黒で日比谷線に乗り換え、六本木にあった“anan”編集部に顔を出した。
 その頃“anan”で『アーサーのブティック』という、エッセイの連載をさせてもらっていたからだ。
 きっと今の僕からは想像もつかないだろうが、その頃はまだロマンティックな気分でいっぱいの、20代の若者だったのである。

 そんな気分で書いた詞が、東京で出会った新しい友達の田中唯士君の作曲で『自由通りの午後』という素敵な歌となった。
今はS-KENという呼び名で知られるようになった音楽プロデューサーの田中君にとっても、この曲がデビュー曲だったと思う。
 すっかり忘れてしまっていたが、この曲は1971にポーランドの音楽祭の、日本代表曲として抜擢され大きな評価を得ることとなったのだった。
 そしてこの歌を、なんとその年の紅白歌合戦で、アイ・ジョージさんが歌うという、予想もしなかった展開となったのだった。
 それを一番喜んでくれたのは、やはり母だった。小さなモノクロテレビの画面に、息子の名前を見つけた母の歓ぶ姿が目に浮かぶ。
 父を亡くした後、懸命に働いて、僕を公立の美術高校に通わせてくれ、いろいろとわがままを許してくれた母への、それはせめてものささやかな親孝行になったのだと思う。


 ポップスと呼ばれる音楽は、時代に消費されて消えていくものだと思っていたのだが、この『自由通リの午後』を2004年にレコーディングしてくれていた人がいた。
  “野本かりあ”さんという、モデルでもある女性がその人。歌詞のなかの僕というところを、私と置き換えて歌ってくれているが、素敵な歌声なので、歌が生き生きとして聞こえる。
 おそらくはこの人をプロデュースしした誰かが、この曲を覚えていてくれたに違いない。ありがたいことだ。

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絣の着物と父の形見の角帯、そして南蛮人のモチーフの矢立。

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画像4 2016年に、日本のパイプつくりの第一人者の柘さんに浅草の三社祭見物に誘っていただいた日のスナップ。
いきなりの天狗の登場に町は盛り上がり、また若い祭り好きの女性たちがかつぐ、神輿が迫力だった。
今年の三社祭はどうなってしまうのだろうか?​



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