落合南長崎

 わたしの今住んでいるのは落合南長崎と言って、名前だけではどこにあるのか全く想像のつかない街だ。もう住み始めてから1年ほど経つ。地理的には新宿区と豊島区の境目にあたる。なかなかに辺鄙な街で、有名なもので言うとトキワ荘がある。
漫画の聖地と言われている場所で、手塚治虫先生や藤子不二雄先生や赤塚不二夫先生など日本の漫画を代表するような巨匠が大勢住んでいた木造アパートだ。
今はトキワ荘ミュージアムという建物があって博物館になっている。

 あくまでわたし個人としての所感なのだが、落合南長崎という街は向上心の低い飲食店が多い。そこが好きなのだ。ネットの情報を頼りに店まで行くと、すでに営業が終了しているなんてことがざらにある。誰も来ないから閉めちゃった、なんて一言で片付けられたりする。それくらいで良いのだ。
わたし自身向上心の欠片もない人間で、ちゃんとした飲食店で飯を食うと心が疲れてしまう。産地にこだわりを持った店主や本場フランスで修行してきたシェフの経営する店では、自分なんかに飯を食う権利など無いというような被害者意識が芽生える。
お客様は神様だと言わんばかりにあくせく働く腰の低い店員さんを横目に飯を食うのが申し訳ないと言う気持ちもある。
内装なんてかれこれ50年は変えてませんよ、椅子は立て付けが悪くてガタガタしてるけど我慢して座ってくださいね。という雰囲気のところで飯を食うのが性に合っている。いつ行っても日替わり定食のメニューは変わっていない、毎回チキンカツ。むしろそこが良い。そういうところでわたしは飯が食いたいのだ。

 そんなお気に入りのお店が家の近辺にはいくつかあって、またそこでチキンカツを食べ、お会計をしようと立ち上がるとお店の方がテレビで見ましたよ、と声をかけてくれた。
何度も来てくれてますよね、今まで気がつかずにすみません、良かったらサインをくれませんか。
どうやら読書芸人を見てくれたらしい。渡された色紙に店名とサインと日付を書いてお返しすると、店主は赤塚不二夫先生の色紙の右横のスペースにわたしの色紙を置いた。

ニシダが赤塚不二夫先生の隣な訳がない、いくらなんでも店主の意識が低すぎる。
向上心のある店ならニシダにサインは貰わない、貰ったとしても客の見えるところには飾らないだろう。
でもおそらくそういう無頓着さ故にその店が好きなのだ。次に行く時、まだニシダのサインの位置が変わっていなかったら、こっそり移動させようと思っている。それくらいの隙がある店主、そんな人柄もたまらなく好きなのだ。

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