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せめて人間らしく(後編)

スマスロの大量導入でメダル機はだいぶ肩身が狭くなってきている。「昔は台から直接メダルが出てきてたんだよな。」なんて話をする時代がいつの日かやってくるのだろうか。大量出玉を得たものだけが許されるカチ盛り、下皿から払い出される心地よいメダルの音…そんな文化がなくなってしまうのは少しだけ悲しい。今日はそんなメダルに纏わる話。

※この物語はあくまでもフィクションです。

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当時の機種はコイン単価が低く、ツモれさえすれば何万もお金が入るようなことはほぼなかった。ただこの日は設定6にたどり着くまでに大量投資、たどり着いてからも持ち玉がなかなか出来ず夕方まで現金投資を強いられていた。

「メダル買い取らない?」

この機会を待っていたかのように近づいてきた主任にこう耳打ちされる。

「外の物置に廃棄する古いメダルが何万枚もあるんだよ。車に置いておいて持ち込んで使っちゃえばいいじゃん。」

それは悪魔の囁きだった。

「まぁ今日の今日は流石に無理だし欲しくなったら電話してよ。」

主任は防犯カメラを一瞥してから携帯番号が書かれた紙を俺のポケットに押し込んだ。


結局、この日は大負け。帰りの車の中で昼間の主任とのやり取りを思い返す。

現金投資してる時さりげなく持ち込んだメダルを混ぜて使えば簡単に勝てるよな…主任はこっちの味方だし店長は防犯カメラなんてまともに見てないだろ。

でも長年お世話になってる店だし犯罪行為に手を染めてまで勝ちたいのか?心の中で葛藤した。


翌日、狙いが大きく外された。今までだったら絶対入らない場所に設定6が入れられていた。当然たどり着ける訳もなくボロ負け。そこから一週間一度も設定6にたどり着けずただひたすらに負けた。

そして自分の中で何かが切れた。そんな汚い入れ方するならこっちもやってやんよ。ポケットの中でくしゃくしゃになった紙に書かれた番号に電話をかける。

「あーもしもし、かけてくると思ったよ!最近ボロ負けしてたもんな笑 ゴミ袋一袋分で3万でどう?たぶん2万枚ぐらい入ってると思う。」


最初は1日100枚ぐらい持ち込んだメダルを使って目立たないようにやっていた。しかし日に日に現金より持ち込みメダルを使う比率がどんどん上がっていく。一度超えちゃいけないラインを超えるとそこからは早かった。一ヶ月ほどでゴミ袋いっぱいだったメダルは底をつく。

しかしその頃には不思議と設定が入るクセが今まで通りに戻っていて持ち込みメダルがある分当然収支は上がっていた。

設定のクセも戻ったしこれ以上メダル買い取るのはやめて普通に打とう。そう心に決めた。


それから数日後、いつものように打っていると珍しく店長が事務所から降りて来る姿が見えた。普段あまり表情のない店長が今日はあからさまに元気がない。

「ごめん、今月末で閉店することになった。他の客には閉店前日に告知するけど、お前はずっと来てくれてたし先に伝えておくわ。まだ社員しか知らないから知らないフリしててな。」

一瞬で青ざめた。「 え、なんで?」と喉から出かかったが理由は聞かなくても自分が一番分かっていた。一般客はほとんどいない、ヤ●ザとデリヘル嬢の溜まり場だし、専業の俺が甘い蜜をただひたすら吸い尽くしていた。チェーン店ではない個人経営店は現金がサンドに入らなければ経営など立ち行くはずなどなかった。

「俺のせ…」

「まぁお前みたいなプロがいなければもう少し長く続けられたかもなぁ、ごめんな笑 こんな廃れた店を今まで盛り上げてくれてありがとう。」

俺が何を言うのか分かっていたかのように言葉を被せられた。きっと俺がメダルを持ち込んでたことも知っていただろう。それなのに一言も俺を責めることもなく目を赤くしながら俺に頭を下げた。


店長に一言も謝罪出来ないまま静かに店は閉店した。謝ったところで今さら何かが変わるわけもないし、ただただ自分が楽になりたかっただけなのかもしれない。

あとに聞いた話だが店長はこの業界から離れ、他の社員は本社が経営している別業種の仕事に配属されたらしい。

そして俺にメダルを売った主任はというと、行方不明になったとのこと。主任は他にも色々な悪さを働いていたらしい。彼が自ら身を隠したのか消されたのか…これ以上は怖くて聞けなかった。なぜあのとき店長は警察やヤ●ザに俺を突き出さなかったのか今でも不思議で仕方がない。

過去を清算出来なかった亡霊は今日もレバーを叩く。

※この物語はあくまでもフィクションです。

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