嗚呼、愛しの闘魚らよ

 あの日自分は仕事を終えた後、祖母に頼まれケーキ屋でロールケーキを買いにとあるショッピングモールへと足を運んでいた。その際「せっかく来たのだし少し寄って行くか」と、当時勤めていた元職場である総合ペットショップにも赴いたのである。
 出入り口に備え付けられたアルコールで手を消毒し検温を済ませ、滑らかに自身が担当していたアクアコーナーへと向かう。
 ──嗚呼、そこに! そのコーナーの一角に在る魚に! あろうことか自分は一目惚れをしてしまった
 小さなガラスケースに満たされたブラックウォーターの中で、可愛いサイズの胸びれを羽ばたかせながらこちらの様子を伺う闘魚。一般的に「ベタ」と呼ばれる彼と目が合った瞬間、一時の迷いもなく「連れて帰ろう」と思ってしまった。
 いや、いや。以前にも自分はベタを飼育した経験があるし、いつかまた共に暮らしたいと考えてはいたのだが──しかしこんな、一目惚れだなんてあまりに無計画な衝動に駆られる自分に驚きを隠せなくて。内心大変動揺しつつも、落ち着いた声色で店員に声をかけ、しずしずとこう告げる。

この子売約します

 そうして、その日は家に帰り日頃からお世話になってやまないAmazonにて飼育用品を注文した。ペットショップで買わなかったのは単にネットの方が安い上に品揃えが豊富だからである。安さではネットに敵わないことを、当時働いていた自分は知り得ている。
 次の日に届いた用品を自室に運んで、せっせとセッティングをした。以下が購入した飼育用品とトータルの金額である。ベタをお迎えしたいと考えている方は、参考程度に見ていただけるとこれ幸い。

・(水槽とフィルター)GEX グラステリア300 6点セット フィルター付
 ¥2600
・(バックスクリーン)AQ-60 バックスクリーン 黒600
 ¥793
・(フェイクグリーン)水作 ベタのおやすみリーフ
 ¥282
・(LEDライト)seisso 水槽照明 LEDライト
 ¥1954
・(サーモスタット付きヒーター)GEX AQUA HEATER NEW セーフカバー ヒートナビ120
 ¥2755
・(カルキ抜き)GEX コロラインオフ 500cc
 ¥356
・(ベタ専用フード)hikariベタ アドバンス 5g
 ¥257
・(水温計)Tetra デジタル水温計 ブラック BD-1
 ¥515
・(ブラックウォーター用)マジックリーフ ちぎりタイプ
 ¥1180
・(フレアリング用)DAISO コンパクトミラー
 ¥110
・(水槽周りのコンセントをまとめる用)DAISO 複数口延長コード
 ¥440
・(水流を弱める用)フィルター用マット
¥165

=¥11407

 ここにプラスでベタ本人の値段が加算される。熱帯魚導入時の値段としては比較的安価なので、熱帯魚初心者の入門種として彼らの名が上がる理由もわかる気がする。
 余談だが、バックスクリーンは黒色を選択したせいで鏡のように反射してしまい、ベタが興奮して壁に向かって延々威嚇行動を取っていたため一日足らずでゴミ箱行きとなった。儚い命だった。


 売約してから三日後、自分は終始挙動不審なまま帰宅した。周りからは不審者に見られていたことだろう。
 家に帰るや否や即座に自室に戻り、セッティングされブラックウォーターで中が満たされた水槽に生体が入った袋を浮かべてやる。

温度合わせ中。可愛い。

 この行動をアクアリストは「温度合わせ」と呼んでいる。袋の中の水温と、水槽内の水温を一定にするために行われる作業を指す。この作業を怠ることは、生体に死をもたらすことと同意義と捉えてもらって構わない。それくらい温度合わせは大切なのである。

 水槽内部は27.3~27.8度を往復する水温に対して、恐らくショップでの水温は25度前後。その上帰宅するまでに1時間以上はかかっている為、25度よりも下がっている可能性がある。最低2度以上の差がある状態で水槽に投入すると間違いなく生体に負荷がかかるので、最低1時間は袋に入ったまま浮かせてしっかり温度合わせを行った。
 その後は袋をあけ、内部の水を多少捨てて水槽内の水を入れて30分ほど放置する「水合わせ」を行う。ベタに関してはそこまで神経質にこの作業を行う必要はないと思うが、自分は結構神経質なため計四回水合わせをした。その最中ベタ本人は大変元気そうに餌くれダンスをこちらにしていた。人間の心配など露知らずといった様子である。可愛い。

 水合わせが完了し、とうとうベタ本人が水槽内に解き放たれる。彼は初めて会った時にも感じたが非常に好奇心旺盛で怖いもの知らずな性格なようで、水槽に入ってすぐ馴染んだ様子だった。
 先代のベタ(クラウンテール♂のブラックオーキッド、名をマオ)は穏やかかつ少し臆病で、水槽に導入した後はゆっくりしていたため少し面食らってしまった。

命名:ボンボン

 彼はプラカットハーフムーンといわれる品種で、他の種類よりもよく泳ぐ。単純に安くなっていた(25cm水槽と余り変わらない値段で販売されていた)から30cmの水槽を購入したが、結果として彼がのびのび泳げるので良かったかもしれない。

ヒレが美しすぎる……

 我が家に来て三日目になるが、すっかり馴染んだ様子で、自分が部屋に帰るとすぐさま水槽の前面に来ては餌をねだって体をくねらせている。食事を提供する人間の顔を覚えるのが早すぎる。
 ちなみにボンボンという名前は、ボディカラーがギャラクシーと呼ばれるカラーに似ている→外国語で星という意味の名前にしようと模索するがしっくりこない→金平糖は星に似ているなとひらめく→お菓子類の中から飴を外国語で検索する→ボンボンにたどり着く、といった連想ゲームで決定した。
 先代のマオは魔王からとって付けた名なので関連性もクソもないが、ボンボンはボンボンという名前が一番しっくりくる気がするのでこれでいいのだ。


 あれこれ書いたが言いたいことはひとつ。ベタは良いぞ。何か動物をお迎えしたいと考えている方には、自分はぜひともベタをオススメしたい。
 同じカラーリングの個体は存在しないし、スペースを取らないし、飼い主の顔を覚えてちょっかいをかけてくるので愛らしいし、見た目もきらびやかで美しい。電気代もさほどかからない。ただ飼育費用と水槽内の水換え、餌やりをケチらなければ、個体差はあるが寿命尽きるその時まで傍にいられるような魚だ。
 種類も豊富で一般的に知られるトラディショナルからスーパーデルタ、クラウンテール、ハーフムーンにプラカットにダンボ、ダブルテールやワイルドと見ているだけでも癒される。
 少しでも気になった方は一度画像検索してみてほしい。ベタ沼はとても深い。ベタは……いいぞ。

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