MMO経験とFF14を通して考える運営とプレイヤーの関係

前回、黄金のレガシーがリリースされて賛否どちらの意見も噴き出る中、2.5で始め6.5で止めた人間がなんで止めたのかなという理由にあたる不満点をつらつら書き出しました。

その後も黄金のレガシーをやって引退された方の記事とか不満の記事、いわゆるネガ記事などを見ていまだかつてこんな状態になったことあったかなぁと思い見ています。
自分は7.0どころか6.8で「もういいか」と思い止めた者なので黄金のレガシーの実情はわかりませんが、FF14の全プレイヤーが等しく通るメインストーリーとグラフィックで賛否別れるのはすごいことになったなと思っています。
バトルバランスも7.05でなんかすごい調整してるようで、わ…って思いながら眺めています。

とはいえ引退や否寄り記事を見ても自分と他の方では賛同できるところとできないところもあります。
たとえばバトル、難しくなった、IDのギミックがミスを誘発させ不愉快などは自分にとっては賛です。自分は常にバトルコンテンツには緊張があるべきだと思っています。自分自身がその結果コンテンツに振り落とされても練習すればいいと思っています。だから自分は多人数ゲームであるにも関わらずコンサポのようなシステムを搭載したことは嫌いですし、プレイで怒られるのが怖いという意見は理解に苦しみます。(協調性のないヤバい奴を肯定するつもりはないです)

言い出すとキリがないですが、否の意見を持つ人の中でも当然、項目分けをすればこれはいい、これはだめいろいろあると思います。
気持ちがげんなりしてる時に、自分と同じ意見かと思いきや3割はわかるが7割は違うだろうと思うものを見ると更に心が滅入ります。
自分は、変な邪推を初めて工作活動を疑い出したりなんか市民活動染みた抗議活動始めたりとか、やたら語気が強い人とか、もはや反転しすぎてかつて言われて嫌だったことを言っているような人は賛同できること言っていてもNOです。
事実に加えて肩書をつけるなどして信用を付与する人はうさんくさいので苦手です、ネットの世界では等しくただのユーザーだと思いますので…。
そうやって考えているうちに否に転じたユーザー間にも断裂は生じるんだよな、と今更ながら思い当たりました。そうならないようにどうするか、常に共通の敵を置いておくべきです。

ということで本題です。自分はインターネット老人会に属するものでネットゲーム歴は25年を回りました。しかしながら最初のころにやったネットゲームの時代はネット歴も浅くあまり闇深い部分を見ていません。
順調に歳を重ね自分が物心ついて始めたのがラグナロクオンラインです。

ラグナロクオンラインは当時のネットゲームの中では群を抜いて可愛いグラフィックで日本のユーザーも大変多いゲームでした。その反面ラグが酷く、デスペナで経験値が没収されるため3時間の経験値が一瞬のラグでパーに…レアアイテムを目の前の敵が落としたのにラグで拾えず死亡とかザラに聞く時代です。ガンホーが運営担当後からも特に変わらず当時の2chやしたらばでは鯖が落ちる度に罵詈雑言でした。
韓国運営時代から緊急メンテやラグが酷ければ外部の掲示板どころかゲーム内チャットでも運営を皮肉ったりしていました。
自分の見ていた場が荒んでた…のかもしれませんが、ネットゲームどころかインターネット自体がまだまだ敷居が高く情報を集めるために見ているところは大体そんな感じでした。

そして同時期にはFF11もサービスが始まっています。自分はFF11のサービス全盛時はやっていませんが、オンラインゲーム初心者の方も多く、文化が根付く前の牧歌的な心温まる話も聞く反面、いわゆるネ実などでの手厳しい話も多く聞きました。そもそものFF11のゲームバランスなどもあったりするのですが…やはり好き放題言い放題なのです。
FF14の一番最初の14時間生放送だったか、初期のPLLだったか…11のコアメンバーも経験されている方が「顔を出すのは避けたいと思っていた」と言っていたという話があったと思いますがそれも当然な気持ちになるくらいひどかった。
とにかく当時のネットユーザーは直球の口の悪さがあった気がします。
直球と言うのがミソで、これはゲームに限らずですが今と昔で不満(正当な物理不尽なもの問わず)の言い方が変わったように思います。

さてFF14はそのコミュニティの健全さと誠実さもよく言われます。
とにかくプレイヤーのみんなが優しい!運営の人が丁寧に配信で説明してくれる!アットホーム!そんな感じでしょうか
前回書いた記事で漆黒までは手放しで楽しんでいたと書きましたが、コミュニティについてもやはり自分は漆黒から、慣れあいがキツいと違和感を覚え始めました。
「メジャーにいったミュージシャンにインディーズのころは良かったと難癖をつける厄介古参」になっただけだと思いつつ、節々から「面白いことをやっている自分達すげぇ俺達最高」みたいなものがプレイヤーからも運営からも滲み出ているように思うようになりました。
果たして健全な関係だったのか?と言われると自分はやはり違っていたのではないかなと思っています
友達か何かと勘違いして行き過ぎた信頼は盲目的な信仰に代わり、信者と揶揄され賛以外は認めない空気を作りました。そして思っていたものと違っていれば目が覚めたと誇り、反転アンチ化して呪詛を延々と吐き始める。
違和感を覚えて徐々にモチベを落としつつも、辞めても最新パッチの情報も追ってる自分が言うのもなんですが極端すぎませんか?
確かに拡張発売から1月ほぼダンマリなのは異例かと思いますが、別に義務ではないのでそれも運営の方針というならそれまでです。
プレイヤーにできることはほとんどなくて愛想の尽きたゲームからは去るしかないのです。クレーマーになることではないです、カスタマーをやめることです。それでも好きと嫌いの割合のバランスを見てまだやる意欲があれば遊べばいいんではないでしょうか。

時代は変わりました。インターネットは本当に身近なものになり昔では考えられない層がインターネットを見るようになりました。かつてプレイヤー間で身内ネタとして言っていたような運営への悪口はカスハラや誹謗中傷と取られるように整備されつつあります。社会は褒めたりポジティブにいう事を奨励するようになったと思います。
ですがそれで提供者と顧客が慣れ合うようになり、不平不満が封殺されるようになるのは違うはずです。
顧客として提供者に対し違うものは違うといつも言える関係であることが必要なのではないでしょうか。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?