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『六区』 第七章

今週はギリ間に合うか!?
で、駆け込み投稿です。体調が絶不調なもんで全く頭が回っておりません。風邪をみくびっておりました。結局考えた末、やっつけ仕事になる位なら、書き直しても意味はないだろうと思い、当初のままで終えようと思っています。
自分が評する立場で読めば、ツッコミどころ満載ですが、辻褄を合わせようとして、逆に説明的な世界になる位なら、あえて読後はもう読者さまの想像の世界にお任せしよう、未熟で奔放なままラストまで突っ走りたいと思います。
次回で最終章かな、と思いますんで、今週もお時間許す限り、楽しんでいただけたらな、と思います。いつもより短めです。


誰も近くにはいないようだった。四人は船から降りて、板で作られた通りを歩き、更に少し進んだ家屋まで移動する。
『誰か、いますか?』
 明威が大きな声で尋ねてみた。人の気配が全くなかったが、家自体は新しく奇麗に手入れされている印象だった。花が飾ってあったりもした。
『変な集落だな』
「すごく華やかなのに、静かで、落ち着かない」
 店も沢山あった。レストランや雑貨屋、生鮮食品の店、漢方専門店など。しかし、どの店もシャッターが閉まっていた。水上家屋同士を板の通りでつないで、ひとつの町のような造りになっていた。その板の上を歩いて、あちこちを見るが、やはり一人も人と出会う事がなかった。
『どうしたんだろう? ここだけ記念日か何かで全員家に引っ込んでるのか?』
明威が苛々した調子で言いつつ、ドアを叩いてみた。
『すみません、ちょっとお伺いしたいのですが』
 でも誰も出てくる様子はなかった。
『ここの人達は全員どこかへ引っ越したとか』
 ラシータが明威に話しかけた。
『そんな極端な話があるか!』
『でも、確かに誰もいないのは変よね』
「ちょっと待って! 洗濯物が干してある!」
 家の横にロープで結んだだけの簡易なものだったが、シャツやタオルなど生活感漂うものが干されていた。そこの家のドアを叩いてみる。
「こんにちは、誰かいませんか?」
 しばらく待ってみたが、誰も出て来なかった。
『まるで神隠しにでもあったみたいだね』
 ラシータが呟いた。
「ここの住人全員にとって重要な何かがあって、皆船に乗って出掛けたのかな」
『そういえば、ここの移動用の船を一隻も見なかったわよね』
『佑の予想が当たっている可能性が高いかもな。じゃあ、どうする? 人がいないんじゃ話にならない』
 明威は腰に手を当て、体を伸ばした。
「ラシータは念のため、ここに来たという印を残しておいた方がいいよ。例えば、手紙とかさ。エス先生もここにいないとは限らないし」
『そうだね。でもどこに?』
『最初見たあの目立つ建物の所がいいんじゃない? 皆が集まるような場所かもしれないし』
 確かにあの立派な建物はここの集落のシンボルと言ってもいい位に一番目立つ建物だった。四人はその建物まで戻った。近くで見ると、ドアの周りの彫刻は龍やユニコーンなど空想上の動物をモチーフにして作られている見事なものだった。ドアを試しに押すと、鍵はかかっていなくて開いた。中は赤い壁に囲まれた空間だった。奥に祭壇があって、天井にはやはり渦巻き型の線香がいくつもかかっていた。煙が立ち込めていて、目に沁みる。
『ここは、天后廟だ』
 ラシータは素早く祭壇まで進んだ。三人が後に続く。
『佑ちゃん!』
 ラシータは手招きした。佑が近づくと、ラシータが『あれ、見て』と指差した先には何と天河石が祀られていた。吸い寄せられるように祭壇の前までくると、そうっと手を伸ばして、天河石を取った。
「これは、俺の天河石だ」
『やっぱりそうだよね。でも、なんでここにあるんだろう? 無くしたのは“火道”だったのに。探しても見つからない訳だ』
 アーシャが言うには、誰かが持っていってしまった、と言っていた。佑は天河石を握りしめた。
『その石、神の石よね。盗っちゃだめなんじゃない』
追いついた翠怡が間に割って入る。
『元々は佑ちゃんがずっと大事に持っていた石なんだ。間違いない』
『でも』
『なんで佑の石がここにあるんだ?』
 明威も怪訝な顔つきで聞いた。
『分からないんだ。僕達も』

「これ、持っていってもいいよね」
 佑はポケットに入れて、立ち去ろうとしたその時、更に奥から人が出てきた。四人はその人物に釘付けになった。

『エス先生!』
 一番先に声を出したのは翠怡だった。
『何でここにいるんですか? 家まで行ったんですよ』
 しかし、エスは答えなかった。代わりにラシータが前に出る。
『エス、僕が誰か分かるかい』
 エスはただ呆然と宙を見ているようだった。
『ここまで来て、迷惑だったかな。君を捜すつもりはなかったんだけど、佑と旅をしている内に君の事を思い出して、もう一度だけ会いたいと思ったんだ。君はもう会いたくなかったかもしれないけれど』
 エスは何も言わず、ラシータの次の言葉を待っているようだった。
『何も言いたくなかったら言わなくてもいい。ひとつだけ聞きたい事がある。“月圓”は君にとっては抜け出したい場所だったのかな』
 終始無言だった。視線は少し下の方に落ちている。肯定しているようにも否定しているようにも見える眼差しだった。
 そこへもうひとり現われた。“火道”で別れたアーシャだ。
「アーシャ!」
 佑が驚いて名前を呼ぶと、アーシャは微笑んだ。
『佑さん、無事、“水郷”まで来られたんですね。良かった』
「君はどうして、ここへ? エス先生もなんでここにいるの?」
『私は常に天后廟にいます。ここの天后廟と“火道”の天后廟は外見も中身も少々変わって見えるかもしれないけれど、同じだと思って頂いて大丈夫です。正しくは二つの天后廟が奇麗に重なっている状態なのです』
『意味が分からない説明だな』
 明威も理解が出来ないという感じで腕を組みながら、口を挟んだ。
『ここは、“水郷”であって、“水郷”ではない場所、言うなれば、治外法権的な場所なのです。“金湖城”で禊を経て、“火道”での修行を終え、最終的に“水郷”でそれを生かして献身的に生きる事で成長し、更に上を目指すのです。私はそのお世話をするような役割です。エス、彼女も更に上に行く事を望んだのです。そして上に認められ、ここまで来ました。ここは上へ行く為の準備をする場所なのです』
「ここは、人が誰もいないようだけど……」
『選ばれた人がここで暮らしています。但し、それ以外の人には姿は見えないようになっています。つまりそれ以外の人とはコミュニケーションを取る事が出来ないのです。彼女はまだここに来たばっかりなので、皆さんにも見えたり見えなかったりの不安定な状態なのです』
 アーシャはそう言うと、エスの方を見た。
『私も彼女とは直接話をする事が出来ません。ただ、導くだけです』

「じゃあ、僕らの声もエス先生には聞こえていないって事?」
『聞こえています。でも反応する事はありません。心はもう上に向かっていて、個人的な感情や思いなどは表面に出ないからです』
 佑はラシータを見た。固く唇を噛んで、エスの方を見ている。
「彼女の旦那さんがここにいるんだよ。それももう長い事会っていなかったんだ。何とか話をする事は出来ないの?」
 アーシャはしばらく考えた。
『話は出来ませんが、思いを汲み取る事は出来ると思います』
 アーシャはエスの顔を見た。エスは微動だにしなかった。その表情は軽く微笑んでいるように見えない事もないが、基本的には無の表情だった。アーシャは表情を読み取るのではなく、心の奥でも覗いているのだろうか。しばらく沈黙を保っていたが、突如口を開いた。
『彼女はずっと神の御側に行きたかったのです。“月圓”に不満があったから出た訳ではないようです。何度も帰りたいと思ったようです。でも自分を戒めてここまできました。娘さんを置いていくのも身を切られる程辛かったようです。旦那様を信頼していたので、娘さんの行く末は心配する必要はない、と自分に言い聞かせていたようです。今久しぶりに旦那様の姿を見る事が出来てとても喜んでいます』
 ラシータは肩を震わせていた。エスはラシータの方を見る事はなかった。ラシータも項垂れていて、もうエスを見る事はなかった。二人の間の誤解は解けたのだが、もう二度と言葉を交わす事も目も合わす事もないのだと思うと、佑はいたたまれなかった。後ほんの少し早くラシータが“水郷”に来ていたら、きちんと話が出来たのに、と残念に思った。

『あの恒例のピックアップと関係があるのですよね』
 翠怡がアーシャに訊ねた。
『最終的には本人の希望です。まず、招待状が来ます。そしてここに来て意志確認をして、本人が了承したら、ピックアップ完了です』
「それは断る事も出来るの?」
 佑が質問した。
『勿論断る事も出来ます。でも、“水郷”にいる人で断る人はいないみたいですよ。皆、向上心を持ってここにいますから。ただ、必ず呼ばれるかというとそうでもなくて、多くの人はここで普通に一生を過ごします。一生と言うか、ほぼ永遠に近いですよね。時間の概念がありませんから』
「怖いね、疲れそうだな。ところでアーシャはいつこの仕事に就いたの?」
『疲れは感じません。佑さん、私は十年位は天后廟で修行しました。それでやっとここに来る事が出来て、この仕事を始めてからも随分経ちます。でもここは時間の概念がないので、長さを例える事は出来ないのです』

 十年だって? 佑はぞっとした。そんな事があるだろうか。どんなに丼勘定でもここへ来て数カ月しか経ってないはずだ。時間の概念がないにしても、アーシャと離れてから十年も経っただなんてにわかには信じられない。それとも個人によって、時間の流れが違うのだろうか。急に不安になってきた。このおかしな世界に来て、全体でどの位経ったのだろうか。

『帰ろう。これ以上ここにいたって仕方がない。先に行ってるから』
 と言って明威が出て行った。
『そうね』
 翠怡も続いた。ラシータはアーシャに訊ねた。
『僕がピックアップの対象になれば、エスとまた話す事は出来ますよね』
『そうですね。お互いに話し合いたいと思えば可能だと思います』
 ラシータも出て行った。佑も続こうとしたが、アーシャが佑の前に手を差し出した。
『佑さん、天河石を置いて行って下さい』
「これ、俺の石だよ。アーシャが盗ったんだよ、忘れたの?」
 佑が苛々しながら言うと、アーシャが頭を振った。
『天河石は、祭壇に戻りたいと言っています』
 佑は信じられないと言った面持ちで、アーシャを振り切って、外へ出た。すると、明威が船を停めた辺りで騒いでいた。何事かと佑は全速力でそこまで走った。板の道が軽く揺れ、ギシギシと軋む音を立てた。普通の道じゃないので余り早く走れなかったが、後ろを見ても、アーシャは追いかけて来なかったので、ほっとした。

『船がない!』
 明威が慌てふためいている。乗ってきた船が無くなっていた。
「どういう事?」
『分かんねーよ! しっかり括りつけたから流される訳はないし、誰かが乗って行ったとしか思えないな』
「でも誰が乗るんだよ。ここにいるのは解脱したような人しかいないんだろ?」
 そう言いながら佑は、ここに入ったら最後、もう出られないようなエリアだったらどうしよう、と思った。その思いつきが余りに恐ろしくて口に出せなかった。

『船が出せないんだったら、ここにいるしかないわよね。さっきのアーシャって人と佑は親しいんでしょ、船の事相談出来ないかしら』
 佑は頭を振った。
「親しくなんかないよ。“火道”で少しの間一緒だっただけだ。この天河石、元々は彼女に盗まれたし、さっきも自分の物のように返せって迫られたんだ」
 ラシータが口を挟んだ。
『僕はずっと佑ちゃんと旅してきたけど、この石は本当に最初から佑ちゃんが持っていた石だよ。それは僕が証明するよ』
『天河石か。“土鳳山”にいた頃なら俺も欲しかったけど、今は全く興味ないな。大体そんなものに興味持っているような欲深な奴がここにいる事自体信じられない』
『本当ね。アーシャって人、やっぱり変かも。だって、ここはピックアップされた人達が見えない状態で住んでるのよね、それを普通の人がひとり紛れているっていうのはおかしいし、世話役だとしてもひとりだけって事はないでしょう。もっとレベルが高い存在って言うのなら、私達に姿が見える訳もないし』
『そう考えていくと、あの女が言う事も真実かどうか分からないぜ』
 明威が大きく息を吐いた。
『僕はエスの事があるから信じたい気持ちもあるけれど』
「ラシータ、実はただ捕まっているだけだったらどうする? エスは反応出来ない状態に無理矢理させられているとしたら。あの気持ちを汲み取った話も全部嘘だったら」
『そんな奴が“水郷”にいると思ったら、怖すぎるな』
明威が口を挟んだ。ラシータは少し考えてから話した。
『でも、娘がいるって事や“月圓”出身という話も辻褄が合っていたんだよね』
「そうだとしても、この石に関する言動を考えると、不信感しかないんだ、俺は」

『まあ、こうやってここで話していても埒が明かねーから、どこかで休む所でも探すか? 幸い、誰もいないんだし。いたとしても、存在が見えないんだったら一緒だろ?』
 四人はしぶしぶ、来た道を戻った。
『でもなんで、アーシャって人は、天河石が大事なのに、佑を追いかけて来なかったの? 今もまださっきの天后廟にいるのかしら』
『何食わぬ顔して、俺達の船をどこかへやったのもあの女の仲間だったりして』
『船がないと帰れないから慌てて追いかける必要もないって事じゃない? なんか掌の上で踊らされているような気持ちになるね』
 四人はどんどん疑心暗鬼になっていった。幾つかの家を見て回ったが、全く人の気配がなかった。しかし、どの家も鍵はしっかりと掛かっていた。ノックしても誰も出てこない。更に板の道を歩いていくと、公園のような空間があった。すべり台とシーソーがあって、ベンチが二つだけある小規模の子供の遊び場だ。
『子どもなんて、いるのかしら』
 アーシャの言う上に行く前の準備をするエリアだとしたら、一体何の為にこんな公園があるのか理解出来なかった。
「ここで休ませてもらうしかないな。建物はどこも閉まっているし」
 四人はベンチに座った。
『エスが心配だ』
 ラシータが呟くように言った。
『本当に彼女が望んだ事ならいいんだけど』
 翠怡がラシータの気持ちを代弁するように続けた。
『船もないし、どうしたらいいんだろう』
「ここの集落にだってコンピューターがあると思うから、借りて、救助を要請したらどうだろう?」
『でも、誰もいない』
 明威は辺りを見回す。
「皆、ここで休んでて。ひとりでざっと様子を見てくるから」
 佑がベンチから立ち上がった。ラシータもすかさず立ち上がったのを佑は制した。
『一緒に行かなくて大丈夫?』
「ひとりの方が目立たないし。すぐ戻って来るよ」
『気をつけてね』
 佑は手を振った。

つづく

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