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『六区』 第三章

今日も雨模様で、ちょっと肌寒い。
春は出会いと別れの季節で感傷的になるけれど
新たな挑戦をまた始めよう。
とりあえずは一歩踏み出して、昨日の自分よりは良くなっていますように。
今週も『六区』を宜しくお願いします。


土鳳山(TO FUNG SHAN)

  ラシータが待ちかねたように石で出来た椅子から立ち上がった。リュックのようなものを背負っていた。佑は持たされた当分の食糧の袋を肩に掛けていた。
  ラシータの後を佑がついて行く。石の道がしばらく続いた後、山に入る道まで来た。そこには道標が立ててある。ここから“土鳳山”になり、中心の鳳村まで十キロメートル。
「遠い…」
『そうかな? まあ、山道だから、結構大変かもね。気を引き締めて行こう』
 ラシータはウィンクすると、軽やかに山道を進んだ。それでなくても夜だか朝だか分らない暗さは続いていたので、佑は少々気が進まない。登りがしばらく続いて、すぐに息が切れた。ラシータは本当に歳なのかと思う程、疲れが見えない。
「しんどくないの?」
 佑が声をかけると、振り返ってにっこり笑った。その姿を見て、溜息が出た。
 空を見上げると、月が雲に隠れようとしていた。ますます暗闇が深くなってきた。
  ラシータの後ろ姿だけを頼りに歩いた。目を凝らして、必死でついて行く。熊笹のような植物が足元に生えていて、かさこそと足に纏わりつく。静かな山道の中、葉の擦れる音だけが響く。時々、鳥だか何だかの動物の鳴き声が聞こえては、ハッとする。
『佑ちゃん、大丈夫?』
「何とか」
『ちょっと休憩する?』
 少し広くなった山道に出て、ラシータが足を止めた時だった。近くで物音がした。音が近づいてくるように感じられて止まった。突然の大きな声が頭上に落ちてきて、二人共思わず息を呑んだ。
『お前達、何者だ?』
暗くてはっきりとは見えないが、マタギのような格好をした男が立っていた。ラシータが答える。
『僕らは“月圓”から来た。人を捜しているんだ。君は?』
 男はそれには答えず黙ったまま、長い髪をぐしゃぐしゃと掻き上げる。そして、足先で土に何かを書いた。ラシータと佑は地面を見る。矢印のようなマークだ。男の方へ向かう、→のマーク。
「鳳村から来たんだね?」
 佑が口を挟む。
『そうだ。お前達は鳳村へ向かうのか? 場所は分かるのか?』
 芝居でも始めるのかと思う位の男の、腹の底から出す声に圧倒されつつ、佑がポケットから地図を出して見せる。そこには“月圓”に隣合うように“土鳳山”がある。それを覗きこんだ男は大声で笑った。
『この地図はいつの地図だ? 鳳村は、正確な場所が把握出来ないようになっている。つまり、不定期に動くんだよ』
 ラシータと佑は耳を疑った。
「動く?」
 男は咳払いを一つしてから、改まった声を出した。
『“土鳳山”の中心だからさ。だから俺が時々こうやって、道を作らないと、孤立してしまうのさ。外から攻められる時は最高の防御壁にはなるけれどね』
「じゃあ、さっき見た道標の鳳村まで十キロっていうのは当てにならないの?」
『そうだな。今日は実質五キロ位かな。良かったら、案内するよ。ところで、俺の名前は力(れい)と言うんだ』
 男は、足先で土の上に力と漢字で記した。
『僕はラシータ、そしてこちらが佑ちゃん』
「ちゃんは、いらないよ」
 佑は力の真似をして、同じように漢字を土の上に書いてみた。
『佑…それで、ゆう、と読むのか』
『日本語だとね』
ラシータが説明のように付け加えた後、力が自分で記した矢印のマークを足でトントンと叩いてから、身を翻して、歩き始めた。
 十メートル程進むと、ぐるりと地面が回るような感覚がした。一瞬、佑は体のバランスを崩して倒れそうになるが、何とか持ちこたえた。力は全く動じず前に進む。果たして、それが前なのか後ろなのかは定かではない。それから先も何度か同じ事が起こる。これでは、確かに場所が分からない。

 ようやく辿りついた時、ピラミッドのような建物が幾つも並んだ街が見えた。建物のひとつひとつに小さな灯が傍にあり、そこだけがぼうっとオレンジ色に輝いていた。

『ここが、鳳村だ』
 力が言いながらどんどんと歩いて行く。どこも同じような建物に見えたが、力は脇目も振らず前に進む。佑とラシータは置いて行かれないように、着いていく。
 しばらく歩いて、ようやく目的の建物に到着したようだった。
『俺の家だ』
 力がドアに足を掛けると、ドアは外れて前にパタンと倒れた。そのまま入っていく。
『おい、帰ったぞ。客も連れてきた』
 その声に反応したように、中から女性が出てきた。頭に布のようなものを被っていて、顔に色とりどりの刺青を入れていて、迫力があった。
『いらっしゃいませ』
 すぐに佑とラシータは会釈する。
「お邪魔します」
 力が二人の様子を見て、口を挟む。
『何、驚いているんだ? 俺の妻だ』
「あの、奥さんの顔は……」
『なんだ、装面の事か? ここでは婚姻関係を結んだら、女は皆顔に色を施すのさ』
「何故」
『何故って、一目で既婚者かどうか分かるじゃないか』
 奥さんが近づいてきて、大きな椅子に座るように微笑んだ。佑は、ラシータが座ってから、その隣に腰掛けた。
『なるほど…他の男が手出し出来ないように、と言う事かな』
 ラシータが納得したように頷いた。
『まあ、そうだ』
「男の方は何もしないの?」
『ああ』
当然のように、力は頷いた。
『そんなことより、あんた達は一体誰を捜しているんだ?』
「高野水樹という女の子を捜しているんだけど、知らないかな」
『タカノ? ……そう言えば、いつだったか、他所から女が来たな』
佑は思わず身を前に乗り出した。
「女って、背が高い?」
『そうだな、俺より少し低い位。すぐに出て行ったけどね』
「水樹かもしれない。どこに行ったか分かる?」
 力は考えるように頭を傾げる。
『本当の自分を見つけるって言って、目を輝かせていたよ』
 それだけじゃ何も分からない。水樹かどうかも分からないが、佑はその数パーセントの可能性にかけたいと思った。ラシータを見て、頷く。
「もし、それが水樹だったら、まだここにいるのかな」
 ラシータはしばらく黙っていたが、力に言った。
『出来れば、僕はこの鳳村にしばらく滞在してみたいんだが』
 力は少し困ったような表情をしたが、ラシータが佑を小突いて、目配せした。佑は頭を左右に振ったが、ラシータは聞かない。渋々、ポケットから、石を取り出した。それを見た力は目の色を変えた。
『これは、まさか、天河石なのか?』
 佑の代わりにラシータが答える。
『まさにそうだよ。天河石を持つのがこの男、佑ちゃんだ』
 力は背筋を伸ばして、頭を下げた。
『そりゃもう、好きなだけここで過ごしてくれ。どうやら、俺にも幸運が回ってきたようだ! おい、酒を持ってきてくれ!』

ここでも天河石が自分を守ってくれるようだ。

気がつくと、斜めになった天井が目に入った。どうやらベッドでいつの間にか寝かされていた。横を見ると、もう一つベッドがあって、そこにラシータが眠っていた。どうやら、酒に酔ったらしい。歓迎酒を受けてから、まるで記憶にない。ベッドから立ち上がると、内側に壁がない事に気づいた。大きなロフトのような部屋だった。そこから覗きこむと、下では先程一緒に酒を飲んでいたと思われる力が、木のテーブルに突っ伏して寝ていた。周りには空の瓶が転がっている。そこに天河石らしき物も転がっているのが見えた。佑は思わずポケットを探る。ない。やはりあのテーブルに置いてきてしまったようだ。慌てて下りようとしたが、階段や梯子のようなものがない。一体どうやって、この二階のロフトに上がったのだろう。やきもきしていると、背後に気配を感じた。

『……佑ちゃん、気持ち悪い』
 振り返ると、ラシータが立っていた。
「飲み過ぎたんだろ。下、見て。俺の石が」
 ラシータは少々面倒臭そうに言われるまま下を見た。
『おや、いつの間に。早く取りに行かないと力に取られる』
 そのまま、下に飛び込もうとするかと思う位前のめりになったので、佑が慌てて支えた。
「バカ、危ないだろ。梯子も何もないんだよ」
『本当だ。一体どういう事だ』
「こっちが聞きたいよ」
 下では、力はまだ眠っている。二人がおろおろ見ていると、そこに力の奥さんが現われた。テーブルの上に転がっている酒瓶を一つずつ取って片付け始めている。
「あの、すみませーん! そっちに行きたいんですが、どうすればいいですか?」
 佑が叫ぶと、奥さんは上を向いた。そして、真下まで歩いてきて、トントンと足踏みした。すると、奥さんはすごい速さで佑たちのいる二階まで上がってきた。
 それでなくとも、派手な色合いの刺青の入った顔なのである。佑とラシータは驚いて、少しばかり後ろへ下がった。
『立っている場所を足踏みすると、自分の行きたい所へ行けるわよ』
 佑は半信半疑ながら、足踏みしてみた。すると、自分の意思とは裏腹に家の外へ放り出された。
「うわっ、何これ」
 気づくと玄関前にいたが、移動の勢いで、尻餅をついた。
 ややあって、ラシータと奥さんが玄関から出て来た。
『慣れるまで難しいかもしれないわね。前にも他のエリアから来た人がいたけど、同じように予想もつかない場所まで飛んで行ったから。心が散漫なのかしら』

 ラシータがすぐ手を差し伸べて、起き上がるのを手伝ってくれた。
『僕も奥さんに手伝ってもらって何とか一階に下りる事が出来たんだ』
「これでは、ちょっとした移動もままならないな」
 佑は溜息をついた。
 奥さんは右手に握っていた石を佑に差し出した。
『あなたのなんでしょう? これは本当に天河石? だとしたら、見せびらかしちゃダメよ』
 佑はそっと受け取る。今まで出会った人達は皆、この石をくれだの言っていたのに、奥さんだけは違う事を言った。
『この石はね、持つべき人が扱わないと、本来の力を発揮出来ないと思うわ』

 それから数日間は佑とラシータは移動の練習をした。もうここには水樹はいないのだから、無駄に滞在したくなかったが、この念で移動するという技を覚えない限り、“土鳳山”からは出られないのだった。ラシータはわりと早くコツを掴んだが、佑は中々苦戦していた。
 外に出たい。足でとんとん。
 ピラミッドのような建物の丁度尖った先に移動して、バランスを崩して滑り落ちてくる、なんて事しょっちゅうだった。幸い、骨を折ったりする程の大怪我はなく、せいぜい、打ち身、擦り傷、程度。それを見かねたラシータが声を掛けてきた。
『どうしてそうなるんだろうね。真剣味が足りないんじゃない?』
「そんな事ないよ。いつだって、きちんと外へ出たいとか、二階へ上がりたいとかちゃんと言葉にしている」
 ラシータの目が光った。
『言葉? 心は?』
 心? 佑の頭に浮かぶ文章的なものが、間違っていたのだろうか。
『言葉の前の段階を丁寧に見つめた方がいいよ』

 ラシータの言葉で佑は目が覚めたように、そのコツを掴んだ。どこにいてもそうだったじゃないか。ここは観念の世界だ。

 家の外へ。外から中へ。一階から二階へ。行きたいところへ。ようやく瞬時に移動出来るようになった。
 その晩、力が家に帰ってきて玄関から、大声で一緒に飲もうと叫んだ。佑とラシータがすぐ力の元へ現われると、力は笑った。
『やっと“土鳳山”に慣れたかな?』
 
 力の家から程近く、いや結局佑達は力に連れられて瞬間移動しただけなので、実際の距離感はピンと来ていなかったのだが、素朴なやはり同じようなピラミッドのような形の建物の前に立っていた。
『たまに来るけど、いい店なんだ』
 力が促して、ラシータがまず入り、佑も続いた。店の中は沢山のランプで明るく照らされていた。お店のカウンターのような所に立っている若い女性がにっこり笑った。
 佑は思わず、あっと声を上げた。ラシータがすかさず佑の心情を説明するかのように言った。
『彼女は装面をしてないな』
 つまり、未婚という事だ。そんな事どうでもいいのに佑は、奇妙な事に恥ずかしくなった。
『いらっしゃい。力さん、この方達誰ですか?』
『“月圓”から来たお客さんだよ。あの美味しい発酵酒を出してくれ』
『かしこまりました。じゃあ、好きな席に着いてお待ち下さい』
 力が奥まった所にある席に着くとこちらを手招きして言った。
『彼女は薇(めい)だ』
 力がテーブルに漢字を指で表そうとしたが、複雑過ぎて、佑が呆然としてると、薇が名刺のようなカードをこちらに飛ばした。そのカードはうまい具合にテーブルの上で止まった。佑はそれを拾い上げ、まじまじと見つめた。ラシータも横から覗く。漢字の名前を見つめているとここは異国ではないと思えてくるが、かと言って、日本でもない。言葉は通じるが、価値感などはまるで違う不思議空間だった。
薇が大きな壺のような入れ物と小さな深さのある平皿を三つトレイに載せて持ってきた。
『強いお酒だから、ゆっくり飲んで下さいね』
 薇が微笑みながらテーブルに並べた。力がその間に簡単に紹介する。
『こちらが、佑、そして、ラシータ』
ラシータはウィンクして、笑った。佑は軽く頭を下げる。
「あの、ここに他の地域から来た女の子が来ませんでしたか?」
気になっている事を尋ねてみた。薇はうーん、と言いながら答えた。
『他の地域の人はここに来る事はほとんどないですね。でも、外を歩いているのを数日前に見掛けた気がします。ここの人じゃない女の子を』
 佑の目が光った。
「ここには宿泊施設とかありますか?」
『ないですね。もしこの鳳村で過ごしているとしたら、どこかの家に泊めてもらっているとしか思えないです』
 力が口を挟んで来た。
『俺が聞いてみた所、そんな情報はなかった。ここは狭い村だからそうだとしたらすぐ分かるよ。因みに佑やラシータの存在も、もう鳳村では大体把握出来ている。まあ俺が長だから、皆何も口出しはしないけどな』
『ただの勘だけど、ここにはいないような気がする』
ラシータが呟くように言った。佑は項垂れる。力がいつの間にか全ての杯に酒を注いでいて、勧めた。
『とにかく飲もうぜ。もうお前達はここの住民と同じ方法で移動出来るんだ。それが俺は単純に嬉しい』
 佑は吸いこむようにそのにごり酒のような白い液体を飲んだ。瞬時に意識が飛んだ。

 気がつくと、いつの間にか力の家の二階のベッドで横になっていた。どうやって帰ってきたのか、いやそもそもお酒を飲んだ瞬間以降の事が全く記憶になかった。
『気づいた? 佑ちゃん一気飲みするからだよ。完全に自分を見失っていたね』
 ベッドから飛び起きると、ラシータに詰め寄った。
「全く覚えてないんだけど、あれからどうなった?』
『あれから天河石の話になってさ』
 佑は真っ青になって首元、ポケットを探った。
「な、ない! おい、あれがないと困る!」
『力がすごく欲しがってさ、そしたら佑ちゃん、簡単にあげてた』
 佑がラシータの襟元を掴む。
「なんで止めてくれないんだよ! あれを俺がどんなに大事にしているか、ラシータだって分かってるはずなのに!」
 ラシータは黙って、掌を開いた。そこに天河石があった。佑はラシータの首元から手を放した。
『止めたよ。でも、いいんだって佑ちゃんは言っていた。だけどさその後、力が酔っ払ったのを見計らって奪い返しておいた』
「ごめん」
 佑が謝ると、ラシータは佑の手に石を押しつけた。
『言っておくけど、僕は君の保護者でもなんでもないんだからね。僕だって天河石は欲しいのにさ』
ラシータは言いながら、自分のベッドに向かおうとした。
「本当にごめん」
 佑は心から反省した。自分のミスなのに、ラシータに当たり散らした挙句、この様だ。
「ラシータがいてくれて本当に良かった。ありがとう」
 ラシータは振り返ると、佑を指差した。
『まあ、素直だから、許してあげるよ』
 そう言って笑った。

『そうだ、薇ちゃんが重要なヒントを言ってたんだ。その見掛けた女の子が歩いていた場所を教えてくれてね』
 ラシータが佑の腕を掴むと、瞬時に外へ出た。そこは“土鳳山”の入口近くの通り道だった。道標が立っている。
「あ、この場所、初めてここに来た時に通った所だよね」
 佑は道標を眺めた。“土鳳山”とある。よく見ると細かい字で何か落書きがしてあった。近づいてよく見てみる。

都会は右? それとも左?

「なんだろ……これ」
 日本語のメモだった。ラシータも覗きこむ。
「都会は右、それとも左って書いてあるけど」
『都会? 都会って言えば、“金湖城”だよ。これは彼女の字?』
 水樹のメモかもしれない。
 佑はポケットから地図を出した。
「これも、ここではあまり役に立たないんだよね」
 佑は不安になってきた。この“土鳳山”の存在の仕方もよく分らないのに本当に“金湖城”に辿りつけるのだろうか。
「とにかく荷物取ってきて、ここから出よう」
 ラシータも頷き、すぐ力の家に戻った。奥さんがいたので事情を説明する。
「大変お世話になりました。僕らもう行かなくちゃいけないんです」
『そうなの、寂しいわね。せっかくここに馴染んできたのにね。気をつけて。道は分かるかしら? 土鳳山のエリアにいる間は確定した道はないから、本当に気をつけてね』
 佑は静かに頷き、力の居場所を聞いて、そこにも寄ってみる事とした。仕事中だったようだが、すぐに飛び出してきた。
『佑、ラシータ。もう行くのか? 帰りにも寄ってくれよ』
 ずっと天河石を狙われていたとはいえ、何となく憎めない男だった。奪い返した事も気付いているか定かではない。
「色々ありがとう。力、また会えたらいいね」
『タカノなんとかって女の子、早く見つかるといいな』
 佑は力強く頷いた。
 佑とラシータは再び、道標の立っている場所まで戻ってきた。すると、前から薇が歩いてくる。
『薇ちゃん!』
ラシータが呼ぶと、薇は気づいて頭を下げた。
『今から私、金湖城まで買い出しに行くんです』
佑とラシータは顔を見合わせた。
「僕達も今からそこへ行くんです。もしよければ一緒に行きませんか? あ、勿論迷惑でなければですけど」
 このややこしい移動システムをようやく使えるようになったとはいえ、いまだ謎が多い。力が言っていたように日によって距離感がころころ変わるようでは、初心者が付け焼刃で移動しようとしても、いつまでも経っても目的地に辿りつかないという事にもなりかねない。情けない話だが、しょっちゅう行き来しているらしい薇の協力を得た方が合理的だろう。
『迷惑だなんて、いいですよ。じゃあ、行きましょうか』
「ありがとう! 助かります」
 薇はにっこり笑い、足で地面に矢印を描き、トントンと足踏みすると、ぐるりと地盤が動いた。佑もラシータも一瞬バランスを崩すものの、次々に現れる風景に囚われる事なく、しっかりと薇の後に続いた。

つづく

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