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競馬で負ける1001の理由

アメリカの競馬評論家アレックス・バウアーは、競馬には負ける1001の理由があるとアイロニカルに語った。馬主がお互いの自慢馬を持ち寄り、ヒートレースという形で競わせることから始まった競馬は、これまで常に勝者と敗者を生み出してきた。もちろん後者の方が圧倒的に多く、勝てなかった馬にたずさわったジョッキーや調教師らは、有史以来、いつも負けた理由を探してきたのである。

かつて、あまりにも調教師やジョッキーがいい加減な理由ばかり並べるので頭にきて、これまで聞かされてきた奇妙な言い訳の数々を、スポーティングライフという雑誌にぶちまけた馬主がいたらしい。その投稿に反応する形で、他の馬主たちからも憤りの声が集まり、さすがに1001には及ばないが、数多くのトンデモない言い訳が誌上に掲載された。それらのいくつかを紹介したい。

・馬が空気を飲み込んだ
・馬場の隅で馬がうさぎの穴に脚を突っ込んだ
・飛んできた芝のかたまりを馬が飲み込んだ
・スタート直後に馬が虫に刺された
・馬の口の中に腫れ物が出来ていた
・馬が競馬場の馬房を嫌った
・馬が強風を嫌った
・レース前夜に厩舎近くで打ち上げられた花火で今が興奮してしまった
・血球数が少ないのかもしれない
・厩舎にウイルスが蔓延していた

なかには思わず笑ってしまうものもある。「馬場の隅で馬がウサギの穴に脚を突っ込んだ」はさすがに日本の馬場ではありえない。「血球数が少ないのかもしれない」とか「厩舎にウイルスが蔓延していた」はもっともらしくて面白いが、レース前に言えよという話。また、「スタート直後に馬が虫に刺された」と言われたら反論する気も失せるだろう。「馬が競馬場の馬房を嫌った」は、ダイワメジャーが宝塚記念で惨敗した際に聞いたことがある気がする。阪神競馬場の出張馬房が騒がしくて馬が入れ込んでしまったらしい。風嫌いの私としては、「馬が強風を嫌った」には深く共感できる。

個人的に最も記憶に残っている理由は、1995年の有馬記念で3番人気を背負ったジェニュインが10着に敗れた際、岡部幸雄元騎手が「4コーナーでカラスが飛んでいたのを気にしてまともに走らなかった」と語ったものである。私はジェニュインの馬券を持っていなかったが、馬券を買っていたファンの心中はいかにと思ったものだ。天下の岡部幸雄ではなく、他のジョッキーの口から出たものであったら、「ふざけるな!」という罵声と怒声の嵐に見舞われていたかもしれない。補足しておくと、この理由は決してウソではないが、本当のところはジェニュイン自身の体調が優れず、カラスが気になるほどレースに集中出来ていなかったということだろう。

競馬を楽しみ始めてこのかた、1001とまではいかないかもしれないが、ありとあらゆる負けた理由を聞かされ続けてきた。もっともだと納得させられる理由や、なるほどと感心させられる理由から、いくらなんでもそれはないんじゃないと笑ってしまいたくなる理由まで。そして、ようやく最近分かってきたのは、これだけ競馬で負ける理由があるのならば、私たちが馬券で負ける理由もそれと同じくらい、いやそれ以上にあるという真実である。

Photo by fakePlace


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