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生き残れ

内からクールキャット、中からソダシ、外からステラリアが積極的にポジションを取りに行ったが逃げ馬が決まらず、ポジションの収まりが悪くなり、そのまま勢いをつけて第1コーナーを回ってしまった。前半1000mが59秒9という時計自体は決して速くないが、先行集団に入ってしまった馬たちは接近しつつ力んで走り、肉体的なスタミナだけではなく、精神的なスタミナも失ってしまった。先行ポジション争いに巻き込まれず、前半はひたすら死んだふりをしていた後方集団が、最後の直線で一気に形勢逆転をしたレース。先行集団の消耗を察知して、早めから動き始めたミルコ・デムーロ騎手のユーバーレーベンが突き抜けた。

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勝ったユーバーレーベンは、父ゴールドシップ譲りの燃えやすさがあって、エンジンに点火してしまうと一気に爆発してしまうため、脚の使いどころの難しい馬である。それゆえに後方待機策を強いられて、いつも前に行った馬に少しだけ届かないという他力本願なレースを繰り返してきたが、今回は先行勢が総崩れしたことで、ユーバーレーベンにとって展開が見事にハマった。アルテミスステークス以来、馬体重が減り続けてきて心配されていたが、今回は中間の立ち写真は逆にふっくらと見せて、体調の良さが見て取れた。460kg前後が現在のベスト体重なのだろう。ラフィアンの創業者である岡田繫幸氏を弔うような勝利であり、桜花賞を見送ってオークスに照準を絞った陣営の狙いが正しかったことも証明された。

デムーロ騎手の判断力と思い切りの良さも際立った。序盤はユーバーレーベンを内に入れて上手に脚を溜めていたが、向こう正面あたりから馬が行きたがり、その気持ちと手応えを尊重して馬群の外に出して、捲るように動いて行った。定石通りに乗れば、もう少し待ってから追い出しているはずだが、ユーバーレーベンの特性を考慮して早めから動いたのが最大の勝因である。デアリングタクトやアーモンドアイ、シンハライトらが勝利した、上がり3ハロンが33秒台で決着するような瞬発力勝負にならないように測って脚を使ったのだ。ここ数年は不調がささやかれていても、大一番に強い天才的な騎乗は不変である。干されるにはまだ早い。

アカイトリノムスメは先行争いに長く巻き込まれたにもかかわらず、最後まで脚を伸ばして何とか2着を確保した。勝ちに行くためには積極的にポジションを取りに行った結果だけに、負けて強し。プラス6kgと増えていたが、まだ線の細さが残っているように成長途上の馬である。母アパパネからは負けん気の強さを受け継いでいるので、秋に馬体が良くなったらさらに強くなるだろう。今回は展開の綾で負けてしまったが、負けたなりにルメール騎手も最善を尽くして騎乗をしているのが見て取れた。

ハギノピリナは漁夫の利を得る形で3着に突っ込んだ。他馬との力関係を把握して、最初から後半に賭ける騎乗に徹していた藤懸貴志騎手の作戦勝ちである。デビューから手綱を取り続けてきて、この馬の良さを知っているからこその一か八かの勝負でもある。タガのパッションもアールドヴィーヴル、ミヤビハイディも、このあたりの掲示板組は無理をせずに後ろから付いて行ったことが功を奏した。

圧倒的な1番人気に推されていたソダシは、勝ちに行く競馬をしなければならず、外目の枠であったことも手伝って、やや急かしてポジションを取りに行ったことが裏目に出てしまった。そうはいっても、吉田隼人騎手のミスや拙騎乗というわけではなく、ソダシがいつもよりも過剰に反応してエキサイトしてしまったのが敗因である。1週間前の立ち写真を見ると、真っ白な馬体はギリギリに映るも、表情からは精神的な落ち着きが伝わってきたが、直前でピークを越してしまった。レースが1週間早ければ、スッと中団で折り合って完勝していたかもしれない。それほどに3歳牝馬のこの時期は難しく、体調や気持ちの移り変わりが激しい。桜花賞に向けて早めから厩舎入りして仕上げてきたことが、オークスの最終週でピークアウトしてしまう要因となるとは、サラブレッドは何と繊細な生き物なのだろうか。


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