見出し画像

自分から動ける馬ダイワメジャー

「よく競馬の雑誌などで、自分から動ける馬、動けない馬という表現があります。そういった馬の違いはどういった点なのでしょうか?」

という質問を、ある読者の方から頂戴した。シンプルにお答えしようと思ったのだが、意外や返答に窮してしまった。当たり前のように使われている言葉でも、一筋縄では説明できない、定義の曖昧な表現が競馬にはたくさんある。「自分から動ける馬」、対して「自分から動けない馬」とは、一体どういう馬のことを指すのだろうか。

「自分から動ける馬」として、パッと思い浮かぶのはダイワメジャーである。皐月賞や天皇賞秋を勝ち、マイルCSを2連覇したダイワメジャーが、私の中では「自分から動ける馬」の代表ということである。そこで、ダイワメジャーの特徴を挙げていくことで、「自分から動ける馬」の正体をあぶり出してみたい。

まず、ダイワメジャーには豊富なスタミナがあった。2000mの天皇賞秋や皐月賞を制したように、マイラーの範疇には収まりきらない中距離馬としてのスタミナを有していた。なぜ自分から動くためにはスタミナが必要かというと、他馬よりも先に動くということは、それだけゴールまでに必要とされるスタミナが多くなるからである。スタミナに自信のない馬であれば、ギリギリまで仕掛けを遅らせて、ひたすら脚を溜めることに努めるだろう。自ら動いてレースの主導権を握るためには、そのレースに出走している他馬を圧倒するスタミナがなければならない。

ということは、当然のことながら、同じ馬でも出走するレースの距離によって、自分から動けるかどうかは決まってくる。ダイワメジャーは2000mまでのレースならば自分から動くことは出来るが、それ以上の距離のレースになると苦しいだろう。さすがのダイワメジャーでも、2000mを超える距離になると、スタミナに不安が出てくるからだ。たとえば、ダイワメジャーが2500mの有馬記念を走った時のことを思い出してほしい。2006年も2007年のいずれのレースも、得意の距離で見せるような、4コーナーで自ら動いてレースを支配する走りは見られなかった。

次に、ダイワメジャーはハミをしっかりと取り、自ら前へ前へと進みたがる馬であった。馬とジョッキーはハミと手綱を通してお互いの意思を伝え合う。ジョッキーがここで動きたいと思っても、ハミをしっかりと取って走っていない馬には、その指示が伝わりづらい。デビュー戦のパドックで寝転がってしまったという逸話を持つダイワメジャーだが、その前向きな気性から、ハミを通してゴーサインにすぐに反応できるという意味では、レースに行くと案外乗りやすい馬だったのではないだろうか。自分から動くと言っても、馬が自らの意思で動くわけではないので、ジョッキーからの指示に素直に反応できるかどうかが重要なのである。

最後に、ダイワメジャーは折り合いを欠くことのない馬であった。前進意欲のかたまりのような気性の持ち主であったが、ジョッキーのコントロールが利かなくなるほどの馬ではなかった。日々の調教やジョッキーの腕に加え、ダイワメジャー自身が競走馬としてのセンスの良さや心臓の強さを持ち合わせていたということだろう。我を忘れて暴走してしまうような危うさはなかった。ゴーサインに過剰に反応して、ガーッと行き過ぎてスタミナを失ってしまうような馬では、自分から動くことは心もとない。勝負どころで少しずつ脚を使って、馬群の外からポジションを上げていく、2007年マイルCSにおけるダイワメジャーのような走りが、自分から動くということなのだ。

もう一度整理すると、「自分から動ける馬」には以下の特徴があるということだ。

・豊富なスタミナ
・ハミをしっかり取って走る
・折り合いを欠かない

つまり、裏返して考えると、これらの特徴を持たない馬が「自分から動けない馬」ということになる。スタミナに不安のある馬は、ギリギリまで仕掛けを遅らせて、一瞬の脚で勝負しようとするので、他馬が先に動くのを待つだろう。また、ハミをしっかりと取って走っていない馬は、たとえ騎手がゴーサインを出したとしても、瞬時に反応することが出来ないので、自分から動いてレースを作ることは難しい。そして、わずかな挙動に馬が反応してしまうことを恐れ、ジッとしていることに終始し、ジョッキーが自分から動こうとは思ないはずだ。「自分から動けない馬」には、そういったマイナスの要因がある。

これは余談だが、あのシンボリルドルフは「自分から動かなかった」馬である。勝って当然の存在として日本ダービーに臨んだシンボリルドルフだが、3コーナー過ぎで岡部幸雄騎手が先行集団との差を少し詰めようと合図を送ったところ、全く反応しなかったという。圧倒的な1番人気に推されていただけに、岡部幸雄騎手もさすがに顔面蒼白になり、最悪の結果を覚悟した。しかし、4コーナーを回り、最後の直線に向くや、シンボリルドルフはエンジンを一気に全開にして、前を走っている全ての馬を抜き去ったのだ。岡部幸雄騎手はこのことに触れ、鞍上のはやる気持ちをシンボリルドルフが察知して、「焦るな、動くには早すぎる」と教えてくれたのだと語る。直線で一気に加速した時、シンボリルドルフが「そら行くぞ。落ちないようにしっかり掴まっていろ!」と言ったような気がしたという。シンボリルドルフのように自らの意思で動ける馬はそうはいないが、ひとつ言えることは、「自分から動ける馬」とはすなわち強い馬であるということだ。

Photo by Echizen

「ROUNDERS」は、「競馬は文化であり、スポーツである」をモットーに、世代を超えて読み継がれていくような、普遍的な内容やストーリーを扱った、読み物を中心とした新しい競馬雑誌です。