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ライオンのハートを持つジョッキー

ラフランコ・デットーリ。世界最高のジョッキーの名である。L・ピゴット、R・ピンカイ、C・マッキャロン、C・アスムッセン、Y・サンマルタンなど、世界的、歴史的に名だたるジョッキーは多けれども、デットーリ以上のジョッキーを私は知らない。これは比較論ではなく、私のイマジネーションの限りにおいて、デットーリは唯一無二の存在なのである。私と同時代に、競馬に青春を捧げてきた方であればお分かりいただけると思う。それほどの衝撃を持って、デットーリ騎手は私の競馬人生に立ち現れたのである。

私が初めてデットーリという名を知ったのは、彼がまだ20代前半、ヤングジョッキーシリーズにムチ一本持って来日した時である。世界各国の将来有望な若手ジョッキーが集まる中、彼は圧倒的な存在感を示した。来るはずのない馬を当たり前のように勝たせてしまう。条件戦で全く勝負になっていなかった芦毛の馬が、まるでオグリキャップのような走りで快勝した。そういう奇想天外が、ただ1度の話ではなく、2度、3度と続いた。競馬は馬が走っているのではなく、もしかすると騎手が馬を走らせているのではないか。10代の私はそう直観させられた。

それからかなりの歳月が流れ、私の直観が消え入りつつあったちょうどその頃、衝撃は再びやって来た。2002年、JCダートとジャパンカップでイーグルカフェとファルブラヴを勝たせ、日本競馬史上初の2日連続G1レース制覇を達成したのだ。少しは競馬が分かるようになっていた私は、その2つのレースを観て、競馬は馬が走るのではなく、騎手が馬を走らせていると確信した。その確信は3年後のジャパンカップで信奉へと変わっていく。

馬を動かす技術やポジション戦略の巧さ、関節の柔らかさなど、デットーリ騎手の長所を挙げればキリがないが、ジョッキーとしての最大の強みは、馬が動くということである。たとえ同じ馬でも、ある騎手が乗れば全く動かず、別の騎手が乗れば全く別馬のように動くという。乗馬をやったことがある方ならピンと来るだろう。機嫌を損ねたり、ナメられてしまうと、馬は背にいる人間の言うことを一切聞かず、テコでも動かなくなる。競馬のサラブレッドと騎手の間にも同じことが当てはまる。騎手が持っている何かが馬に伝わり、それを感じて馬は走る。

その何かがなんであるのか、最近になって少しずつ私にも分かってきた。それは心(ハート)ではないだろうか。ジョッキーとしての心が馬を動かす。ゴール前の叩き合いでも、ジョッキーの心が馬にも伝わり、ハナ差だけ前に出すのである。ちなみにデットーリ騎手はジャパンカップをシングスピール、ファルブラヴ、アルカセットで3勝しているが、いずれもハナ差の接戦である。別にロマンを語っているわけではなく、これが競馬の真実なのだ。サラブレッドもジョッキーも最後は心(ハート)で走る。ぶっつけでダービーを制した神の馬ラムタラを、「彼はライオンだ」とデットーリ騎手は称したが、それは彼自身にも当てはまる。ラフランコ・デットーリ。ライオンのハートを持つジョッキーの名である。

Photo by Ichiro Usuda

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