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ほんの僅かな差

ダイワキャグニーが先頭に立ち、前半マイルが46秒4、後半が45秒3という、とてもG1レースとは思えないほど遅いペースで道中は流れた。前目のポジションを確保できた馬は有利であったが、それ以上にラスト3ハロンのスピード勝負となり、瞬発力に長けたマイラーのためのレースとなった。

勝ったダノンキングリーは、昨年の天皇賞・秋以来のレースにもかかわらず、最後の直線では切れに切れた。3歳時は馬体に幼さを残しながらもコンスタントに走ったが、古馬になって馬体に実が入って力強さが増してきたのと並行して、気難しさや繊細さが表面化してしまっていた。道中でいきなりスイッチが入り、ハミを強く噛んでしまったり、他馬と馬体がぶつかって走る気をなくしてしまったり。ジョッキーにとっても乗り難しい馬になっていた。古馬になって難しさが現れてくるのはよくあることだが、ダノンキングリーに関しては持っている能力があまりにも高いだけに、力を全く発揮できずに終わってしまう印象を抱いてばかりであった。

そんな中、思い切ってレース間隔を開けて、肉体面だけではなく精神面も立て直して臨んだのが今回の1戦だったということだ。ぶっつけ本番すぎてさすがに盲点になっていたが、陣営は手応えを感じていたのではないだろうか。父ディープインパクト×母父ストームキャットという黄金配合のダノンキングリーにとって、種牡馬入りのチケットを手に入れた今回の勝利の価値は重い。

そして、今回のダノンキングリーの勝利は川田将雅騎手を抜きにして語れない。川田騎手だからこそ勝てたと言っても過言ではなく、まさに針の穴を通すような見事な騎乗であった。スタートしてのポジションから、ゴール前のフィニッシュまで完璧。道中は無駄な動きを一切することなく、静から動へのギアチェンジ、最後の直線における重心の低い、腰を入れた追い出しはさすが日本のトップジョッキー。先週の福永祐一騎手とはまた違う、アグレッシブスタイルの最高峰の技術を競馬ファンに見せてくれた。

今となっては日本最高のジョッキーである川田騎手だが、競馬学校時代には教官に怒られ続け、落馬して怪我をしたりして、本気で辞めようと思ったことがあったらしい。その時、15歳の少年は死にたいとすら考えていたそうだ。それでも親にも競馬学校にも辞めさせてもらえず、辞めることをあきらめた。私は競馬学校を辞めてしまった少年を何人も知っている。カナダに行ってエクリプス賞を受賞した木村和士騎手もそうだ。彼らが辞めていなかったらどうなっていただろうと今でも思う。逆に川田騎手がもし辞めてしまっていたら、今はどうなっていたのだろうか。海外の競馬場で活躍していたかもしれない。彼らのエピソードを聞くにつれ、辞める辞めないの分かれ目はほんの僅かな差であったと思う。


私たちはつい、辞めなかったから成功できたと考えがちだが、そんなに単純なものではない。辞めたくても辞められなかった者もいれば、辞めたくなかったのに辞めざるを得なかった者もいるのが現実だ。その差はわずか。ボクシングの名トレーナーであるエディ・タウンゼントは、世界チャンピオンになれるか否かの分かれ目を、親指と人差し指の間にわずかな隙間をつくってこう語った。

「これだけよ。ほんとうに、これだけの差よ。わかる?」

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グランアレグリアは、わずかに前進気勢に欠けたことが最後のハナ差につながったか。超スローに流れたことで、馬群の中で競馬をせざるを得ず、中2週の影響か精神的に完全にフレッシュではない中でやや気負ってしまったのかもしれない。昨年はアーモンドアイでさえ敗れたローテーションでありレースであるだけに、G1レースを中2週で連勝することは意外と簡単ではない。それでもここまで走っているのは、グランアレグリアのマイラーとしての能力の高さの証明であり、決して悲観すべき内容ではない。ルメール騎手もスペースを見つけて最後は鋭く抜け出しており、できる限りの騎乗はしている。

3歳馬シュネルマイスターは、古馬との初対戦を微塵も感じさせず、力を出し切っての3着。リアルインパクト以来、久々の3歳馬による勝利には手が届かなかったが、勝ち馬から半馬身差であれば上々の結果である。現時点でも完成度は高い馬だが、まだ伸びしろはあるので秋が楽しみだし、古馬になってからは海外へ挑戦してもらいたい。横山武史騎手はスタートから勝負どころまでパーフェクトに乗ったが、最後の追い比べではやや姿勢が崩れてしまい、川田騎手とルメール騎手に劣ってしまった。それでも、22歳で福永騎手や戸崎圭太騎手らの間に割って入れるのだから末恐ろしい。

インディチャンプも早めに抜け出して勝ちに行ったが、ディープインパクト産駒の切れ味に屈してしまった形となる。仕方ないといえば仕方なく、人馬ともに力を出し切っている。トーラスジェミニは積極的に前に行ったことで、ポジションの利を得ての5着。対して、サリオスはトモが甘くて先行できず、見せ場すら作れず。最後の直線で不利を受けてはいるが、あれがなくても掲示板には載れなかっただろう。筋肉の重さと馬体の緩さのギャップを埋めながら3歳時は走り続けてきたツケが出ているのかもしれない。


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