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福永祐一VSデムーロの対談を読んで

「新春ジョッキー対談」にて、福永祐一騎手とミルコ・デムーロ騎手がお互いの競馬観について語り合った。その対談の内容が、日本競馬の現状を鋭く指摘していて非常に面白かったので、ここに紹介したい。

まずは2010年、関西リーディングを獲った福永祐一騎手に対し、ミルコ・デムーロ騎手がネオユニヴァースを引き合いに出して賞賛する。

ミルコ・デムーロ
「彼はいつも笑顔で感じがいいし、競馬に関しては馬との折り合いをつけてなだめるように乗っていて、馬のいいところを引き出して勝つところが印象的です。激しく追うのではなく、彼のように馬と静かに折り合いをつけて持って行く乗り方は、僕の目指している形です。そうそう、彼の乗っていたネオユニヴァースに乗せていただいたことがありますが、扱いやすい馬ではなかったけど、うまく乗れるように馬を作ってくれていたから、なおさらすごくいい印象があります」

最近の関西のレースを見ていると、福永祐一騎手がどこにいるのかすぐに分かる。かつて、オリビエ・ペリエ騎手や武豊騎手がそうであったように、パッとレースを見た瞬間に、あそこにいるのが福永祐一騎手だなと見分けがついてしまうのである。別に、どの枠のどの馬に乗っているかなんて全く事前情報がなくとも、ましてや福永祐一騎手がそのレースに乗っているかどうかさえ知らなくとも、他のジョッキーたちとは違う存在感を持って浮き彫りになってしまうのだ。

これにはいくつか理由があって、ひとつは騎乗フォームが非常に美しくて安定しているからである。騎座がビシッと決まっていて、それゆえに上体にブレがなく、頭の位置が全く動かない。激しく走るサラブレッドの鞍上で、ジョッキーは微動だにせず、まるで止まっているかのように見える。この静の状態のレベルが他のジョッキーと違うため、レースが動いている中でも福永祐一騎手の存在が際立ってしまうのだろう。

もうひとつは、2010年から力のある馬に乗るチャンスが増えたからである。余計な動きをすることなく、スッとポジションを取ることができるため、気がつくと絶好の位置にいる。また、力上位の馬に乗っていると、無理をして馬群の中に入れたりする必要もないため、いつでも安心してゴーサインを出せるような、やや外目のコースを進んでいる。つまり、物理的に目に付きやすいポジションで馬を走らせているということである。

これだけをとっても、福永祐一騎手がジョッキーとして確実にステップアップしたことが分かる。しかも、目の前の勝利を追うだけではなく、先へとつなげてゆく乗り方をしているのだから素晴らしい。将来が有望な新馬(若駒)を彼に任せたい、という関係者の気持ちが良く分かる。

福永祐一
「結果を出していけば、いい馬を依頼されるわけで、今年(2010年)は2歳の新馬戦でいっぱい勝てました。チャンスのある馬の依頼が増えてそこで結果を出していけば自然とG1にたどりつく。その積み重ねだと思います」

実はネオユニヴァースは、新馬戦、白梅賞、そしてきさらぎ賞に至るまで、福永祐一騎手が手塩にかけて育てた馬であった。ところが、朝日杯フューチュリティSを勝ったエイシンチャンプというお手馬とかち合ったため、スプリングSからデムーロ騎手にネオユニヴァースの手綱を渡すことになったのだ。

その後、ネオユニヴァースはデムーロ騎手を背に皐月賞を勝ち、日本ダービーのゴールを先頭で駆け抜けた。デムーロ騎手が外国人ジョッキーとして初めて日本ダービーを制した栄光の影には、すぐ手を伸ばせば届くところにあったダービージョッキーの称号を、福永祐一騎手が手放したという事実があった。サンデーサイレンス産駒のネオユニヴァースとミシエロ産駒のエイシンチャンプ、素人目にも前者の方を選ぶのが合理的であることは明らかであった。福永祐一騎手だって、ネオユニヴァースにクラシック級の手応えを感じていたに違いない。それでも、彼はエイシンチャンプを選んだ。

理由は簡単で、先に頼まれたからである。どちらの馬も瀬戸口厩舎の馬だから、無理をいえばネオユニヴァースに乗ることもできただろうが、決してそうはしなかった。彼は義を通したのである。乗り馬をとっかえひっかえして、目の前のクラシックを勝っても意味はない。それよりも、自分が今、乗っている馬でベストを尽くし、先々へとつながるような騎乗を積み重ねていくことの方が大切である。そして、いつの日か、クラシックを勝てるような馬に乗るチャンスがやってくればいい。そう信じて、福永祐一騎手は生きてきた。

あれから10年の歳月が過ぎ、福永祐一騎手は日本ダービーを2勝した。競馬の神様は見ていたのである。



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