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ばんえいのウオッカ

フクイズミという馬をご存知だろうか。もしご存知であれば、あなたはかなりの競馬好き、いや、ばんえい競馬好きであると思われる。フクイズミは11歳まで走り、183戦58勝という実績を誇った、ばんえい競馬界の名牝である。ばんえいのウオッカと呼ばれ、牡馬を相手に激闘を繰り広げ、帯広記念、旭川記念、ばんえいグランプリなど多くの大レースを勝った。ウオッカは姿形こそ違え、その愛くるしい瞳は競馬界のアイドルとして通ずるものがある。

ばんえい競馬は、およそ1トンの馬がおよそ1トンのそりを引いて走る障害レースである。レースは直線で行われるが、スタートからゴールまでの間に2つの障害が待ち受ける。もちろん、第2障害の方が遥かに険しい。第1障害はなんとか乗り越えられても、第2障害を前に立ち尽くしてしまう馬、山の途中で力尽きてしまう馬は数知れない。ゴールまで完走すること自体が難しいのだ。

フクイズミは障害と障害の間にはさまれた平地での脚で勝負する馬である。特に第2障害を越えた後のゴールまでの平地での末脚が郡を抜いているのだ。私もばんえい競馬に関してあまり詳しいことは分からないのだが、おそらく地脚の強さが優っているということなのだろう。まさかという位置から、最後の直線で牡馬をナデ斬りにするレースは爽快である。

思い返せば、私は新婚旅行で帯広に行ったのだった。3月の帯広は想像以上に寒く、生まれて初めてマイナスの世界を体験した。ホテルから一歩でも外に出れば、味わったことのない寒風がいとも簡単に身体から体温を奪っていく。タクシーに乗り込むまでのわずか数十秒、息をするのも苦しかった。それでも、帯広競馬場につくや、私の競馬好きの血が騒ぎ出し、寒さなど忘れてしまった。おそらく妻は、相当に寒い思いでそんな私を見ていたことだろう。

何もかもが新鮮だった。ばん馬の大きさはもとより、見ても全く分からないパドックから歩きながら観戦できるレースまで、全てが大迫力であった。競馬場で食べたラーメンが、これほど美味しいと感じたこともなかった。それとともに、暖房のきいた競馬場内から外に出ると、居ても立ってもいられない自分に情けなさを覚え、極寒の地域で生活をしている人々の我慢強さに尊敬の念を抱いた。やっぱり世界は広い、ここに来て良かったと思えた。

2010年1月2日、フクイズミが帯広記念を連覇した。前年の秋は凡走が続き、あのフクイズミにも衰えが来たのか、いよいよ引退かと騒ぐ外野の声を封じるかのように、まさかの先行策で再び頂点に立ったのである。フクイズミが2番手で第2障害を越えれば、これに勝てる馬はいないだろう。昨年の帯広記念はゴール後に座り込んでしまったほどであったが、2010年は堂々とした勝利であった。毎日王冠、天皇賞秋とまさかの敗戦を重ね、瀬戸際に追い詰められながらもジャパンカップで鮮やかに勝利したウオッカと通ずる復活劇ではないか。年齢を重ねると共に、ますます強さを増してゆくところも似ている。フクイズミのファン、そしてばんえい競馬のファンにとっては、「きまぐれ娘」の勇姿を見ることができ、年始から暖かい競馬になった。

2009年の帯広記念の追い込みは圧巻でした。ゴール後は座り込んでしまう姿はなんとも言えず愛らしい。

「ROUNDERS」は、「競馬は文化であり、スポーツである」をモットーに、世代を超えて読み継がれていくような、普遍的な内容やストーリーを扱った、読み物を中心とした新しい競馬雑誌です。