ショートショート「そんないまさら、言われても」

だいたい、「あ、金木犀の香りだ」から秋の話を始める人は信用できないと思うんだ。

私がそう言うと、「えー、別にいいと思うけどね」と君が返す。手元に握られたスマホゲームばっかに夢中で、私の方をちらりと見もせず、そんなんどうだっていいじゃん、と言わんばかりに返す。曖昧な返事、曖昧な相槌、曖昧な関係。この時点で何も見込みがなかったんだってこと、気づけていたらよかったんだろうな。

出し忘れたプラスチックゴミとアマゾンの段ボールが山積みになった部屋で、灰色の下着が干されたひとりきりのこの部屋で、安い缶ビールを飲みながら思い出す。もう半年も前のことだった。

あの時の私はほんとうに哀れだったな。自分にとって都合のいい情報だけ集めては、この人だ、この人だけはホンモノだとか、脆い愛を信じちゃってさ。普段は見向きもしないような星座占いなんか、見ちゃってさ。情けないったらありゃしないんだから。
信用できないのは、金木犀の香りに風情を感じるタイプの人なんかじゃなくて、脳内セックスでいっぱいの男だったんじゃないの。30手前にもなって、女ひっかけて遊ぶタイプの男だったんじゃないの。いやいやむしろ、いちばん信用ならないのは自分自身だったんじゃないの、ねえ。

脳内セックスでいっぱいの男どもしかいないんだったらね、もう、一人で生きていくしかないよなぁ。がんがん働いてさ、ブランド限定品のヒール履いて、犬か猫でも飼ってさ。わりと悪くないんじゃないの?洗濯機が回り終えた合図を鳴らす。外で猫が発情して喉を鳴らす。いや、叫ぶ。とんだ大声で。
私の一生は、いつになったら終わりますか?

机に積まれた恋愛指南書と、自己啓発本と、恋愛漫画と、官能小説たちは、一体なんの役に立っているのでしょうか。私の性欲の発散先でしょうか。開いたアダルトビデオサイトの上に、バナーがかかる。ワンクリック詐欺?いいや、LINEだ。名前を見るまでもなかった。

「ひさしぶり、今晩どう」

ああ、もう、そう、これだから、嫌いなんだよ。ずっとずっと、この一言を待っていた自分に情けなくなって、半ば泣きながら、部屋に転がるボディクリームを探していた。


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