見出し画像

吐け

互いの間で曖昧にさせておけば、見つかることなどなかったのに。私たちはこれからさき一生、一緒にはいられないと知りながら、互いをどうしようもなく求め合っていると知りながら、絶望を抱えて生きていくことになるんだろうね。それを世ではさだめ、と言う。うんめい、とも言う。くだらなくて確信的な出来事について。私たちが出会い惹かれ合うことはもう最初から決まっていた。何年何月何日の何時何分何秒にこの街のこの番地のこの場所で、というくらい緻密で、人類史において誰の目にも止まらない、とても小さく擦れた点で。
今この瞬間、そのひとが私に向かって話しかけようとする、いや、たった今声をかけ始めようと唇を動かすのだということを、私はぐうぜん知っていた。理解していた。ことが始まってしまう少し前から。なぜか。
ばちん、と、ものすごい音を立てて、瞳同士がぶつかった時、あぁもう逃れられないのだと悟った。手遅れだった。眩い闇の中に葬られる。なぜなのか。
私に大した直感などない。鈍くて重たい。どくんどくん、私の手の届かないところで、それは常に動いている。私の中で生きている。抵抗することなどできない。できるはずがない。私は無力だ。溺れていない、苦しくもない。私の人生には必要ない。もう十分だからやめてよ。私はこの矛盾を抱えつつ、額にかすかな傷を残しながら喚く。嘆く。どう生きたらいい、どう道筋を立てたらいい。ひたすらに走って逃げてもどうせまた出会う。そんな予感がする。近くにいる気がする。終着地点が同じ線路の上で、私たちはまた出会う。あなたにとっての私が、最上級の概念なんだってことは確認せずともわかる。だってそれは、私にとっても同じことなのだから。
もう言葉なんかいらない。なにもいらない。捨てたい。体ごと。とてもよくわかるんだよ、無理にでも絞り出して伝えないと溺れてしまいそうで、飲み込まれてしまいそうで、怖さのあまり吐き出したいんだってこと。喉元を通るのは快楽だ。苦しみはたった一瞬、ぜんぶ吐いてしまえば楽になれる。そうだよ。私たちはよく似ている。似ているどころかほぼ同一だ。誰が見ても、一目でわかる。片割れであり、S極とN極。私たちには何かがある。重ねる要素は持て余すほどある。別に会いたかったわけじゃない。求めていたわけじゃない。そうなるべくしてなっている。同じ目を持つ懐かしいひと。

前にあなたと会ったのはいつだったか。思い出せますか。私のこと、覚えていますか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?