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ルビーに寄せて

友人制作の「24歳のZINE」に掲載していただいた文章です。


ルビーが飛んでいる。灰色の空を駆け巡る赤い閃光のごとく、飛んでいる。

私は目を見開く。見える。遠くの方に、彼女を見とめる。ルビーはいつも一人で、気持ちよさそうに飛んでいる。それを見るとなぜだか嬉しくなって、喉奥がぎゅっとなり、涙が出るのだ。いつだって体温のある涙だった。私の中の愛が溢れていた。私は彼女が好きだった。

みんなから「ルビー」と呼ばれるその鳥は、つややかに輝く赤色の毛、大きなくちばし(でも彼女は虫を一切食べなかった)、ずんぐりとした体、眼球が飛び出そうな丸く大きな瞳を持っている。

彼女が空を飛ぶときは、まず両翼を大きくいっぱいにのばして、胸を膨らませて息を吸い、飛び立つのだ。それがルーチンだった。そのまま、その日行ける高さまでぐいと上っていく。調子がいいときは鷹を追い抜くし、調子が良くないときは煙突で一休みする。それからただひたすら真っ直ぐに飛ぶ。ルビーが唯一、やるべきことだった。

視界が霞む。夜ではないのに、濃い霧が空を覆う。そんな日もある。彼女の大きな瞳を持ってしても、目の前はぜんぜん見えっこないのだ。

隣の鳥たちはつがいで、知恵を出し合いながら飛んでいる。ちょっと低いところへ行こうか、なんていって、低空飛行へ切り替えた。

でも彼女は一人だ。いつだって一人だし、この先も一人だ。それは彼女のアイデンティティでもある。ルビーはそのまま飛び続ける。

そのうち風が強くなる。ルビーは自慢の羽をぴたりと止め、風の中に身を委ねる。追い風だ。そのまま前へ、流れていく。周りの鳥たちからは、楽々と飛んでいるように見える。「おい、今日はだいぶ余裕だな」。どこからか声がかかる。でもこれにだってちょっとしたコツってものがあるんだ。コントロールをミスしたら最後、ヒュルリと逸れた道へと飛ばされる。気を確かに。次は彼女の中から、声が聞こえる。

ルビーは、目を閉じてしまえば、自分の飛んでいる方向がわからなくなること、進んでいるのか、止まっているのかもわからなくなることを知っている。素直にこわいと思う。それでも決して飛ぶことをやめない。一直線だと思う方へ、飛び続ける。それが彼女のやるべきことだから。

私は空の端でもう一度、彼女を見とめる。実に8980日ぶりだった。私は毎日彼女を待っているし、きちんと日にちも数えていた。
彼女との再会に、記念すべき日に、私はもう一度涙を流す。愛や喜びに満ちている。ルビーは今日も飛び続ける。私はやはり、彼女が好きなのだ。

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