今日の私を彩るもの
年下の友に口紅の色をお見立てしてもらった。彼女ご愛用のシャネルに薄づきのラインナップがあるのを教えてもらったのがきっかけだ。普段から薄化粧で、粉をはたいて眉毛を描く程度で、リップはクリームのみ。でも、くちびるそのものから発光してるような風合いなら大丈夫かな、と。
化粧は得意ではないけど、気になる存在だ。長らく仲良く付き合うことが出来なかった理由は、端的に自分の顔がきらいだからだ。
というのも、私は生まれつきの口腔口蓋裂という障害を持っている。薄くていびつな上唇。くちびると鼻の下に縫い跡があり、鼻もほんの少し歪んでいる。美しくないどころか、造形的に普通でない。それのおかげでずいぶんいじめられた。嫌な思い出だ。
前提として不細工。なにをしても綺麗になれるわけがない、と嘆く反面、それに甘んじるのもどこか癪にさわった。なんとか工夫して「不細工」を「個性的な顔立ち」レベルまで持ち上げたい。だってこれが自分だもの、と小さく励ましてみる。なのに、町なかで窓に映る自分を目にすると、抑えている卑屈な気持ちがふと顔を出す。大したもんじゃないのにかわい子ぶって何様?エンドレスループ。
そんな葛藤がたどり着いたのが「極力薄いメイク」だった。程よく不細工を目立たせず、かつ見栄えよく。くちびるの存在は抹殺。これで十分だろう、と言いきかせるように。
でも、もっと可能性を探ってみたかった。死んだまま生きてるような、義務でする化粧には楽しみを見出せなかったから。
お見立ての日。友はリップスティックの棚の前に立ち、手の甲にペタペタと何色もの紅を載せていった。丁寧に、しかし迷いなく。
私は穏やかな期待感でもって、どこかの部族のボディペイントみたいだな、とその手元を眺めていた。
何色かの候補のうち、最初に手に取った紅をくちびるに載せる。すると顔全体が息を吹き返したように輝いた。照れ笑い。友も笑っていた。
思わず嬉しくて正直に告白した。こんなくちびるだから、お化粧するのが苦手だったんだ、と。
うん、そうかな、と思ってた。でもあなたは、いっぱい笑っていっぱい食べるでしょ?そんな人の口元は綺麗な色の方がいいよ。友は言った。
もとある形をごまかすとか、義務で塗る化粧ではなく、いきいきした動きを彩るための化粧。それが本来の、かつ一番の目的なのだ、と教えてもらった気がして、視界が開けた。そして、私は「在って」もいいんだな、と泣けるほど嬉しかった。
それから毎朝、メンタムを塗って、筆で紅をとり、丁寧に載せている。今日の私を彩ってくれるように、と願いながら。
しかし最近はくちびるに集中しすぎて、眉毛を描くのを忘れがちである。
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