高級伊勢海老の悲劇

幼少期の頃、お父さんはトラブルメイカーだった。ギャンブル癖やお酒癖はないのだけどお金も女も、とにかくだらしない男だった。学校から帰宅し、知らない車が家の前に停まっているとそれは借金取りか女性関係の揉め事で誰かがなんだかの理由で家に怒鳴りこんでいる合図。実際何度かこの修羅場に立ち会ったことがあったのだけど、かなりの地獄。精神的にもかなり響いてしまう。小学生ながら「今、家がヤバいから家にはいらないほうがいい」と判断し、知らない車が家の前に停まっている時はそっと近所の公園で時間を潰すのが日課になっていた。「もうそろそろ落ち着いたかな」と家の前を通るとまだ知らない車があると、また公園に引き返し。公園の外灯を頼り宿題をしたりした日もあった。

家はとても貧乏だった。そんなトラブルメイカーのお父さんは私が高校2年の時にお父さんが失踪してしまった。家がかなりまたカオスになってしまったけど。お母さんは「私がなんとかするから。」と言い。お母さんは沢山仕事をかけもちをはじめた。お母さんは力強い女性でどんな理不尽なことがあっても一生懸命なんとか姉妹3人を育てくれた。

でもやはりお母さんとしては自分のお母さん(私のお婆ちゃん)に迷惑をたくさんかけてしまった事に負い目を感じていたらしい。自分が結婚を反対されていたにも関わらずオーストラリアで結婚してしまったこと、お金のトラブルに親を巻き込んでしまったこと。今までおばあちゃんに仕送りや贈り物をできなかった分、子供が大人になり、収入が安定した今プレゼントを贈ろうとお母さんは思い立つ。

お母さんはオーストラリアの食べ物やビタミン剤などを大量に箱に詰めて、日本の実家に郵送した。後日お婆ちゃんから電話があった。お母さんは「無事届いた連絡だ」、喜んでもらえたら嬉しいなという気持ちで電話にでた。でも実際、電話越しにはいたのは少し不機嫌なお婆ちゃん。「送ってくれた食べ物は全部しょっぱいか甘すぎる口にあわない、送ってくれたビタミン剤は何が書いてあるかわからないし読めやしない(怒)」と言い放った。お母さんはショックを受けてしまう。

オーストラリアの食べ物は喜ばれないのであれば、海外から日本国内の食べ物を贈ろうとお母さんは目論む。沢山ネットで調べた結果、どうやら海外から日本の業者づてに高級伊勢エビを送れるらしい。目をつけている高級伊勢エビは、どの業者よりも鮮度が高いお済み付き。お母さんはお婆ちゃんを喜ばせようと面倒な手続き、国際手数料、伊勢エビの値段など色々承知の上で親孝行の為に背伸びをした。高級伊勢エビを実家に贈ろうと決心する。そしてオーストラリアから日本へ送る伊勢エビを勇気を振り絞ってポチった。

もちろんこれはサプライズなので、お婆ちゃんには何も伝えていない。届いた日程の後日にお婆ちゃんから国際電話がきた。「無事伊勢エビが届いた連絡だ」とお母さんは心を踊らせた。たがしかし、電話越しにいたのは怒りでカンカンのお婆ちゃんだった。

何も知らされていないお婆ちゃんは発泡スチロールの箱を受け取り、正体不明の箱を開けてみた。その箱には保冷剤に囲まれた生きた伊勢エビが二匹。長時間移動に耐え、助けを求めるよかのごとく手をくねくねさせながら必死にもがいている。お婆ちゃんは何事かわからず思わず悲鳴をあげ、びっくりしその箱を返してしまう。玄関には散らばった保冷剤と一生懸命必死に生き地獄から抜け出そうとする意識朦朧とした高級伊勢エビが玄関をさまよう。

一緒に住んでいるのおばさん(お母さんの妹)はお婆ちゃんの悲鳴に気づき、焦って玄関まで行くとそこには腰を抜かせたお婆ちゃんと散らばった保冷剤と意識朦朧とした高級伊勢エビ。どこから、何に声をかけていいのかわからない悲惨な状況が目の前で起こっていた。

未知なるパニック状態でおばさんは咄嗟に優先順位をつける。まず、お婆ちゃんを安心させる為にこの伊勢エビをなんとかしなければいけないと判断。そう思ったおばさんは鍋に水を入れ、お湯を沸かし、この伊勢エビたちを茹で息の根を止めてしまえば問題ないだろうと思った。

おばさんは人生で触ったこともない伊勢エビを捕まえ、アツアツの鍋に伊勢エビを放り投げた。これで全て解決したとホッとしたおばさんにとんでもない結末がまっている。この伊勢エビは助けがきたと思った矢先、地獄のように熱い鍋に投下されたのであった。とっさに生命の危機を感じた伊勢エビは熱湯の鍋の中で大暴れ。熱湯が跳ね返りおばさんは酷いやけどを負ってしてしまった。

このことについてお婆ちゃんは電話越しにひどく怒っていたのだった。ガッチャと電話を切ったあと肩を落とすお母さんはとてもかわいそうだった。全て裏目にでてしまった。「お婆ちゃんを喜ばせようとしたことがこんなことになるなんて、、、鮮度高いって書いてあったけどまさか生きているなんて、、、」。喜ばせようと思った行為が迷惑になることほど辛いものはない。そんな話をがっくりした表情で話す、お母さんの姿をみて私の胸の奥はぎゅっと痛くなり、高級伊勢エビは生涯ぜったい誰かにプレゼントしないと心に決めたのであった。
 


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