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タバコ一本分の友達の話


 仕事で中東までやって来た。日本から飛行機に乗って12時間、異国を感じさせるには十分過ぎる程遠い国だ。お尻は痛い。
 早々に仕事が終わり、やる事もないので公園で本を読もうと思った。それにしてもこの街には灰皿が多い。30mも歩けば灰皿付きのゴミ箱にありつける。これは嬉しい。路上喫煙万歳だ。

 その公園には沢山のベンチと灰皿があった。灰皿の隣には、鳥用の餌がたんまりとばら撒かれていて、その周りには鳩と、鳩の偽物みたいな鳥が大量にいた。この街では野良猫も、野良犬も、生きているものは、一部の人間を除いて皆、ガリガリに痩せている。適切ではないかもしれないが、ここのそんな所が少しだけ良いなと思った。思ってしまったのだから仕方ないと思う。

 僕は日本から持ってきた3冊の本のうち、1つを選んで読んでいた。これは自分の好きな小説で、何度も繰り返し読んでいるのだけど、どこが好きかと聞かれても説明はできない。言語化できない好意を大切にしましょうね、という話を以前誰かにした気がする。していないかもしれない。

 ページから目を上げると、灰皿を挟んで向かい側のベンチ、座っている黒人と目が合う。彼は右手の人差し指と中指を唇に付けて、離した。その動作を2回。求愛でないことくらいわかる。「タバコをくれ」という事だろう。

 僕のタバコは自分で巻くタイプのそれだ。手巻きタバコは、糊付けする為に巻紙を舌でなぞる。これが女の子にあげるタバコだったら、ほんの少しだけエッチなのだが、残念。でも人にあげる物なので自分のものより多めに葉っぱを入れる。とても親切な人間だと自分でも思う。僕が丁寧にタバコ巻く様子を彼は黙って見ていた。灰皿越しに。

 タバコを巻き終わって、顔を上げるとまた目が合う。彼に立ち上がる素振りはない。てめえ、せめて受け取りに来いやと思ったので、人差し指と中指を立てて、自分の方に折り曲げる。その動作を2回。のそのそとこちらに向かってくる彼。一言目は「イズディスシガレッツ?」だ。ごめん、ただのタバコです。この国でアレは合法なのですか?とは聞かなかったけど。

 それから彼は僕の隣に座った。名前はフランクと言うらしい。僕の名前を教えると、彼はとても気に入って「Uno! Uno!」と連呼した。そして、タバコに火をつけてあげると、彼は本当に美味そうに煙を吸った。イイね。僕も誰かにとってのイイねになりたいと思う。お互いに細く煙を吐き出した後、フランクは積極的に話しかけてきて、僕は少し消極的に答えた。英語はそんなに得意じゃない。

 フランクはアフリカ某国出身の22歳で、この国に出稼ぎに来ているらしい。生活は厳しい、と彼は言った。ところで僕は黒人の年齢が本当にわからない。フランクのことも最初は35歳くらいかと思っていた。向こうにとっての黄色人種もそうだろうと思って「俺は何歳に見える?」と聞いたのだけど、ぴったり当てられた。わかるんだ。少しイラッとした。

 彼は僕との会話に詰まると「日本は良い国だ」「日本に行きたい」と言った。何回も。日本はまだ良い国に見えるらしい。彼が聞きたそうにしていたので、日本についての話をした。日本の通貨が"円"だと伝えると、彼はとても気に入って「Yen! Yen!」と連呼した。そこで実際にお札を見せてあげたけど、ちっとも興味を示さなかった。ツボが難しい。「Yenをあげるから、日本に来たら使ってくれ」と言おうとしたけど、それって彼を侮辱することのような気がしたし、お互いにとって良くないなと思って言わなかった。ここらへんは美的感覚の話かもしれない。

 彼のタバコが消えて、友人らしき白人がやってきた。そこでフランクは「He is my friend.」と僕に、そして白人に言った。なるほど、ぼくたち友達なのね。僕にはタバコ1本分の友達ができた。

 1時間くらい話していた、と思う。僕が「そろそろ行かなきゃ」と言うと、フランクは電話番号を3つ教えてくれた。これではどこに連絡すれば良いのかわからないので、自分の電話番号を1つ教えてあげた。彼は3回ほど電話番号を確認して、間違えないようにゆっくりとボタンを押した。連絡先の名前の欄に「YEN」と入力したのが見えたので、フランクてめえこの野郎、と思ったけど、特に訂正はしなかった。

 僕が立ち上がって、ベンチに広げた荷物をまとめていると、鳩と、鳩の偽物みたいな鳥が一斉に逃げていった。

 僕は「じゃあね、気が向いたら連絡して。会えて良かったよ」と言った。空は今にも雨が降りそうだった。フランクは「もう一本タバコをくれ」と言った。

 きっともうすぐ雨が降るのに、だ。


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