令和6年度司法試験・労働法(第1問)


令和6年度司法試験の労働法(第1問)の再現答案及び心情などを掲載します。
用途に応じてご活用いただければと思います。
なお、再現答案は体感1,2割増で美化されています。



再現答案


第一 設問1
1.     小問1
(1)  XのY社に対する割増賃金請求は認められるか。
(2)  まず、Xは「労働者」(労働基準法(以下、法令名省略)9条)に該当するか。
労働者か否かは、使用者との指揮監督関係と報酬の労務対償性から判断する。具体的には、命令に対する諾否の自由、指揮監督関係、拘束性、代替性、報酬の計算方法などから判断する。
たしかに、Xは部下を持たず、月次レポートの精査等の業務がある期間(1か月に8日程度)以外の期間(1か月に20日程度)は比較的自由に就業でき、遅刻や早退をしても賃金から控除されなかった。
しかし、Xは高度の専門知識、職務知識に基づいて、専門的な職務を担うから代替性がないといえるし、所定労働時間も午前8時30分から午後5時30分(休憩1時間)と拘束性もある。賃金も毎月定期的に支払われている。
よって、Xは「労働者」にあたる。
(3)  すると37条1項の適用があり、割増賃金請求は認められるように思える。
しかし、Xは管理監督者(41条3号)にあたり、「労働時間…に関する規定は…適用」されないのではないか。
管理監督者は、経営者と一体的な立場にたって、労基法の定める労働時間の規制の枠を超えて活動することを要請されてもやむを得ないといえる重要な職務と権限を有し、それゆえに待遇面で優遇されているから、労基法での保護を必要としない。
そこで、管理監督者とは①経営に参画し、労務管理の権限を有していて、②労働時間に裁量を有し、③賃金等で厚遇されている者をいうと解する。
 ②たしかに、Xは月次レポートの精査等の業務がある期間(1か月に8日程度)は基本的に当該業務のために少なくとも所定労働時間内はY社内で就業し、午後7時30分すぎまで業務を行う日がほとんどであったが、それ以外の期間は比較的自由に就業でき、遅刻や早退をしても賃金から控除されなかったのであって、労働時間に一定の裁量を有していたといえる。また、③Xの令和5年の年収は1200万円を超え、これはY社の上位6%に位置しているし、年収ベースでは、Y社のライン管理職部長に次ぐ待遇で、ライン管理職副部長の平均を上回っている。加えて、Y社はXを含む上位スタッフ職とライン管理職を管理監督者として扱っている。
 しかし、①Xは毎週木曜に開催される管理者ミーティングへの出席を求められず、Y社の営業方針の決定や予算の策定、企業組織や人事制度の構築・改編、労働条件の決定等に関与することはなかったのであるから、経営に参画していないし、労務管理の権限も有していない。また、③Xの年収が高いのは、Xの作成する月次レポートの精査や臨時レポートが、Y社の運営するファンドの情報を顧客である投資家に提供するもので、これらの情報は顧客の投資判断の基となること、及び当該レポートの精査等は、Y社の収益の大半をしめる投資家化からの手数料にも影響しうる、相当程度難易度の高い重要な業務であったことに起因するとも評価できる。
 以上からXは管理監督者にあたらない。
(4)  よって、Xの請求は、37条に規定される算定方法により算出される額の限度で、認められる。
2.     小問2
(1)  XのY社に対する賞与の支払請求は認められるか。
(2)  前提として、Y社就業規則50条は支給日に在籍していることを賞与の要件としているが、このような支給日在籍要件は24条1項の全額払い原則に反するのではないか。
全額払い原則の趣旨は、有効に発生した賃金の全額を労働者に確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにする点にあるところ、支給日在籍要件がある場合、支給日に在籍しないとそもそも賃金債権は有効に発生しないから、24条1項に反しない。
(3)  よって、就業規則50条は「合理的」であり「周知」されていれば、「労働契約の内容」となる(労働契約法(以下、「労契法」という。)7条)。
支給日在籍要件は、勤務意欲の高揚に繋がるし、支給日に在籍していないことは自己責任を問いうるから、「合理的」である。また、Y社就業規則はY社従業員に「周知」されている。
したがって、支給日在籍要件自体は労働契約の内容となっているから、支給日に在籍していないXには賞与の支払請求権は認められないのが原則である。
(4)  しかし、本件でXは懲戒解雇されている。すると、自己責任を問えないから、そのようなXに支給日在籍要件を適用するのは権利濫用(労契法3条5項)であって、支給日に在籍していないXにも賞与の支払請求権が認められるのではないか。
この点、支給日在籍要件の合理性を支えているのは、支給日に在籍しないことに自己責任を問えることにあるから、自己責任を問えない特段の事情があるにもかかわらず、支給日在籍要件を適用する場合には権利濫用になると解する。
たしかに、Xが支給日に在籍していないのは懲戒解雇されたからである。しかし、懲戒解雇されたのは、Xが酒を飲んだ状態で車を運転し、赤信号で交差点に侵入して、車荷台を巻き込むという大事故を起こしたうえ、それが新聞やインターネット上のニュースなどで実名報道されたからであって、もとはといえばXのせいである。
よって、自己責任を問えるから、支給日在籍要件を適用することは権利濫用にあたらない。
(5)  以上より、Xの請求は認められない。
3.     小問3
(1)  XのY社に対する退職金支払請求は認められるか。
(2)  まず、退職金は「賃金」(11条)にあたるか。
賃金とは、支給基準が明確で、使用者に支払い義務があるものをいう。
本件の退職金は就業規則55条で退職または解雇の時の基本給の額×支給率という式を打ち出し、支給率も勤続年数に応じて明確に規定しているから、支給基準が明確である。また、就業規則54条において使用者に支給義務を課しているから、使用者に支払い義務があるといえる。
よって、本件の退職金は「賃金」にあたる。
(3)  すると退職金を支払わないのは全額払い原則(24,1)に反するのではないか。
全額払い原則の趣旨は、上記の通りであるところ、退職金は退職して初めて生じるところ、本件では、懲戒解雇されたXには退職金債権はいまだ有効に生じていないから、全額払い原則に抵触しない。
(4)  しかし、本件の退職金は、支給基準が勤続年数に依存しており、その支給率も勤続年数に応じて上昇することからすれば、賃金の後払い的性格を有するといえる。
すると、労働者は退職金を退職後の生活設計のあてにするはずである(現にXも開業資金と当面の生活費としてあてにしている)から、そのような合理的期待に反して退職金の全額を不支給にするには、永年の勤続の功を抹消するほどの重大な不信事由があることが必要である。特に、私生活上の非行を理由とするときは、横領や背任等に匹敵するほどの強度な背信性が必要であると解する。
たしかにXは、酒を飲んだ状態で車を運転するという不注意で、赤信号で交差点に侵入し、車2台を巻き込む交通事故を起こしており、これは前述のように大事故である。そして新聞やインターネット上のニュースなどで実名報道されている。
しかし、幸いなことに巻き込まれた車を運転していた2名の者は、打撲等の軽傷をおったに過ぎない。また、報道も実名に限られ、社名が報道されたわけでもない。そして、Xは人身事故の非を認めている。
加えて、Xは平成5年4月から、30年以上にわたって勤続しており、しかもその職務は前述の通り、Y社にとって重要なものであるから勤続の功は大きい。
よって、Xの起こした事故は、強度な背信性を有しているとはいえず、永年の勤続の功を抹消するほどの重大な不信事由とはいえない。
したがって、全額を不支給とすることはできない。
(5)  もっとも、かといって直ちに全額を支給すべきとも限らない。退職金には功労報償的性格もあるからである。そこで、不信事由の程度と勤続の功を比較衡量して、支給する金額を決定すべきである。
たしかに、実名報道されれば、その実名を検索すれば社名もすぐ出てくるだろうから、取引先からの印象を低下させるなどして、会社に影響を及ぼすようにも思える。
しかし、そもそもXの起こした事故は交通事故である一方、Y社は投資信託運用会社であるから、全く関連性がない。
よって、会社の評価は下がらない。
したがって、上記のようなXの永年の勤続の功をも考慮すれば、全額を支給すべきであると言える。
(6)  以上から、Xの請求は認められる。


心情

小問1
・「労働者」性の検討について
検討するか迷いましたが、管理監督者だと微妙に使いづらい事情があり、業務内容がフリーランスに近い側面も多少あるかなぁと思ったので、念のため検討することにしました。
・管理監督者の検討について
淡々とあてはめました。事実をなるべく多く拾うこと、そのまま抜き出すことを意識しました。
・固定残業代の可否の検討について
「時間外手当てを支給していない」とあったため、検討不要と判断しました。

小問2
・支給日在籍要件の検討について
特にありません。ただ論証を吐き出しただけです。
・権利濫用の検討について
支給日在籍要件を有効にした結果、Xの救済のためには、その効力を支給日に在籍していないXに及ばないようにする理屈が必要になりました。「ただし、…支給時期を延期し、又は支給しないことがある。」とする就業規則50条但書を使うのかなとも思いましたが、支給時期を延期しても支給しなくてもXの救済にはならないので、しかたなく権利濫用でいくことにしました。

小問3
・退職金の「賃金」該当性の検討について
就業規則を使い切ることを意識しました。
・退職金の24条1項違反の検討について
特にありません。ただ論証を吐き出しただけです。
・退職金の全額不支給の可否の検討について
問題文の事実を使い切ることを意識しました。
・退職金の一部不支給の可否の検討について
一部不支給という結論を取ろうかと思いましたが、具体的な過失の割合や退職金の金額が問題文の事情からではわからないことから、どの程度不支給を認められるかの判断が困難でした。よって、出題者は一部不支給を否定する結論を採ってほしいのだろうと推認し、その結論を導けるよう事実を評価しました。


振り返り

小問1
・「労働者」性の検討について
7/15
不要だったかなと思います。まあ、試験会場では不安になるので、安心材料として軽く触れたのは間違いではなかったと思いますが。

小問2
・権利濫用の検討について
7/15
就業規則50条2項を手がかりに、就業規則に紐づけて論じることができればよかったのかなと思います。正解筋がわからないのでなんともいえません。

小問3
・退職金の全額不支給の検討について
7/15
支給率が勤続年数に応じて増加することは、賃金の後払い的性格を基礎付けるより、むしろ功労報償的性格を基礎付けるように思えます。


結果

結果が分かり次第、追記します。

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