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サニーデイ・サービス『もっといいね!』をもっと知るためのライナーノーツ、解題1、曽我部恵一×志磨遼平対談動画、プレイリスト

ライナーノーツ 天野龍太郎


「リミックス」ってなんなんだろう?

 「リミックス」ってなんなんだろう? 最近のサニーデイ・サービスのリミックス作品を聞いていて、そう思う。
 「リミックス」と一口に言ったって、とにかくいろいろなものがある。文字どおり、楽曲のミキシングのやりなおしを指すことも多いけれど、より一般的には、「リミックス」と聞けば、原曲をもとにクラブプレイに適したダンスバージョンをつくることを思い浮かべるはずだ。 
 いろいろある、というのはたとえば、原曲よりもコールドカットの“Seven Minutes of Madness”リミックスのほうが有名になってしまったエリック・B&ラキムの“Paid in Full”や、アンドリュー・ウェザオールの手でまったく別の姿に生まれ変わったプライマル・スクリームの“Loaded”みたいな例があるからだ(あるいは、「リミックスはクソみたいな曲ばかり頼まれる」「それでお金がもらえるからいい」なんて語って、嬉々としてリミックスをつくるエイフェックス・ツインのようなひともいる)。さらに、ラップミュージックやR&Bやレゲトンなどでは新たにボーカリストを客演させたものをリミックスと呼ぶし、かつて流行したマッシュアップも、チョップト・アンド・スクリュードも、ヴェイパーウェイヴも、そして今YouTubeでナードたちを耽溺させている“Slowed + Reverb”も、広くとらえてリミックスと言っていいかもしれない。どこまでも、際限なく拡散していくリミックスの定義。
 英語版のウィキペディアにあたってみる。すると、「現代のリミキシングは1960年代後半から1970年代前半の、ジャマイカのダンスホールカルチャーにルーツがある」なんて書いてある。「スカやロックステディ、レゲエ、ダブを含む音楽の流動的な発展は、オーディエンスのテイストに合わせて楽曲の解体と再構築をおこなったローカルなミキサーたちによって受け入れられた」。


リミックスの「効用」

 楽曲の解体。そして作者ではないプロデューサーやエンジニアによる、(あるときには勝手気ままな)再構築。たしかに、それがリミックスというもののコアであることは、まちがいなさそうだ。
 リミックスにはとても重要な「効用」がいくつかある、とわたしは思う。まず、凝り固まって信仰の対象になった「オリジナル」とその神話を疑い、それらを突き崩して、価値を相対化させること。それから、異なった場所――たとえば、ロックバンドが演奏するベニューとパーティーが繰り広げられるダンスフロア、とか――のあいだにむりやり秘密の抜け道を貫かせて、そこにいた者どうしを引き合わせ、新しい価値を生み出すこと。

 ダンスアクトでも電子音楽の作家でもないロックバンドのサニーデイ・サービスは、自覚的にこのリミックスというものに挑んでいるように見える。というのも、彼らがこれまでに残してきたリミックスは、とにかく奔放で自由度の高いものだからだ。
 サニーデイは自身のリミックス作品によって、リミックスというもののつるっとした核心部分に触れ、表面をちょっとひっかいて、中から見たこともない色をした気味の悪い液体をこぼれさせている。奇妙な色と形をしたそれは、リミックスのまだ見ぬ可能性であり、自由なフロンティアである。


サニーデイ・サービスとリミックス

 バンドの歴史を振り返ってみると、サニーデイ・サービスがリミックスを初めて発表したのは1999年のシングル『スロウライダー』だ。ここからバンドが一度解散する2000年の『魔法』までは毎作12インチシングルがリリースされていて、なにかしらのリミックスが制作されている。
 SUGIURUMNこと杉浦英治による“スロウライダー”のディスコリミックスは、ホーンを強調してサンプリングやスクラッチを加えた突き抜けてダンサブルなもので、セカンド・サマー・オブ・ラブの余韻を感じさせ、なおかつ狂騒の『LOVE ALBUM』へのイントロダクション、といったふうだ。また、『魔法』ではフランキー・ナックルズの“The Whistle Song”にオマージュを捧げた横田進のドリーミーなハウスリミックスを聞ける。
 サニーデイのリミックス作品は、杉浦が全面的に制作を担った『PARTY LOVE ALBUM』(2000年)でひとまず完結した。バンドの解散後、曽我部恵一がそのソロキャリアにおいてさまざまなプロデューサーたちとリミックスに挑戦していることは言うまでもない。

 再結成後のサニーデイ・サービスでは、“One Day”(2012年)でリミックスというテーマが再浮上した。BUSHMINDは“One Day (Bleeders Remix)”で原曲をどろどろに融解させ、サイケデリックなヒップホップビートにリビルドしている。
 あるいは、ラブリーサマーちゃんの“桜 super love (ly summer chan remix)”(2017年)。原曲からボーカル以外は取り払われており、ドラムやコーラス、ブリッジミュートを効かせたリズムギターとリードギターが加えられ、ほとんどラブリーサマーちゃんとサニーデイとの仮想共演曲と言うべきユーフォリックなギターポップに生まれ変わっている。
 そして2017年、『PARTY LOVE ALBUM』以来のリミックスアルバムである『DANCE TO YOU REMIX』が制作された。

 サニーデイ・サービスにとってリミックスという試みがもっとも先鋭化したのは、2018年の『the SEA』だった。Spotifyのプレイリストをどんどん更新していく、というかたちで進められたこのプロジェクトは、『the CITY』のまさに「解体と再構築」が目的だった。

 そしてここでは、「リミックス」とわたしたちが呼んでいるものの解体と再構築までなされている。スクラップ・アンド・ビルド・アンド・スクラップ・アンド・ビルド……。
 “ラブソング2”は、「ノベルティプロテストソング」といった趣の“FUCK YOU音頭”に転生した。もともとリミックスだった“すべての若き動物たち HAIR STYLISTICS REMIX”は、さらにMASONNAの手によって1分間の容赦ないノイズシンフォニーに。“ジュース”は平賀さち枝がとつとつと弾き語ってカバーしている。
 『Popcorn Ballads』からの連作として『the CITY』がひとつの街の風景を描くもの、と想定されていたことをふまえると、『the SEA』で拡張されたその景色は、まるでひとつの社会のように見える。その「社会」とは、見知ったひとびとよりも、なにも共有するものがない圧倒的な他者が無数に存在する場所のことだ。


13の自由なリミックスと変奏を収めたアルバム『もっといいね!』

 今回リリースされた『もっといいね!』は、今年、2020年3月に発表された『いいね!』のリミックスアルバムである。
 新たなドラマーに大工原幹雄を迎え、3人組のバンドとして再生したサニーデイ・サービスにとって初めての作品である『いいね!』は、ラフなバンドアンサンブルをとらえたドキュメントのような性格のレコードだった。
 しかし『もっといいね!』では、アルバムを織りなしていた音はフードプロセッサーで粉々にされ、いびつなかたちと色合いのなにかに成形しなおされている。9曲あったオリジナルには“雨が降りそう”が加えられて、13曲にまでふくれ上がった。1曲ずつ見ていこう。

 まず、HABANERO POSSEの成員であるDJ/プロデューサーのHiro “BINGO” Watanabeによる“春の風”のリミックス。ドラムンベース/ダブステップ/UKベースのノイジーなサウンドに混ぜ合わせられているのは、彼が親しむアフリカの新たなダンスミュージックだ。ここには、南アフリカのアフロ・ハウス“Gqom(ゴム) ”の荒々しさ、タンザニアのアバンギャルド・ダンス“Singeli(シンゲリ)”の速さが溶け合っている。
 valknee、なみちえ、ASOBOiSM、Marukido、あっこゴリラとのZoomgalsとして舌鋒鋭いリリックを吐き出している田島ハルコは、“コンビニのコーヒー”をリミックス。BPMはおよそ166。パラパラか、サイバー・トランスか、姫トランスか、いや、ハッピー・ハードコアか。田島が“バイブスの大洪水”や“人権 MAX Princess”などで試みていたハードでぎらつくレイヴサウンドに満たされていて、その突き抜けかたには笑うしかない。
 tofubeatsらしいセンチメンタルなダンスビートの“エントロピー・ラブ”(アシッド・ハウスふうの遊びが光る)とgroup_inouのimaiによるドリーミーな“OH! ブルーベリー”にはさまれているのは、Momの“心に雲を持つ少年”。カニエ・ウェストやJPEGMAFIAの作品に触発されたという、2020年の夏に発表した『21st Century Cultboi Ride a Sk8board』の延長線上にあるプロダクションによって、ギターロックだった原曲は彼の色に染め上げられている。後半、「陰りを見せるやつはいいね」と曽我部恵一のリリックに呼応したラップがのり、楽曲は新しい姿を見せる。
 長く曲がりくねった道を歩み、10月に8人組にまで増殖(?)したどついたるねんは、“春の風”をパンキッシュに再演。というよりも、これはほとんど、どつの新曲みたいだ。“Change the World”のメロディがむりくり継ぎ接ぎされたかと思ったら、アウトロではスカムなトランスになだれこんでいく。


 stillichimiyaのYoung-Gによる“雨が降りそう”では、彼が魅了されるタイ音楽からのものとおぼしきボイスサンプルやパーカッション、さらにはサブベースが鳴らされる。ローファイビーツと組み合わさったそれらの響きは、東京の路上で悲嘆に暮れる曽我部の歌を見知らぬ土地へと導く。

 ROSE RECORDSからリリースした作品でおなじみのHi,how are you?は、“春の風”をカバー。イントロで“This Charming Man”からのあからさまな引用をかましてみせ、原田晃行のがむしゃらなアコースティックギターの弾き語りと馬渕モモのさりげないオルガンのバッキングが、ざらついた音でとらえられている。
 “ぼくらが光っていられない夜に”を3MCによるダビーなヒップホップへとつくりかえたのは、Dreamcastとマーライオン。Dreamcastはスガナミユウと松田“CHABE”岳二が編んだコンピレーション『FEELIN’FELLOWS # 1』(2018年)に参加していたラップデュオで、彼らとマーライオンはパーティークルーの“p/am”を組んでいる。また、シンガーソングライターのマーライオンは、2018年にROSE RECORDSから『ばらアイス』のレコードをリリースした。
 わかりあえないことや困難な愛を歌ったアルバム『告白』(2018年)をたったひとりでつくりあげた自作自演歌手のbutajiは、“時間が止まって音楽が始まる”に寒々しいギターノイズとぶっきらぼうなタムの打音を加え、ささやかなコーラスを添えている。バンドで吹き込んだ2019年のシングル『中央線』とはうってかわって、このリミックスからは彼がベッドルームで孤独に作業する後ろ姿が見える。
 2010年代前半、シカゴのゲットー・ハウスの最新型であるジューク/フットワークの日本における受容の初期段階で重要な役割を果たしたプロデューサーのCRZKNY。近年、彼は『GVVVV』でガバに挑むなど、エクストリームなベースミュージックやノイズへの傾倒を深めている。“FUCK YOU音頭”のアンオフィシャルリミックス、『the SEA』での“町は光でいっぱい”のダークアンビエントに続いて、今回の“センチメンタル (-V V V- REMIX)”でもそれは顕著だ。プルリエントやベン・フロスト、あるいはレイランド・カービーのそれをほうふつとさせるインダストリアルノイズがランダムにコラージュされ、原曲がそのまま引用されたかと思えば、ノイズの壁に塗り込められていく。
 “日傘をさして”をアコースティックギターの弾き語りでカバーした曽我部瑚夏(そがべこなつ)は、1998年、北海道・旭川出まれのシンガーソングライターだ。息づかいまでとらえた録音、綱渡りをするかのような曽我部のかすれた歌声によって、“日傘をさして”は沈痛な面持ちをたたえている。
 そして最後に、くるりの岸田繁による“雨が降りそう”のリミックス。流麗なタッチのピアノと不穏に響くシンセサイザー、繊細なエレクトロニックビートが持ち込まれ、さらにボーカルを変調させたうえでチョップしている。エコーやリバーブの操作にMomのリミックスと呼応するところがあることには、はっとさせられる。

 あまりにもばらばらで、とらえどころのない13の変奏曲。それでも、バンド/曽我部恵一の共演経験や、直接的、あるいは間接的なつながりをベースにしていることがかろうじて結節点になっている。ぎざぎざとしたリミックスのひとつひとつは、いたずらっぽく一枚のレコードにつなぎとめられている。

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リミックスされるサニーデイ・サービスと、リミックスされる世界

 「リミックス」と一口に言ったって、とにかくいろいろなものがある――サニーデイ・サービスは、『the SEA』やこの『もっといいね!』という作品を通して、そんなふうに言っているみたいだ。でこぼこなリミックスが寄せ集められたこのレコードは、なにをどうやったっていい、型にはまらずに、もっと気楽に、自由にいこうよ、なんて言っているようにも思える。
 まるでYouTubeやTikTokにあげられているカバーのように自由なリミックスのありようは、「オリジナル」という虚像、それにへばりついた価値を手当たりしだいにスクラップしていく痛快さに満ちている。そして、その破片はもう一度かき集められて、目新しい価値を提示する音楽へと編み直されている。
 奇しくも2020年の世界は、既存の秩序やルールがまぜっかえされている――リミックスされている、その真っ最中だ。スクラップ・アンド・ビルド・アンド・スクラップ・アンド・ビルド……。
 そんなふうに考えると、ひとなつっこいチャームに満ちた『もっといいね!』というアルバムには、どうしてだか、今を生き抜くためのヒントがあるように思える。


解題1 曽我部恵一

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 恋愛におけるだらしなさやほったらかしにして来た生活の些末な事項が絡み合いどうにもほどけなくなり最後には破綻した2018年の終わりから2020年にかけて。抑鬱に耐えられず精神分析医にかかったりもしたが基本的には好転せず、長距離を独りドライブすれば「春の風」導入部の歌詞のような気分に実際になっていた。希死念慮と言うよりは死の方へ転げ落ちる弱さ脆さに憧れていたのか。ロックンロールは輝かしい生の爆発と言う一面を持ちながら、無自覚かつ意欲的でもない死を甘美に彩るサウンドトラックでもある。要するに、どうでもいいのだ。知っちゃいないのだ。明日に向かって頑張る力を誰かが持とうが、全部諦めて放り出そうが。そんなことにはお構いなくエイトビートは正確な時間を刻み続け、エレクトリックギターが生み出すノイズは空間をいっぱいになるまで満たす。それはまるで天気のようだ。空の色やその美しさは我々の生とはなんの関係もない。ただしそこに誰かがなんらかの意味や気分を投影しようがどうぞご勝手に、とそれは言っている。
 どちらかと言えば生きたいと言うより死にたい方の気分でいたそんな時期に夢を見た。夢の中にいても同じような気分で街を歩いていたぼくは、街の中である歌を聴き泣き崩れてしまった。その歌はぼくを永遠の中から掬い上げてくれるような気がした。目覚めた後にその歌を正確に再現して「雨が降りそう」という曲ができた。薄曇りの日の浅い午睡だった。いい曲ができたと思ったが、すこし時間が経ってみると、ただただ曖昧で寄る辺ない自分を「哀しみ」という堂々たる額縁の中にはめ込んだという欺瞞を感じなくもなかった。ぼくの心はもっと空白で、無で、歌を作るなんて能動性などほんとうは持っていないのだ。年が明けて(2020年1月15日)渋谷のクアトロで行われたぼくがプロデュースしたエンケンさんのトリビュートライブにくるりの岸田くんが出てくれた。岸田くんが「雨が降りそう」をいい曲だと言ってくれたので、岸田くんに作り変えてもらおうと思った。情感たっぷりに再現したぼくの夢を、そんなこと知っちゃいない誰かがぼくからもっと遠ざけて、あのモノクロームの夢の中へ帰してやってくれないだろうか。手の届かない場所へ。そうして遠くに浮かぶ「ぼくの夢」をぼくはもういちど名残惜しそうに見てみたかったのだ。そんな端緒がこのリミックスプロジェクトに繋がっていった。出来上がった作品は、ぼくの夢が岸田くんの夢と混ざり合い、全然知らない誰かの夢の痕跡のような色合いを残していて、その響きの美しさをぼくは好きになった。何度も聴いても飽きなかった。ほかにもうひとりの人にこの曲をリミックスしてもらおうと考え、Young-Gに声をかけた。彼がタイのラッパーと作ったアルバム(Juu & G. Jee『ニュー・ ルークトゥン』)はぼくのお気に入りで、いつもずっと聴いていたから(そう言えば、サニーデイがこの三人になった初めてのライブ、江ノ島オッパーラ(2020年1月4日)でDJをやってくれたやけ(のはら)さんもアルバムに収録されている曲をその日かけていた。あのオッパーラでの1日はいろんなことが佳き方へ向かった記念すべき日だった。『いいね!』のジャケットと付属のDVDにその日の空気感はパッケージされている)。この2曲を12インチシングルにして春に始まるツアーで売ろうと考えていたが、コロナウイルスの影響でツアー日程は全て延期になってしまった。

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 中村一義くんの好きな詩に「僕は死ぬように生きていたくはない」と言うのがあってこれは「生きていたくはない」という言葉を放ちながら同時にそれを否定する豪快さがあり素敵なのだが、ならば「死んでいるように生きているんだよ」と言ってもいいだろうと思った。そんなふうにいくつかの曲が生まれて来て、それらは比較的簡素なロックンロールのフォーマットに落とし込まれアルバム『いいね!』が出来上がった。ずっとジャケットを作ってくれている小田島くんが「2つか3つくらいの要素でアレンジしてみなよ」と言ってくれたから、より簡素なものになったと思う。江ノ島でのライブ以降に作った曲が中心となった全9曲。空っぽな日差しが当たっているようなアルバムで、ぼくは「やっとできた」と思った。空虚で、(クリアブルーのカラーバイナルのように)透明で、だれのことも(もちろんぼくのことも)知っちゃいないよと言うような無責任さがカッコ良かった。イタリア人のルカさんは最高の絵を描いてくれて、色んなことが合致して『いいね!』が完成した。それは本当にいい天気のようなレコードになった。

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 晴茂くんが生きているときに『DANCE TO YOU』(結果的に彼が積極的に参加した最後のアルバムになった)のリミックス・アルバムを聴いて「オリジナルよりいいじゃん」と言ったことがぼくの中にずっと残っている。彼はこのようなラジカルな、本質的なことをふと口にする人間であった。それでぼくはまた、満足いったこのアルバムをさらに磨いてみようと思い立った。どうせツアーも延期になったし、みんなで寄ってたかってこの『いいね!』を分解して、(子供のとき誰もがそうしたように)組み立て直して元に戻れなくなる、というやつをやってみたくなったのだ。そのとき何が現れるのか。そしてオリジナルはどう捉えなおされるのか(または捉えなおされないのか)。「オリジナルよりいいじゃん」。晴茂くんの言葉はいまもってぼくの心を孤独な蝙蝠のように飛び回るのだ。

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 以下、曲やアーティストの皆さんについて、雑感を記す。

 今年大学一年生になった長女はコロナの影響で11月になろうというのにまだほんの3日ほどしか大学に行っていない。新しいクラスメイトたちに彼女が出会うのに、あとどのくらいの時間がかかるのだろう。田島ハルコさんのやっているZoomgalsはそんな全国のJDの希望だ。神妙になってしまいがちなコンビニのコーヒーについてのぼくの考察を笑い飛ばしてくれる。

 ある雨の夕方ふと思い立ってbutajiくんのコンサートへ行ったのはいつだったか。初めて挨拶したときの彼の柔和な笑顔が忘れられない。ここにあるのは同乗者のいない古い国鉄車両に乗って闇を走るような推進力。

 『いいね!』の収録曲の中でいちばん最初にできたのは「センチメンタル」だった。「雨が降りそう」よりも前にできたこの曲が何を意味しているのか、ぼくはいまだによくわからない。スタジオで完全に一発録りしたこの曲をケニーさんは残響だけがこびりついたようなインダストリアル・ノイズ・シンフォニーに仕上げた。無慈悲で巨大な鉄工所。同じ町のどこかにぼくの見ていた風景もあるのかもしれない。

 imaiくんの曲はブレイクや解放する瞬間にフィジカルな快感が伴う。ライブの時の彼の体の動きにそのヒントはあるのかもしれない。この快楽主義的トラックを聴きながらぼくは彼の躯体が波打つのを想像する。対してマーライオンとDreamcastが作る音からは彼らの体のサイズ感はわからない。でも彼らの作業部屋の風情が伝わってくる。どんなマンガがあるだろうか。ぼくは想像してしまう。Momくんはこちらが想像するよりも先に自分のことを伝える。松本大洋のマンガがあるのは、少し意外だった。彼は23歳なのにそのチョイスはぼくの世代と変わらない。まあいずれにせよそこには美しい想像上の齟齬があるのだろう。

 どついたるねんとはこの曲のPVも一緒に作ることになった。リミックスというよりどつの新曲と言った方が早いだろう。歌を書き換えてくれて嬉しかった。こうもパンチラインの連続で歌詞を作れるのはすごい。

 tofuくんは流石のダンスミュージック。新宿JAMの深夜のイベントで初めて会った時のことを思い出した。この曲の最後にはレイヤーをバラバラにして種明かしをしてくれる。種明かしをされてもこのビートが魔法であることに変わりはない。

 ハイハワの「春の風」はイントロの「This Charming Man」のフレーズがとにかく嬉しいのだが、これはこの録音のために練習したものか、もしくは昔コピーした原田くんお得意のフレーズか。

 前述したように岸田くんとは今年の1月に久しぶりに一緒に演奏した。深化した歌に日々の鍛錬や精進を見た。その日がこのアルバムにつながっている。ずっとライバルでいて欲しい人だ。

 Young-Gが最初に上げてくれた「雨が降りそう」決定版とも言うべき素晴らしいバージョンはアルバム完成直前にオミットされ、よりディープで内省的なバージョンが作られた。彼はアルバムのマスタリングも手掛けてくれ、ひとつのスジみたいなものをアルバム全体に通してくれた。

 女性目線で書いた別れの曲(人生にこの歌のようなことが起きるのが怖くて、ずっと発表をためらっていた)を女のひとに歌って欲しくて、曽我部瑚夏さんに「日傘をさして」をカバーしてもらった。歌だけしか聴いたことがなかった瑚夏さんと初めて会ったのは数年前北海道の小さな町でのこと。澄んだ夜空に散りばめられた星を見ながらのフェスに、ぼくも彼女も出演していた。美しい夜で、世界はまだ今のようではなかった。悪い予感のかけらもなかった。

 BINGOさんが作った「春の嵐」を受け取ったのは長距離ドライブの最中だった。ぼくはそれを高速を飛ばしながら可能な限りの大音量で聴いた。体の表面に微細な電流が流れるような感じがして、生きていることを実感した。ぼくの哀しみは遥か宇宙を巡って生きている実感に結びついた。陳腐なハナシだ。もちろんBINGOさんはそんなことは知らない。

 集まった13曲、それらを作った作家全員がぼくの感情など無視しあるいは誤解し、13のあたらしい風景へと辿り着いた。それは偉そうなことを言うならばその作家単独の先品では辿り着けない地点である。だれかの夢とだれかの夢が交錯しながら本来なかった轍を作る。ぼくはそのまぼろしの一本道の上を「今夜でっかい車にぶつかって死んじゃおうかな」と歌いながら爆走している。

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曽我部恵一×志磨遼平(ドレスコーズ)
サニーデイ・サービス『いいね!』にまつわる対話

曽我部恵一と志磨遼平、ともにロックと芸術を愛するふたりの音楽家による対話。
アルバム『いいね!』を出発点に、ゆるりとお喋りしています。


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Artist Playlist

選曲 曽我部恵一


1. Zoomgals - 生きてるだけで状態異常

 
2. butaji - あかね空の彼方 


3. CRZKNY - CGW-20 


4. imai - Mad Mouse

5. Dreamcast - サマータイムマシーン・ブルース short ver.


6. マーライオン - ばらアイス  


7. Mom - Boyfriend


8. どついたるねん - 生きてれば


9. tofubeats - BABY


10. Hi,how are you? - お盆


11. くるり - 益荒男さん


12. Juu & G. Jee feat. 鎮座DOPENESS x MMM 2ยาม Time 2 Yam - 深夜0時、僕は2回火を付ける


13. 曽我部瑚夏 - 海底

14. Hiro “BINGO” Watanabe - 戦争反対音頭 (BailePsyTranceFunk Mix)



Album Details

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サニーデイ・サービス 『もっといいね!』
Digital Release 2020/11/25   https://linkco.re/YYTrAGQ7
Physical Release(CD・2LP) 2020/12/22 *ツアー初日より会場先行販売開始


Track List
1. 春の風 Remixed by Hiro “BINGO” Watanabe

2. コンビニのコーヒー Remixed by 田島ハルコ

3. エントロピー・ラブ Remixed by tofubeats
tofubeats appears by the courtesy of unBORDE / Warner Music Japan Inc.

4. 心に雲を持つ少年 Remixed by Mom
Mom appears by the courtesy of Victor Entertainment

5. OH! ブルーベリー Remixed by imai

6. 春の風  Remixed by どついたるねん
Vo. ワトソン/Vo. 先輩/Vo., Gt., Programming うーちゃん/Dr. 浜公氣/B. はるお/Gt. 冷牟田王子/Key. セナグランデ/Shout もつお/Mixed by うーちゃん, セナグランデ
 
7. 雨が降りそう Remixed by Young-G
Produced and Mixed by Young-G (stillichimiya) at Juuki Studio

8. 春の風 Covered by Hi,how are you?
Vo., Gt. 原田晃行/Key., Cho. 馬渕モモ/Mixed by 曽我部恵一

9. ぼくらが光っていられない夜に Remixed by Dreamcastとマーライオン
Produced by natsume/Lyrics by 綱彦、なつめ☆、マーライオン/Mixed by Yasterize/Midnight Advised by tommy

10. 時間が止まって音楽が始まる Remixed by butaji

11. センチメンタル -V V V- Remix Remixed by CRZKNY
CRZKNY appears by the courtesy of GOODWEATHER

12. 日傘をさして Covered by 曽我部瑚夏
曽我部瑚夏 appears by the courtesy of Living, Dining and Kitchen Records
Recorded by 安田貴広/Mixed by 伊藤敏雄

13. 雨が降りそう 2 Many Raindrops Remix Remixed by 岸田繁
岸田繁 appears by the courtesy of Speedstar Records / Victor Entertainment
Programming and Mixing: 岸田繁 at STUDIO 2034


Credit
Sunny Day Service 曽我部恵一 田中貴 大工原幹雄
Mastering Young-G (stillichimiya) at JUUKI Studio
Analog Cutting 藤得成
Design 小田島等
Illustration Luca Tieri
Direction 渡邊文武
A&R 岩崎朗太
Production Manager 水上由季

Thanks to 杉生 健 (HIHATT LLC.)/伊藤温美 (Warner Music Japan Inc)/島根陽子 (ビクターミュージックアーツ)/ERI ISHII (GOODWEATHER)/齋藤哲也 (LD&K)/堀江元気 (NOISE McCARTNEY)




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