遅めのお昼、お好み焼き
性別も年齢も国籍も「ない」世界になってほしい。僕は別に相手がスライムだろうとアメーバだろうと仲良くなったらみんな「友だち」だよ?笑
土曜の朝、今日は練習のため大都会へ。少し前にとある配信で、そういえばもうすぐクリスマスだねって話になって、カップルや出歩く人も多くてちょっと嫌だね的な話になって、でも最近は個人的に「若いカップル、いいじゃない...微笑ましいわぁ」と感じると話をした。確かに自分が若い頃は非モテで(今もなうだけど笑)恋人同士羨ましいなぁと思っててそれを拗らせ「リア充爆破しろ!」な〜んて思ってた時期もありもうしたが笑 歳を重ねるにつれてだんだんと角もとれ丸くなったというか何というか、単純に羨ましい気持ちをそのまま「いいなぁ、羨ましいねぇ」と笑顔で見守ることが増えていった。それを改めて“じぶん分析”したところ「感じた思いや感情に“素直”になったほうがいい」と思った。若かりし頃はどうも卑屈っぽく素直じゃなかった。いいなぁ、羨ましいなぁと思っていても「いいさ、向こうがその気ならこっちだって!」や「いいさいいさ、どうせ俺なんて、、」とか「恋人?そんなの俺には必要ない!」など、見栄を張っていたり強がってばかりいたように思える。ただそれにも体力がいる。「強がっている姿勢」には体力を使う。最近はほんともう素直に言えるようになったと思う。「あら、クリスマスいいわねぇ、買い物に出かけたり家でまったり過ごしたり、ピザ頼んでみたり、プレゼント渡したり、素敵じゃない!」と、“自分に無いもの”を持っている人々のことをまじりっけ無しピュア100%の気持ちで素敵!と感じるようになった。------結局これ何が言いたいかわからんくなってきたが、歳を重ねるにつれてだんだんと自身でも気づいてくる「諦め」だったり「ありのまま」を受け止める慈愛のような気持ちが溢れてくる。そして今朝も冬空でキンキンに寒い。あったかい紅茶を淹れてタバコに一本火をつけてのんびりと練習に行く準備をする朝の9時過ぎ。