真っ赤なニット
「ほんと変わらないよね」
お酒を片手にパジャマ姿の友人は言った。
悪気はないのだろうけど、小学校からの友人の言葉に傷つく。
来年には大学を卒業するというのに。
友人家族が中学校のときに京都へ引っ越し、私は大学入学のときに京都で1人暮らしを始めた。新潟から越してきた私を心配して、数ヶ月に1度、友人家族はお家に呼んでくれる。この日もそうだ。私と友人以外は、コンビニのお酒とボードゲームがいつものスタメンだった。
「そんなことないよ〜」
誰が見ても美形の人が周りから、「モテるでしょ?」と聞かれた時と同じくらい胡散臭い返事しかできない自分に腹が立つ。2人で4年前のアルバムを見返していると、黒髪ロング前髪アイドル分けという今と変わらない髪型をした私がいた。
「このスカート今もよく履いてるよね」
大学入学と同時にばっさりショートカットにして、洗練された女性になった友人に、鋭い指摘を受けた。
自分でも思う。私は垢抜けていない。
ここ数年、いやむしろもっと前から何も変われていないような気がする。
京都に4年住んでも、バスの路線は間違えるし、関西弁はちっともマスターできないままだった。
ダサいとか、芋っぽいとか外見的なこともそうなんだけど。
変わりたい
もうほんとにそれだけだった
「もっとビビッドなカラーが似合うと思うんだよね。あした見に行こうよ。」
ほぼ半ベソ状態の中、アドバイスを求めると友人は言った。
女神かなって思った。ありがとうありがとう…と言いながら私はうんうんとうなずいた。
次の日、さっそく2人でショッピングに出かけた。
誰かと洋服を見にいくのは久しぶりだ。
友人が「こんなのどうかな!」と、目の覚めるブルーや、ビタミンオレンジ、ショッキングピンクの服を持ってくるたびに、立ちくらみが起きそうだった。
昨日の覚悟はどこにいったのかと思うけど、いざ洋服を目の前にすると、怖気付いて安全な色に逃げたくなる。
私は普段、モノトーンかベージュ付近の柔らかいカラーを着ることが多い。
何にでも合うし、どこにいても浮いたりしないからだ。
「あっ、これとか」
友人が最後に見つけたのが、真っ赤な薄手のニットだった。何も買わないままもう1時間は過ぎようとしている。この日初めての試着。
どんな格好でも店員さんは絶対「お似合いです」と声をかけてくれるのはわかっている。でもほんとに大丈夫かな。変じゃないかな。着替え終わってもなかなか試着室から出られず、おどおどしている自分が段々バカバカしく思えてきた。
「なんでここには全身鏡がないの、よくできてるなぁもう」
心の中で悪態をつきながら顔だけ出して友人を探すと先に店員さんに見つかってしまった。もう行くしかない、意を決して店内に出た。
全身鏡で真っ赤なニットを着た自分を見る。
あっ、LUMINEの広告みたい
そのとき、高揚感を感じた。
コピーライターというものに出会った時と同じくらい。
都会のシンボルはいくつもある。
東京タワー、高層ビル、満員電車…
私にとって、LUMINEの広告はそのひとつだ。
LUMINEとは駅ビルにあるショッピングセンターの名前である。夜行バスを降りて、新宿バスタを出ると、色鮮やかで、洗練された女性が季節ごとにそこにいる。私はその広告を見るたびに、都会に来たなと思う。
だって、かっこいいから。
去年の服が似合わなかった。私が前進しちゃうからだ。
LUMINEの広告で1番好きな、尾形真理子さんのコピーだ。
去年の服が悪いんじゃない。ただ、それらを振り切るくらい私は変わりたい。
私にとってLUMINEの広告は、
変わろうともがく田舎者を応援する横断幕だ
マスク越しでも、似合ってると自信を持つことができた真っ赤なニットは、いま、家の引き出しの中でひときわ目立って見える。
今度友人と会うときはこれを着ていこう。私は心に決めている。
この変化ばかりの大変な1年で、なんてスケールの小さい話だろう。
でも、このニットが私を後押ししてくれる。
いつもより目立つ色を着ると、少しだけ姿勢が良い。
今度は私が誰かが前を向くきっかけを作りたい。
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