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追憶の日武会、ラピスラズリ、謎のゴムの筒

やぁ、子供達よ。よく来てくれたね。
今日はおじさんが君達に多少、為になる話をしようと思うんだ。ちょっと難しい話かもしれないが聞いてくれるかな?では始めようか…

おじさんがまだ君達とそう変わらない小中学生の頃に少年ジャンプという雑誌がドラゴンボールの連載で黄金期を迎えていた。孫悟空が強くなる過程は読んでいたおじさん達の胸を熱くしたし、その強さを手に入れたいと願ったものだ。そんな、純粋な少年の心に射幸心を煽るグッズが雑誌の裏表紙に、たくさん載っていたんだ。40代前半から50代前半くらいの君達のお父さん世代ならきっと懐かしさのあまり目を細めて遠くの景色を眺めてしまうかもしれないね。その通信販売会社は「日武会」といった。

裏表紙に所狭しと載っていたのは身体を鍛えるトレーニンググッズだった。宣伝文句が「ただ身に付けるだけでパワーアップ」のパワーリストだの「何もせずに筋肉をグングン増強できる」宇宙飛行士トレーニングマシンだの。冷静に考えれば絶対嘘だとわかるけど夢のある商品を売ってたんだ。

おじさんはお小遣いを貯めにため、マジックテープで手首、足首、腰に重りを巻き付けるものを購入したんだ。広告写真は服を着ていても目立たない薄くスマートな感じだったから学生服の下に装着して、有事の際にはドラゴンボールの孫悟空みたいに重りを外し、友達から「お前こんなもの着て戦ってたのか…」と言われてみたかったんだ。しかし届いたものは重りの部分が砂の様なもので膨れ上がったバンドが届いたんだ。想像とはだいぶかけ離れていたが装着すれば目立たないだろうと思った。しかし鏡に映る姿はミシュランの白い奴に実にそっくりだった。如何におじさんが、がっかりしたかは説明しなくても分かるだろ。大枚をはたいた虚無感から茫然としたが、送られてきたダンボールの底を見た時、1冊のカタログが入っているのに気づいた。

それは悪魔のカタログだったんだ…

ヌンチャクやトンファーなどの小物から、超能力開発テープ。鉄人になれる「肥田式超人養成講座」、好きな相手を独占する「黒魔術実践講座」。詐欺まがいの通信講座。

そして君達には分からないかもしれないが、若い男女が裸同士で青春を謳歌する謎の大人のビデオの数々。そして、そのビデオに出演する女優さんの声に連動して動く、時代を先取った謎のゴムの筒まで売っていた。焼石のような10代の性欲と文字通り、尖り切った少年の行き場のない矛先を鎮める品々が載っていた。おじさんは慌てて、このカタログをベットの下に隠したんだ。これは親に見つかってはいけない。直感がそう言ったんだ。

悪魔のカタログには、およそ少年誌には掲載できないもので溢れていた。その中でおじさんには一際、輝いて見える商品があった。

身に付けるだけで願いが叶うラピスラズリという青い石のペンダントだったんだ。

おじさんはどうしても叶えたい願いがあった。それは同級生のR子ちゃんとお付き合いしたかったんだ。そのペンダントがあればR子ちゃんとお付き合いできると思ったんだ。その日から友達の誘いを断り、己を律しながら、また大枚をはたいてこのペンダントを購入した。

ペンダントが届くまで1日が7回くらい輪廻転生したような膨大な時間に感じられた。幾星霜と表現しても差し支えないほどの時を経て、ついにそれは届いたんだ。

おじさんは焦る気持ちを抑えて、初めて女の子の服を脱がすように、そっと、しかし不器用にパッケージを開封したんだ。

おじさんは呆気にとられたよ。

だって幸福のペンダントは二重にパッケージされていて、そのパッケージにはこう書かれていたから。

「まだこのペンダントを開封することは出来ません。あなたの気を判定し、装着できるまで気を高めないとペンダントは力を発揮しません。気を判定する為にこれから7日間、指示する内容の写経を丁寧に行い、その写経をこちらまで返送ください。その判定によってペンダントを装着できるか判断します」と書いてあった。おじさんはうんざりした。また輪廻転生を繰り返すほどの時間を待たなければ願いは叶わないのか。このままでは写経をしている間に人生は終わってしまうとも思ったが、そこはまだ純真だったから一刻も早く写経を終わらせなければと割り切った。

課題の写経は「私の願いは達成される」みたいな文章を半紙一枚20行くらい丁寧に何十枚と書き、その中で出来の良い5枚を選び、7日分を返送するものだった。机の前にはパッケージされたままのペンダント。時折、ベットの下の悪魔のカタログ大人の謎ページを眺めながら辛うじてモチベーションを保ち、一日千秋の想いでようやく写経を返送した。

数日後、日武会から返信があり、気の判定は「中」だったが、開封しペンダント装着してよいとのことだった。

願いの叶うラピスラズリのペンダントをしたおじさんは近所では異様な子供になった。だって考えてもみてごらん。小学校高学年くらいでペンダントしてる奴はいないだろ?イキってる純真な少年だった。だけど自分からは告白出来ないチキン少年だった。

そんな待ちの姿勢のおじさんは、R子ちゃんから好きだと告白されただろうか?おじさんはクリスマスを一人で過ごし、R子ちゃんからの年賀状を心待ちにし、バレンタインは意中ではないF子ちゃんからチロルチョコをもらった。叶えたい願いは叶わなかった。だけど犬が飼いたいという願いは叶った。カッコいいシェパードが飼いたかったが、うちに来た犬はちょっと短気なマルチーズだった。少し方向性が違う叶い方だった。

騙された。これも勉強だと思った。そうしているうちにペンダントの紐が切れて、幸福のパワーストーンはなくなってしまった。

さぁ小さな友人達よ。お話も終わりに近づいてきた。まだ聞いてくれるのかい。ありがとう。

学生時代を過ぎ、R子ちゃんへの想いが風化したある日。あの頃とは随分容姿の変わったR子ちゃんが「あの時、私は君が好きだったんだよ」って風の噂で聞いた。あの時、実は願いは半分叶っていたんだ。その時からおじさんは、行動を起こさないと望んだ結果は得られないこと事を学んだんだ。

思考から言葉が生まれ、言葉が行動を起こす原動力となる。言葉はとても大切な道具だ。おじさんがペンダントをしたのは特に意味がなかったんだ。ペンダントを装着する前のあの「写経」こそが願いを叶える大事なプロセスだったことに随分大人になって気付いたんだ。「自分には達成できる」それを潜在意識、筋肉細胞、血中ヘモグロビンにまで滲み渡らせる。学校で習うだろうが空気は物質でミクロ的視点で見れば粒であり波動なんだ。そういう意味ではおじさんと君たちの間には粒だらけでギャップがない。そして世界にも間(ギャップ)がない。強い願いで言葉を放つと粒であり波動である空気が震える。世界が揺れる。その言葉はどこかでそよ風になり、遠く離れたどこかで嵐になる。そうして宇宙が動き、願いが叶う土壌が醸成される。宇宙に願いを任せてみる事も大事だ。つまり行動は起こしても、ある程度の結果は手放す事、期待しないことも大事なんだ。

多少は為になったかい?ん?謎の大人のビデオとゴムの筒は何だったのかって?

それはもう少し君達が大人になったら話そうか…

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